第九話「テスターである事実」(中編)

 振り下ろされたら終わるっ!


 頭が理解する前に、体が動いていた。

 俺を阻む風圧をはねのけ、一気に犯人の懐に飛び込む。

 あまりにも無理やりだったからか、体中が裂けるように痛い。

 だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 収めたばかりの二刀にも手を伸ばし、計四刀を抜き放つ。

 空中を舞う四刀の剣。

 驚き目を見開く犯人と視線が交錯した。


「……四刀抜刀奥義っ! 無限の剣撃アンフィニ・シュヴェールトっ!」


 世界が止まったかのように錯覚する。

 魔剣、聖剣、四刀により放たれるは、音速をも超える連撃。

 技を繰り出そうとしていた犯人の腕を切り落とし、相手が体勢を立て直す間など与えぬ百二十連撃は遅れて光を放つ。


 だがこの技は、もって一秒。


 それ以上の技の持続は俺のHP耐久値をゼロにするだろう。

 この、無限の剣撃アンフィニ・シュヴェールトは、攻撃速度に体が耐えきれず、スキル使用中に継続ダメージを受けてしまうのだ。

 誤って使いすぎれば、自身すらまともに動けなくなってしまう諸刃の剣。ゆえにゲーム時代、エクスカリバーの自動回復スキルのみでこのスキルを使用した際の持続可能時間は0.6秒だった。

 ダーインスレイヴの体力吸収スキルを併用したとしても、理論上持続可能時間は1秒ジャストだ。


「終わらせるっ!」


 激痛に感覚がマヒする。

 空中に浮いているかのような感覚が、さらに俺を加速させた。

 体が覚えている反射だけで、俺は剣を振り続けた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 0.90秒。まだだ。


「はあぁぁあぁ!」


 0.95秒。まだ足りないっ!


「あぁぁぁぁぁっ!」


 0.99秒。くそっ!


「とどけぇぇぇぇぇっ!」


 無限とも思えるその剣撃は、犯人の体を切り裂き防具を修復不可能なまでに破壊しつくした。

 ……だが、犯人はまだ立っていた。


「くっ……く、くっ……げほっ」


 犯人は血を吐きながらも、膝をついた俺に歩み寄ってくる。


「……げほっ……ツヴィーベルナイト、お前の、負け……だ」


 聖剣二刀が床に突き刺さる。俺の両手には、二刀の魔剣が握られていた。

 届かなかった、のか。

 くそっ……この技を安易に使うべきではなかった。だが、犯人の技を止めるにはほかに無かったのだ。


「くっくく……ごほっげふっ……心中と行こうじゃないかい、GMゲームマスター。いや、……勇者、様ぁ~」


 犯人は、ふらふらとしながらも足を振り上げる。確かに今の俺にとどめを刺すなら、足蹴りだけでも十分だろう。

 ……だがな。

 どうやら、この剣は本当に抜刀必殺らしいぞ?


「……えっ?」


 犯人のマヌケな声が聞こえた。ティルフィングが、その腹を突き破っていたからだ。


「……お前の……負けだ」

「ぐふっ……」


 犯人は吐血し、その場に崩れ落ちる。


「な、ぜ……」

「剣が……動いたんだよ」


 ティルフィングの特殊スキル抜刀必殺は、敵プレイヤーを殺さないと鞘に納められないというもので、誰も殺していないと命を求めて自らの意思で攻撃を始める。

 装備した、プレイヤーにすらも。

 こんな危険物、抜刀するほど追い詰められるなんて俺は思ってもいなかった。

 俺は立ち上がると、そのまま犯人の腹からティルフィングを抜き鞘に納めた。


「くっ……さすがだ、な。最高の……戦い、だった」

「ふざけ、るな。……最悪……だ」


 ダーインスレイヴの体力吸収のスキルが思った以上に効果を発揮した。でなければ俺は今、立ち上がれてないだろう。

 だが、疲れ果てた体にはどうにも力が入らない。


「くくっ……ぐっげほっ……つれない、ねぇ……」


 そう言い残すと、犯人の体が粒子となり光とともに霧散していく。

 ついに……勝ったのだ。

 ほっとし、茜と桐香のほうを見ると嬉しそうに優しそうに笑いかけてくれる。

 殺人鬼を倒したという自己肯定は当然ある。正義をなしたと思っている。

 だが、それでも人を殺したという事実に変わりはない。

 そのことをしっかりと受け入れていかなければ……。


「っ!」


 左手が剣から離せない。鞘にもしまえない。

 ……そんなっ。


「……お兄ちゃんっ⁉」

「一輝くんっ⁉」


 ダーインスレイヴに引っ張られるように体が動く。そのまま勢いよく剣は加速していく。

 桐香と茜めがけて……。


「二人ともっ! 駄目だっ! 逃げろっ」


 満身創痍の二人が逃げられるわけがない。

 なぜだ。どうしてこうなった。

 自分の攻撃が自分で制御できないだなんて……そんなバカな話があってたまるか!


 振り上げられた左手は勢いよく振り下ろされる。

 目に飛び込むのは驚きと恐怖に染まった茜と桐香の顔だった。

 俺が殺す? この二人を?

 冗談じゃない。冗談じゃないっ!



「うぁぁぁぁぁぁぁっっ‼ 止まれぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 必死の抵抗に、一瞬動きが鈍ったその瞬間だった。

 金属のぶつかり合う音が、あたりに響き渡る。


「え?」


 俺の剣を受け止めたのは刀だった。

 だが、その刀の持ち主は茜ではなかった。

 茜色の髪をなびかせ、銀箔の南蛮鎧を身にまとい、三メートル近くあると思われる直刀で俺のダーインスレイヴを受け止めたその人を、俺たちは知っていた。


 だが俺は、目の前でおきた出来事に頭が追い付いていなかった。

 それでも、一番に。

 きっと、反射的に。

 茜は大切な何かを求めるかのように。

 かみしめるように。


「……お母さん」


 そうハッキリと口にした。

 茜のその言葉を聞いた桐香は、ハッとしたように目の前に突如として現れた人物を見据え……。


「彩音さん、なんですか?」

「……ごめんね」


 桐香の問いに答えることなく、彩音さんはその一言と共に俺を弾き飛ばした。

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