第九話「テスターである事実」(前編)

 桐香の作戦の内容を一通り頭に入れた俺たちは、各々装備の準備に入るため、その場を後にした。と言っても俺の装備は簡単につけられるし、そう時間はかからなかった。

 リビングに戻ると、白いローブに身を包んだ桐香が座っていた。


「お兄ちゃんは早いね」

「桐香こそ、早いじゃない?」

「私は装備数が少ないからね」


 賢者用最強装備、天使シリーズは胴装備と腰装備が同じであるため比較的簡単に装備できるのだろう。

 茜を待つあいだ、俺も桐香の向かいに座ると、


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」


 まじめな様子だ。

 茜がいない場で話しておきたいことなのだろうか?


「あの情報……三ツ者のだよね?」

「……」


 さすがにわかるか、桐香には。


「目ざといな。どこで気づいた?」

「情報の組み立て方と細かさ。それでいて、ほしい情報が理解しやすいように書いてある。あんなの並みじゃない。ゲーム時代で唯一、三ツ者だけがあの精度の情報を扱ってたから」

「……そうか」


 正体を教えてくれ。そう言う話だろうか?


「これ以上は聞かないよ。三ツ者の秘密主義はゲーム時代からだし、教えるつもりがないからお兄ちゃんにだけコンタクトをとってきてたんだろうしね」

「ああ……」


 さすがに賢いというか。


「お兄ちゃん。三ツ者は、本当に信用できるんだよね?」

「……ああ、勿論だ。ふざけた奴だが、情報に嘘をつく奴じゃない」

「お兄ちゃんがそう言いきるなら大丈夫だね」


 桐香はなんだかんだ言って、最終的には俺のことを本当に信用してくれてるよな。いや、それは茜も同じか。


「あ、えっと。お待たせ」

「おう、茜。別にそんなに待ってないぞ」


 茜の装備は猩々緋シリーズ。猩々色の完全武者鎧装備で、装備が大変そうである。それにしても、


「あんなに汚れていたのに、ずいぶん綺麗になったな」

「あ、うん。桐香ちゃんが直してくれたから」

「いえいえ! 私は簡単に直しただけで、本当の意味で装備修理リカバリーするなら専門職じゃないとできませんから」


 そうは言いつつも、桐香は嬉しそうだ。

 まあ、そうだな。見た目は大事だ。自分たちの士気にも関わるし、何しろ相手を威圧するにはボロボロ装備じゃな。


「あ、えっと」

「どうした茜?」


 茜は言いにくそうに逡巡した後、腰に下げていた布都御霊ふつのみたまを外し、突き出して見せてきた。


「あ、えっとね。これは私の戦い、なんだと思う。負けたままじゃ終われない。もしもの時は、私が犯人を殺すよ」

「……」


 ただ、否定して終わりというわけにはいかない。

 当然だ。

 茜はそれだけの覚悟を持って言っているのだろうし、あれだけやられたのだから当然ともいえる。挽回のチャンスは誰だってほしいものだろう。

 だが……。


「茜さん。私はそれに、お願いしますとは返せません」

「あ、えっと……桐香ちゃん。今の最大火力は私。この刀もある。今度は負けないっ」

「はい、わかってます。もしもの時は、茜さんに頼ることになるかもしれません。でも、殺すことを簡単に承諾は出来ませんから」


 そう言った桐香は立ち上がり茜に歩み寄ると、布都御霊ふつのみたまを持つ手を優しく握った。


「茜さん、震えてます」

「あ、えっと……」

「私たち全員で戦うんです。茜さんのことは、最大戦力として期待しています。でも、たとえ殺すこと以外に方法が無かったとしても、茜さんだけに重荷を背負わせるつもりはありませんので」

「あ……うん。ありがとう、桐香ちゃん」


 茜の優し気な表情に桐香は微笑んで返すと、続いて俺のほうへ視線を向けてきた。

 睨まれているのかと錯覚するほど、鋭い表情で。


「お兄ちゃん。当然、これで覚悟が出来てないとか言わないよね」

「……当然だろうよ」


 アレのことだろうな。わかっている。俺がそれを抜かなければならない可能性が、十二分にあることくらい。

 俺も席を立ち、使われなくなった父の書斎へ続くドアを見る。それに応えるように桐香はうなずくと、書斎へ向かって歩き出した。俺と茜もそれに続く。

 中は掃除だけはしているらしく綺麗なものだが、机とテーブル以外は何一つない殺風景な部屋だ。その奥にあるウォークインクローゼットを開けると、そこには大きな金庫が鎮座していた。

 茜が金庫のダイヤル式ロックをゆっくりと外し、重そうな扉が開かれた。


「あ、えっと。これって……」


 中に入っていたものを見て、茜は言葉を失っていた。


「……」


 それは、父に託されたもの。現実世界へとステージが移った後、間もなくして送られてきたアイテム。

 それを俺は、今まで使わなかった。絶対に使ってはいけないと思っていた。

 父の真意を聞く前にそれを使ってしまっては、自分で答えにたどり着けないと思った。


 いや、何も告げずにいなくなった父への反抗だったのかもしれない。

 何よりも俺は、抜刀必殺の二振りを抜くことができなかった。

 そうやって、避け続けてきた反則級のアイテム。


「お兄ちゃん」

「ああ、わかってるさ」


 意地じゃない。今必要なのは、仲間を守れる力なのだ。悪夢を退ける力なのだ。

 だから俺は……



 その剣を手にしたのだ。



 ***



「なんなんだ……その剣は⁉」


 態勢を立て直した犯人は、混乱したように叫んだ。


「……抜いたのは初めてでね。手加減は期待しないでくれよ? もう俺は、お前を殺さないでやれるほど冷静じゃないんだ」


 左手に握るは漆黒の柄に真紅の刃を妖艶に光らせる魔剣ダーインスレイヴ。右手の剣は白銀の神々しさを放ちながらも禍々しいオーラを漂わせる魔剣ティルフィング。

 茜の布都御霊ふつのみたまと同じ、制作側用オーバースペック武器ということなのだろう。

 二刀を構え、深呼吸をする。ただ、目の前の敵をなぎ倒す、その決意とともに。


「神速、突破……限界域っ!」


 全開で犯人に接近し繰り出した二刀の剣撃に、時間的差はほとんど生じていない。そのまま繰り出される三十五連撃……この速度をすべては読み切れないだろっ!


「はぁっ!」

「ぐっ!」


 立て続けに襲い掛かる攻撃に翻弄され、三十五連撃目の一撃を防ぎきれずに犯人は後方へと飛んだ。


「くっ……重いっ……」

「それはっ……どう、も……」


 息が上がる。

 こっちもまったくと言っていいほど余力がない。武器の攻撃力が単純に倍以上になっているからこそ競り合っているが、それでも決定打にはなり切らない。


「勇者様……いや、ツヴィーベルナイトと言ったほうが良いか? 一つ聞かせてくれ……この戦いをするために俺に、この街に来いと言ったのか? どこまでがお前のシナリオなんだ?」

「っ⁉ 誰かがお前をここに呼んだのか?」

「とぼけるつもりか? あの時は仮面をしていて顔は見えなかったがお前なんだろ⁉ お前の指示通りにinnocenceイノセンスの名前を使って霧生きりゅう市周辺で殺人事件を起こした。構成員にも、レベル200になるとNPC一般人を殺せると伝えた。……NPC一般人殺害の権利をもらった時の約束は果たしたはずだ! なのにこれは……こんなマッチポンプが狙いだったのか⁉」

「っ⁉ どういうことだよ!」


 なんだ? どういうことなんだ? 殺しの場は、あの方とやらが指示していたのか?


「っ! しらを切るつもりか……まあいいさ、お前も遊びだったってことなんだろう? 同類じゃねえか」

「違う。俺は本当に何も知らない!」


 あの方とやらと俺を勘違いしているのか? そんなに似ているのか⁉


「くくくっ! ああそうかよ! これもお前の思い描いたストーリーだってんなら乗ってやる! だが、後悔するんじゃねぇぞ! ……俺は強いっ!」


 犯人を光の輪が囲み、そこから発せられた風圧が俺の歩みを阻害する。

 くそっ! 話に気をとられすぎたっ!

 光は犯人のガンブレードへと集まり、強い光を放っていく。


「くらいやがれ……銃剣士究極奥義・収束砲剣撃グラディウス・ブレイカーっ!」

「っ!」


 振り下ろされたら終わるっ!

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