第八話「レベルの壁」(中編)

「勇者様? よそ見しているとは余裕だなぁ?」

「ぐっ……」


 犯人は更に力を入れてくる。

 ダメだ、押し負けるっ!

 左足の踏ん張りが効かなくなってしまい、膝をついてしまった。


 ……が、時間は稼げただろう。

 背後からの威圧に気付いた犯人は、ハッとしたように振り返った。


「なぜ動ける⁉ スタン効果が効いてないのか!」


 もう遅い。

 茜は自然体のまま、右手一本で刀を振り上げていた。そこに、優しく左手が添えられる。


「……構型・蜻蛉かげろう


 一気に振り下ろされた切っ先は、まばゆい光を放ち犯人めがけて振り下ろされた。

 さすがにやばいと思ったのか、犯人は寸でで横に転がり込み回避する。

 刀の振り下ろされた地面は割れていた。


「くくっくっははっ……こんなに痺れたのは久しぶりじゃないかぁ?」


 そう言ってガンブレードを構える犯人に、休む間を与えず茜は跳んだ。


「……秘剣・虎切刀っ!」


 茜は、犯人の頭上から刀身を垂直に振り下ろす。

 だが、そんな大ぶりのモーションを避けられないわけはない。犯人は余裕そうにバックステップで回避して見せる。

 勢いの乗った攻撃は、地面に叩きつけられた……かと誰もが思うギリギリのところで、茜は下から上へと刃を返して切り上げた。

 明らかに不意を突いた一撃だったが、犯人はガンブレードを振り下ろし、茜の刀を受け止めていた。

 咄嗟の判断なのだろうが、茜の刀の勢いを殺すには十分だった。


「くははっ! 今度こそ終わりだなぁ!」


 茜の刀を抑え込んだことで、ガンブレードの銃口が茜をとらえる。次いで発砲音が鳴った。

 打ち出された三発の弾丸のうち、かわしきれなかった一発が茜の腹部に傷をつける。

 茜は顔を歪めながらも後ろに飛ぶが、うずくまってしまった。


「茜っ!」

「くっははははっ! 死の勧告弾丸だ。どう対処したか知らないが、すぐにはできないだろう? 今度はちゃんと仕留めてやるよ!」


 俺が背後から繰り出した斬撃をいとも容易く避けた犯人は、動けなくなった茜へ大ぶりの一撃を振り下ろす。


 ……かかった。

 単調な大ぶりの一撃は、茜の刀で簡単にいなされ……


「……居合・陰中陽いんちゅうよう


 茜はガンブレードの振り下ろされた勢いを利用するように受け流し、そのまま旋回し立ち上がりつつ犯人の腰を薙いだ。


「ぐっ……くそっ……」


 さすがの犯人も、先ほどまでの動きのキレが失われてきた。数歩後ずさると、驚愕の表情を見せている。


「なぜ効かないっ! 俺の弾丸は! 俺の弾丸は絶対だと、あの方も言っていたのに!」


 その言葉に、茜は嬉しそうに刀を見た。


「あ、えっと。お母さんがついてるから」


 茜は再度刀を鞘にしまい、ゆっくりと犯人に歩み寄っていく。

 それに犯人は再度応戦しようとガンブレードを構えるが、すでに遅かった。


「先抜・抜打先之先ぬきうちせんのせん


 この抜刀術は、相手の攻撃のモーションを感知して、確実に先手を取れる。その代り攻撃威力は極端に落ちるが、犯人の体制を崩すには十分だった。

 ガンブレードを構える余裕すらない犯人に追撃をかけるため、茜は刀を正眼に構える。すると周囲が瞬く間に輝きだし、その光が茜の刀に集まっていき……


「……奥義・天流乱星」


 魔剣士最強スキル。

 流れるように振り下ろされる一太刀は、天から降り注ぐ流星のように光り、十二の剣撃が犯人に襲い掛かる。

 もう避けようがない。完璧な一撃が犯人にクリーンヒットする。

 宙を舞い、受け身もとれないまま地面に落ちた犯人の首元に、茜は切っ先を向けた。


「あ、えっと……できれば殺したくないの。お話、聞かせてくれないかな」


 俺も茜の後ろに立ち、のぞき込む。……完全に無力化できているな。

 安心し、一息ついた。

 ……その時だった。


「くはははははっ! あっははははっくくっ……最高だな、お前ら」


 犯人は不気味に笑いだす。


「何がおかしいってんだよ! お前の負けだ。おとなしく従えば命までは……」

「それが甘いって言ってんだよっ!」


 目を疑った。犯人の中心から一気に力が放出される。その輝く光を俺は知っていた。


「……奥義系究極スキル、だと」

「くはははっ! よく知ってるな! そうさ。200レベル到達者だけが得られる絶対の力!」


 放出された力の波動に、一瞬体が硬直してしまった。それが最大のミスだった。


「茜っ!」


 気づいたときにはもう遅かった。犯人のガンブレードは茜の体をとらえていたのだ。


「あ、ぐっ!」


 攻撃を受け吹き飛ばされる茜を受け止めようと、咄嗟に背後に回ったが、


「ぐぅあっ!」


 その勢いはすさまじく、一緒に吹き飛ばされてしまう。

 宙を舞った感覚は短く、空気の壁を抜ける。ガラスの割れた音とともにコンクリートを突き破った痛みが、背中に遅れてやってきた。

 侵入者を知らせる警告音が、けたたましく鳴り響く。


「ここは……どこだよっ……」


 痛みで感覚が鈍くなった体は言うことを聞いてくれなかったが、かろうじて目を開けることはできた。どうやら近くのホームセンターのようだ。

 桐香のくれた外套には防御魔法が付与してあったようで、致命傷はどうにか免れた。


「くくっ……意識があるとは、さすが勇者様」


 楽しそうな声とともに犯人の足音が近づいてくるが、姿は確認できない。

 くそっ! あまりの衝撃に、体が悲鳴を上げてやがるっ……動けこのっ! 

 ……駄目だ。体が言うことを聞かない。


「くくっ! 苦悶の表情もいいねえ……そそるよ。お姫様は……意識がないねぇ」

「っ!? 茜……おい、しっかりしろ」


 声を張ることもできない。……こんなところで、終わるわけには……。


「くっはは、はぁ~あ。最高に楽しいShowだったよ。200レベルになったところで、不老不死になれる聖灰も、どんな願いが叶うアイテムも手に入らないのに……みじめだねぇ」

「どういう、ことだ……」

「このゲームは、200レベルに到達したプレイヤーの楽園を作るためのものなんだよ! だから、俺のように勝ち残った選ばれしプレイヤーだけが、NPCすら殺すことができるのさ!」

「……でたらめを、言うな」

「でたらめだぁ? くくくっあっははは! この力が何よりの証拠さ! レベル200に到達した者だけが、通常のプレイヤーを凌駕するこの力を手に入れることができる!」

「そんな、バカな」


 親父たちが、そんなものを作るわけがない。


「くはははっ! 信じられないか? だが、私は確かにあの方から聞いたんだよ」


 あの方? あの方って……まさか……。


「……あの方って、誰、なんだよ」

「くくくっ! あはははっ! 最高だなその顔! いいなぁ、その顔のお礼に教えてやるよ。あの方とはGMゲームマスターであり伝説のプレイヤーでもある、ツヴィーベルナイトだ」

「っ⁉」


 なん、だって?

 ……ツヴィーベルナイト。

 それは、俺が呼ばれていた名だ。他には、いないはず……。


「くくくっ……名前くらいは知っているだろう? 魔法も剣技もすべてのスキルを使いこなす伝説のプレイヤー。チートかと思うほどの戦闘能力をもっていて、職業不明、正体不明ということ以外たいした情報が出ていない、まさに伝説のプレイヤーだ。何せ、サービス開始最序盤で、一気にレベル100まで駆け上がったらしいからな。俺も噂には聞いてたが、ゲーム時代の姿は見たことがなかったよ」

「なのに……なぜ、ツヴィーベルナイトだと確信した?」

「くくっ簡単なことさ。黒ずくめの服に、四本の剣を装備したプレイヤーなんてほかにいまい?」

「っ⁉」


 誰かが俺のマネを?

 だが、何の目的でそんなことをしているんだ?

 GMゲームマスターだとまで名乗って……まさか、俺たちをおびき出すことが狙いか?

 だが、それを親父たちが黙っているわけが……もしかして、だから彩音さんが来ていたのか?

 自称GMゲームマスターのそいつがゲームのプログラムに介入した犯人で、それを解決するために動いているとかか?

 それなら、彩音さんが茜に武器を預けていったのも、うなずけるが……。


 ダメだ、情報が少なすぎる。こんなのは、都合のいい憶測に過ぎない。


 けど仮に、四本の剣を装備していたというのがブラフでないのだとしたら……。

 いや、そもそも何も情報がないまま四刀を使いこなすステ振りをするなんて現実的じゃない。だとすれば、そのもう一人のツヴィーベルナイトが親父である可能性だって……。


「くくくっ……驚きで声も出せないか? さて、もう質問もなければ二人仲良く……あの世行きだなぁ」

「くっ!」


 くそっ! 考えている場合じゃなかった。今はこの場を抜け出すすべを見つけなければ。

 茜も意識を失っている。エクスカリバーを装備したことによる自然回復効果も、ダメージがでかすぎて全快には程遠い。

 どうすれば……


「くくくっあははっ! ……あばよっ!」


 大きく振り上げられたガンブレードが、無惨にも俺達めがけて振り下ろされる。

 ……ここまでなのかよ。そんなっ……親父っ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る