第八話「レベルの壁」(前編)


 空き地に生い茂る雑草は、膝丈ほどあった。

 そんな足場の悪さの中でも、犯人の足は止まることがない。

 なめらかな足さばきと共に繰り出される軽快な攻撃は、武器の大きさからは想像できないほどで、武器特有の効果を最大限生かしたものだ。


 喧騒などほとんどない夜に、刃同士が激しく交わる音が何度も響き渡る。


 俺と茜のコンビネーションは、一切の乱れなく犯人を全方位から攻撃し続けた。

 相手の死角に入り、またフェイントをおりまぜつつ。

 それでも犯人は、俺達二人の攻撃をすべていなして見せた。

 かすり傷程度は負わせたものの、こちらも無傷とはいかない。


 一進一退の現状を打開できる手を打つ隙もない。

 やはり強い。

 俺は大きく溜めを作り、相手をひるませるために正面から突っ込む。


「ツイン・アサルトっ!」


 二刀の剣を突き出し音速で相手に突撃する剣技であるが、それも容易く受け止められてしまう。


「くくくっ……相当なプレイヤースキルだな。いったい何レベルなんだ?」

「お前こそレベルは200カンストしてんじゃねーのかよ? 答えろ!」

「わかってるなら、聞くもんじゃないぞ? そうさ、レベル200だよ。その意味がわからないほど、愚かではないだろう?」

「はっ! わからないね」


 俺の剣を受け止めるために生まれた、犯人の一瞬の隙。

 その瞬間をつくために、背後で刀を肩上で構えた茜が、瞳を閉じ、大きく息を吸いこんでいた。

 訪れる静寂。その刹那、茜の瞳が見開かれ、剣撃が振り下ろされる。


「……季術・八相発破はっそうはっぱ


 犯人は俺の攻撃を受け流した勢いを利用し、体を捻って茜の攻撃を迎え撃つ。

 一刀に見えた茜の攻撃は、八つに割れ八方から犯人を襲うものの、それすらも寸でで防ぎきられてしまう。


「くっはははっ! 最高だよっ! こんな気分は久々だ!」


 振り出しに戻るように、俺と茜は犯人を挟んで武器を構えなおす。

 コンビネーションは完璧だった。それでも攻めきれないのか。

 これが、ステータスの差。

 今まで感じたことはなかったが、さすがにレベル200ともなると、規格外だな。


「くくっ……そうか、アレが言っていたのはお前らのことだろう?」

「アレ?」

「ああそうさ。戦ったんだろう? 事件現場付近で」

「っ!?」


 あのinnocenceイノセンス構成員のことか。


「くくくっ……その顔はアタリだな?」

「だったら、なんだっていうんだ」

「いやぁ……面白い奴が嗅ぎまわっているとは聞いていたが、予想以上でな……嬉しいよ」

「こっちはちっとも嬉しくないけどな」

「くくっ……つれないねぇ」


 だが、今の話しではっきりした。

 やはり汐音の言っていた通り、俺がツヴィーベルナイトである話はinnocenceイノセンス内で共有されてないんだ。

 アレ、と呼ばれている構成員の意図は読めないが、とりあえず裏はとれた。だが、油断は禁物だ。

 犯人をしっかりと見すえ、足に力を入れると全力の速さで懐に飛び込む。


「ツェーン・スラッシュっ!」 


 下段からの切り上げを皮切りに繰り出される十連撃を叩き込むも、そのすべてをはじき返されてしまう。

 反撃を受けないために素早く跳躍し、茜の隣に並ぶ。


「くそっ……これじゃあらちが明かない」


 俺の攻撃じゃあSTR物理攻撃力が低くて致命打を与えられない。手数で攻めようにも、あの武器は相性が悪すぎる。


 犯人の職業、銃剣士スプリームは、攻撃力に特化したガンブレードによる一撃必殺が特徴で、その反面著しく劣る素早さをカバーするために、低威力の銃撃で牽制をする戦い方がセオリーだ。

 ゆえに、普通はここまで見事に攻撃をはじかれるなんてことはない。


 当然、トッププレイヤー足り得る実力と経験からくる先読みで実現できていることは言うまでもないが、それ以上に厄介なのがあの武器だ。

 攻撃時以外軽量化させるあの特性は、攻撃力の高いガンブレードにおいて、反則級の機動力を得ることができる。


「あ、えっと……一輝くん」

「なんだ?」

「あ、うん。私がやるよ」


 作戦会議の時に聞いた話によれば、犯人に茜の魔法はほとんど通じなかったらしい。

 茜の職業、魔剣士サムライは剣技と魔法の混合攻撃で相手を攪乱かくらんする対人戦闘向き職業だ。

 そう聞くと万能に思えるかもしれないが、その実、器用貧乏な点も多い。


 その最たるものが、魔法の使用制限だ。


 魔剣士が使える魔法は中級までで、装備で威力が上がっていてもレベル200を単独で相手にするには火力不足が否めなかった。

 だが、今は……。


「今は私が一番の火力。そうだよね?」

「……」


 茜は自分の持つ刀、布都御霊ふつのみたまを見つめる。

 母からの力。

 絶対の自信が、茜の瞳には宿っていた。


「……茜。頼む」

「あ、うん」


 今は、それが間違いなく最善だ。

 だが当然、俺も黙って見ているわけにはいかない。


「勇者様御一行は、作戦会議終了かい? くくくっ……お行儀よく待っててやったんだ。今度は、どんな面白いものを見せてくれるのか楽しみだなぁ」

「余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ? うちのお姫様は、じゃじゃ馬なんでね」


 俺のその言葉にこたえるように、茜は刀を鞘にしまうと犯人を見据え……。


 突風が突き抜けた。


 抜刀・抜き付け。茜は抜刀した勢いで、疾風のごとく切りかかっていた。

 攻撃の勢いは犯人のタイロッケンを風圧ではためかせたが、刀は犯人の眼前でガンブレードによって防がれてしまう。

 だが、犯人は一歩下がって攻撃を受け止めていた。そうしなければならないほどに、茜の一撃は重く、犯人にも効果があるということだ。


「くははははっ! これは確かにじゃじゃ馬姫様だなっ!」


 そう言い放ちながら刀を弾いた犯人は後ろに軽く飛ぶと、着地した勢いのまま地面を蹴り、再度茜に接近して薙ぎを入れてくる。

 が、それを茜は刀を脇に構えて待ち構えていた。


 一歩。


 ガンブレードの斬撃に合わせて、たった一歩、茜は前へ出る。

 その動きは犯人と交差し、二人は背中合わせになった。


 直後。

 犯人のわき腹がジワリと赤く染まる。


 一刀・虎振とらぶり


 茜は斬り込んでくる相手のガンブレードを踏み替えのみでかわし、その一呼吸の間に後方へ刀を向けわき腹を薙いでいたのだ。

 犯人は苦悶の表情を浮かべるも、すぐに茜の間合いにいるのが不利と思ったのか、瞬時に手榴弾を茜に投げつけると同時、俺にいきなり切りかかってきた。

 俺は二刀を構え、それを正面から防ぐ。


「くっ」


 とてつもなく重い一撃だ。足が地面にめり込むような錯覚さえ覚える。

 茜は手榴弾の爆発の中だ。

 避けられるタイミングではなかったが、完全武装の今ならダメージ自体はそこまでないはずだ。


「勇者様? よそ見しているとは余裕だなぁ?」

「ぐっ……」


 犯人は更に力を入れてくる。

 ダメだ、押し負けるっ! 

 足の踏ん張りの効かなくなった俺の左足が、膝をついてしまった。

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