第七話「戦いの火ぶた」

 家から三十分近く、人目を避けつつ走ってきた俺たちは、井瀬岬いせさき西尾保型にしおぼかた町にある居酒屋、あたらしやの裏手に来ていた。

 辺りはすっかり暗くなり、十時をすでに回っていた。

 汐音の情報にしたがい、来てみたのだが……。


「あ、えっと……これ」


 茜が真っ先に声を上げた。

 茜の指す先を俺と桐香も確認すると……。



 ――思い通りに純真に無邪気で明るくあなたの悲鳴をいただきにあがります。



 プレイヤーだけがわかるように、確かにそう書いてあった。


「本当にあったな。メッセージ」

「あ、うん」

「お兄ちゃんだけだよね? 霧生きりゅう市内のメッセージ、確認したの」

「ああ」

「間違いなく同じ?」

「……間違いないな」


 汐音の読み通り、犯人が現れる場所は決まって居酒屋の周辺だ。

 もっといえば、基本的に代行が来ることの多い場所を狙っているようだ。

 そして、被害者は共通してアルコールを摂取した者である。


 人目につくのを嫌っているらしく、駅前など明るく目につきやすい場所は避けているのは明白だったとはいえ、さすが三ツ者。

 それだけの情報から次々に証拠や足取りをつかんでいって、次の現場まで特定するとは。


 それにしても、実際に現場に来てみるとわかる。

 ここは、人殺しのしやすい環境だ。

 一見、県道八十六号線に面していて、この時間でも車通りが多く目につきやすそうだが、小道から奥に入っていくと一転、寂れた住宅街になり、障害物になりそうな細い路地が多く、死角に入りやすい。

 何とも最適な場所である。

 まあ、そんな場所で三人固まっている俺たちの格好が、一番怪しさ満点だろうけどな。


「お兄ちゃん? どうかした?」

「いや、この格好がな」


 俺たち三人は、同じ黒の外套を羽織っている。

 装備が目につきにくくするためでもあるが、今回は不意を突いての奇襲で先手を取りたい。

 そのためには、フル装備は目立ちすぎるのだ。

 とは言っても……。


「まるで、俺たちが犯罪者みたいじゃないか?」

「あ、うん。あ、いや、そんなことは……」

「なに? 二人とも文句? せっかく用意してあげたのに、文句あるなら着なくてよろしい」

「あ、えっと。そんなことないよ?」


 いや、なんでそこ疑問形なんだよ。


「桐香の考えに疑問があるわけじゃないんだ。ただ、状況的に俺たちの不審者感がすさまじいなって思っただけで」

「お兄ちゃん!」

「はい」

「思ってても言っちゃダメでしょ!」

「へい」

「まったく。とにかく、この場所に長居はまずいでしょ? 犯人来ちゃう前に、一度はなれて身をひそめるよ?」

「ああ」

「あ、うん」


 少し離れた民家の陰に移動し、メッセージがあった付近を監視する。

 そうして、一時間が過ぎただろうか。

 一向に状況が変わることもなく、十一時を過ぎてしまった。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「情報的には、いつ頃が濃厚だって書いてあった?」

「……十一時から一時くらいに犯行をする可能性が高い、とは書いてあった」


 この間、茜が戦っていたときは、おそらく下見に来た時なのだろうという話だったからな。


「あ、えっと。そうすると、まだ待つようだね」

「ああ」


 メッセージが予告文のままだったということは、まだ来てはいないのだろうからな。

 もう一度、気を取り直して監視を続行……と思っていると、なんだか難しそうな顔をしている桐香が目に入った。


「桐香? どうかしたか?」

「……変だよ」

「なにがだ?」

「……わかんないけど、違和感があるんだよね」

「違和感?」


 桐香の言う違和感がなんなのか。

 メッセージがあった場所をもう一度見るものの、俺には何も感じられない。


「茜は何かわかるか?」

「あ、えっと。ううん」

「お兄ちゃんたちがそう言うなら、私の思い過ごし……っ!」


 桐香は勢いよく立ち上がると、焦った表情で


「どの現場でも、被害者の死体は一か所に集まってたんだよね? けど、犯人は被害者で遊んでるんだよ⁉ 痛めつけたり追い詰めたりして、あの場所に誘導して殺しているのだとしたら……」

「メッセージの場所に犯人が現れたときには、手遅れの段階ってことかっ!」


 俺も慌てて立ち上がる。

 このあたりでここから死角になる場所かつ、人が通る可能性が高くて、にも関わらず発見されにくい場所は……。


「あそこかっ!」


 路地を一つ越えた場所。目と鼻の先に、ホテルがあったはずだ。



 ――きゃぁぁぁぁぁっ!



「っ!」


 女性の悲鳴だ。

 周囲の音に紛れてしまって、気にしてなければ聞こえなかっただろう。

 だが、くそっ! 遅れたっ。


 反射的に飛び出し、ホテルのほうへ向け跳躍する。

 すると、建物内の駐車場から若そうな女性が慌てたようにとびだしてきた。

 パッと見、外傷はない。と、安堵しかけた次の瞬間。

 建物内から、トレンチコートの大男が飛び出してきた。


 間違いない。犯人だっ!


 犯人は軽快にガンブレードを振り上げ、今にも下ろそうとしている。


「っ!」


 あのままだと女性の左腕に直撃する! まにあえっ!


 帯刀している黄金の剣を抜いた勢いで、女性と犯人の間に割って入る。

 顔面に迫りくるガンブレードをすんでのところで剣を構え受け流すと、流れたガンブレードは地面に叩きつけられ、小規模なクレーターを作りあげた。


「はやくにげろっ!」


 地面にへたり込んだ女性のほうを一瞥するも、どう見ても動けそうには見えなかった。


「くそっ!」


 女性を背後に庇う形で剣を構える。

 すると犯人は、バックステップで距離をとり、愉快そうに口笛を吹いてきた。


「何のつもりだ」

「くくくっ……それは、こっちが聞きたいねぇ」


 ガンブレードの一撃は想定していたよりもずっと重く、腕が衝撃で痺れてやがる。


「勇者様。お姫様の最後はしっかりみとったのかい?」

「うるさいぞ。殺人鬼」

「くくくっ……殺人鬼とは芸のない名称だなぁ?」


 そう言った次の瞬間。


「っ!」


 犯人は直線的に一気に距離を詰めてくる。

 攻撃を受けようと咄嗟に構えた俺の動きをあざ笑うかのように、犯人はひらりと俺をかわして後ろの女性へと再度切りかかろうとした。


「しまっ……!」


 た。そう言い切る前に、ガンブレードの刃は止まっていた。


「あ、えっと。……通さないから」


 一瞬にして間に入り、放たれたスキルは抜防・陰陽進退いんようしんたい

 抜き放たれた茜の刀が、ガンブレードを見事に受け止めていたのだ。


「貴様っ……なぜ生きているっ!」


 犯人はそのまま、攻撃をはじかれた勢いで後方に飛ぶと、着地して見せた。

 それを睨みつける茜の眼には、とてつもなく強い光が宿っていた。たじろぐ犯人は、驚愕に目を見開き、


「貴様……そこの女は間違いなく殺したはずだっ! なぜ生きているっ⁉」


 俺のほうを見て、理解が追い付かないとばかりに怒鳴りつけてくる。

 そこに、もう一つの足音がやってきた。


「私が、仲間を殺させるわけないでしょ?」


 桐香はそう言いつつ、ケルキオンを構え犯人を睨みつけると。


「うちのメンバーは、あんたみたいなやつに負けるほど、やわじゃないからっ!」

「その武器は、ケルキオン? ということは賢者か? だが、俺の呪いは魔法では解除できないはずっ!」

「あなたが弱すぎるだけなんじゃないの?」


 喧嘩を売って、いまにも殴りかかりそうな勢いだが、桐香にはほかにやってもらわねばならないことがある。


「桐香。彼女を頼む」

「……そうだったね。うん」


 桐香は、腰を抜かした女の人を軽々と担ぎ上げると、安全な場所まで退避しようとする。

 さすがに犯人も、それをみすみす逃してくれたりはしないようで、


「まちやがれっ!」


 と、ガンブレードを構えるが、その背後には茜の陰があった。


「……聖技・一之太刀いちのたち


 茜は刀を腰だめにすると……消えた。


「くっ!」


 犯人は、苦悶の表情で防御姿勢をとっていた。

 その前方に、刀を振り抜いた茜が現れる。


「あ、うん。防いだんだね」


 その隙に桐香は、見えないところまで移動を完了していた。


「くくくっ……あっはははっ! 面白い、面白いぞ! この間とは別人のような技の冴え、そして重い一撃! 無抵抗相手の殺しには少し飽きていたんだ……だから、新たな刺激を待っていた!」

「あ、えっと……刺激が欲しくて、メッセージを残してたの?」


 茜の言葉に犯人は嬉しそうにニヤリと返し、ガンブレードを構えなおした。


「くくくっ……それはあの方の指示だったんだが、こういうのも悪くない。刺激的だなぁ!」


 こいつ……。


「ふざけやがって!」


 俺は剣を下段に構えると、勢いよく一息にとびかかり切る。

 金属が激しくぶつかり合う音が響いた。俺の剣は犯人に受け止められていた。


「くくっ……早いな、だが剣士だったのか? この間は拳闘士に見えたんだが?」

「くっ!」


 俺はガンブレードを剣ではじき、距離を取り構えた。


「勇者さまぁ~。無視は良くないんじゃないかい? それにその黄金の剣は、エクスカリバーだろう? ゲーム内では、そうとうなレアアイテムだったはずだ。お姫様の刀も新しくなってやがる。その刀は見たこともない、な。お前ら何もんだ?」

「さあな」


 俺は腰からもう一本の剣を抜き構える。


「くくっ……まさか、二天一流とはなぁ? しかも、もう一本がデュランダルとはねぇ」


 青白く輝く飾り気のない剣。だが、ゲーム内では最強の剣の一つとされていた武器だ。


「くくくっ面白いな本当にっ!」


 犯人はそのまま一気に後方へ跳躍すると、茜へ斬りかかっていく。


「茜っ!」

「……見切・ 斬釘截鉄ざんていせってつ


 茜は、斬り込んでくる犯人の刃をギリギリ半身でかわす。

 その瞬間、犯人の小手が赤く染まった。


「ちっ」


 舌打ちをした犯人は、後方にあった空き地へと軽く飛んで傷口を確認している。


「くくっ……本当に、この前とは別人のようだねぇー、お姫様。これは、やばいかな?」


 そんな言葉とは裏腹に、犯人の顔には余裕が見て取れる。戦いを楽しんでいる表情だ。


「あ、えっと。腕、切り落としたつもりだったのに」


 やはり手ごわい。

 茜もそれを再認識したようで、刀を肩の上で構えて犯人を見据えた。

 俺は、その横に立ち二刀を構え、


「いくぞ、茜」

「あ、うん!」




 この事件は……ここで絶対に終わらせてみせる。

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