第六話「仲間とともに」(後編②)
今日は、茜が来ているだろうか。
そう考えながら教室に戻ると、そこには茜の姿があった。
「おはよう、茜」
「あ、うん。おはよう一輝くん……あの、えっと」
自分の机に腰を下ろすと振り返り、何か言いたそうな茜の話を聞こうとしたのだが……。
しけたツラのいかにもやる気なさそうな中年オヤジ、もとい担任が、
「ホームルーム、始めるぞ」
などと言って遮ってきやがった。
迷惑な奴だ。
「茜。ホームルーム終わったら、話聞かせてくれな」
「あ、うん」
茜の返事をしっかりと聞き、直後に始まったホームルームの内容など右の耳から左の耳へ華麗に聞き流してやりつつ、茜の要件はなんだろうか? などと考えているうちに、担任は教室を出て行った。
やっと邪魔をしてくる奴がいなくなったので、俺は改めて振り返る。
「で、どうしたんだ?」
「あ、うん。えっとね……」
「もしかして、おばあちゃんに何か言われたか? 俺たちのこととか」
「あ、えっと……そうじゃないんだけどね。昨日、おばあちゃんに怒られちゃったんだ」
「……まあ、そうだよな」
何とも答えづらい話だ。原因は少なからず俺にもあるのに、茜だけが怒られるというのも理不尽な気がしてしまう。
「あ、えっと……怒られたって言ってもね? なんて言うか、ちょっと違うって言うか……」
「どういうことだ?」
「あ、うん。えっとね。家に帰ったら、おばあちゃんに抱きしめられて……無事で良かったって、泣いてたの……ただただ、それだけだったの」
「そう、か」
怒鳴るでも、ひっぱたくでもなく……ただ、抱きしめて泣いてくれる存在。
それだけ大切にされているという事実は、わかっていても目の当たりにすると何か思うところがあるのだろう。
「あ、えっとね、一輝くん」
「なんだ?」
「あ、えっと。事件、必ず早く解決しようね」
「……もちろんだけど、どうしたんだ? 急に」
「あ、うん。私、本当に自分勝手だったなって思ったの。自分の不安とかやるせなさとか、そればっかりで。私のこと想ってくれる人たちの気持ち、全然考えてなかったなって……」
「茜……」
「あ、えっと、ね。私にも、おばあちゃんと、一輝くんに桐香ちゃんがいてくれる。大切で大切に思ってくれる人が、こんなにいて……でも、それは被害者の人たちも同じなんだよね」
「ああ、そうだな」
当たり前なようでいて、それでもそこまで考えることはなかった。
いや、考えないようにしていた側面もあっただろう。
自分たちの親が作ったゲームで、こんな惨事が起きているという事実をハッキリと認識したくなかっただけなのかもしれない。
「あ、うん。私、自分のことで手一杯で、しかも自分で全部抱え込んじゃってた。でも、そうじゃなくて良いって一輝くんが教えてくれたから。だから、しっかりと目の前のことを見ることができてる。こんな悲劇は繰り返しちゃいけないって……自分の満足のためでも、自己保身のためでもなく、私たちがプレイヤーとして止めなくちゃいけないと思うから……だから、ね?」
「ああ」
必ず。この事件を解決する。
なあ親父。どこかで見ているのか? これは親父が仕組んだことなのか?
まるで分らない。でも、考えているだけでわかるわけもない。
汐音の話によれば、彩音さんは事件前に犯人と接触しているらしい。
ということは、まるで関係ないということは無いんだろう。
考えたくないことだが、目をそらしていても前には進めない。
少しでも真実に近づくために、俺たちは目の前の問題を解決する必要があるんだ。
そう改めて心に決めた俺は、事件解決のため、対犯人戦闘用のシミュレートをしつつ一日を終え、茜と共に我が家に帰ってきた。
「ただいまー」
「あ、えっと。お邪魔しまーす」
俺の声にはまるで反応がなかったのにも関わらず、茜が声をかけるやいなや、パタパタとスリッパの音がやってきた。
「茜さんっ! いらっしゃい」
「あ、うん。お邪魔します」
「俺のことは無視なのか? なあ、桐香」
「茜さん。どうぞどうぞ」
うん。意図的にやってるよね。よくないよ、お兄ちゃんいじめは。
茜は、桐香の用意したスリッパに履き替えると、誘導されるがままリビングへと移動していく。
当然、俺も家の中にあがって……。
ふと気づくと、リビングへのドアを開けた桐香が俺のほうをちらりと見て、安心したように笑いかけてきた。
すぐに桐香は茜とリビングに戻っていったが。
まあ、あの笑顔だけで十分だな。
「まったく。おいていくなよ……薄情な奴らめ」
そうぼやきつつも、俺の頬は少しばかり緩んでいた。
すると。
「ん?」
スマホのバイブレーションが鳴る。これは、メールか?
「まさかっ」
いや、それ以外ないだろう。
スマホを開くとメール一件、shioriの文字が。
汐音は正体を隠したいらしかったからな。万が一、見つかった場合にごまかせるように、プレイヤーネームで登録しておいたのだ。
開くとまず。
どうぞ先輩。寂しい先輩のために、可愛い女の子そろえときましたよ♡
という、スパムみたいな一文が飛び込んでくる。
その下のファイル開いたら、ウイルスに感染したりしないだろうな?
「ったく」
当然、桐香にも見せる必要があるだろうが、まずは俺が目を通しておこう。……万が一、エロ画像とかだったらやばいからな。
などという心配などする必要はなく、開いてみると、中身はちゃんと犯人についてだった。
「これは……」
さすが三ツ者、と言うほかあるまい。
茜に送ったデータは、プレイヤーであることを隠すためにどうしても記載しきれなかった部分があったのだろう。
俺の元に送られてきたデータには、茜のところに二日前送られてきていたものとは比較にならないほど、濃密な情報が詰まっていた。
ありがとうな、汐音。
心の中でそうつぶやきながら、ファイルを閉じる。すぐに桐香と茜にも見せなければな。
「ん?」
メールの本文にはまだ続きがあるようだった。
まさか、何か大事なことだろうか?
はやる気持ちと共に、スクロールしていくと。
「……」
p.s. 可愛い後輩からメールが来たからって、そんなに喜ばなくても良いじゃないですかぁ♡
「俺の感謝を返せっ!」
反射的に出た言葉に反応するようにリビング側のドアが開き、桐香がのぞき込んでくる。
「お兄ちゃん……どうしたの? 大丈夫?」
「……ああ。いや、ちょっとな」
いや、ちょっとなんだろうな。てか、本気で心配そうな顔するのやめてくれ。
「何でもない。大丈夫だ」
「そう、ならいいけど。茜さんもいるんだから、あんまり待たせないでよ」
「ああ、悪いな」
リビングに行くと、茜が桐香の隣に座っていたので俺も定位置に座る。
「茜さん、お兄ちゃん。二人ともそろったので、作戦会議を始めます。……が、最初に一つ良いですか?」
「ん? どうしたんだよ桐香」
「桐香ちゃん。どうしたの、かな?」
「……はい。えっとですね。参謀は私がやるので……いいですか?」
「……」
そういうことか。
「あ、えっと」
茜は頬を赤らめながら、控えめに手を上げつつ続ける。
「……今更こんなこと言うのはどうかと思うけどね。やっぱり、桐香ちゃんが一番適任だから」
茜のその一言に、桐香の表情はパッと明るくなった。
今の桐香に一番必要な言葉だったんだろうな。
「茜さん……はいっ! 頑張ります!」
時にはハッキリと言葉にすることも大切だろう。
心なしか二人のぎこちなさが消えた気がした。
俺の意見は聞かないのかよ、なんて野暮なことは言わない。
「お兄ちゃん!」
「……なんだい?」
「なんだい、じゃないよっ! 私が参謀とはいえ、しっかり考えて意見言ってくれなきゃ困るからね?」
「わかってるよ」
「茜さんもっ! お願いしますねっ!」
「あ……うん。及ばずながら、頑張るね」
いつもの元気な桐香が、やっと帰ってきてくれた。我が家はこうでなくては落ち着かないというものだ。
「で、お兄ちゃん、茜さん。まずは犯人を捜すところからなんだけど……」
おっと、そうだった。
「桐香。それなんだが、情報を拾ってきた」
「今朝言ってたやつ?」
「ああ、そうだ。これを見てくれ」
再度スマホを開き、先ほどのデータを表示する。それを食い入るように見ていた桐香だったが、一通り目を通すと……。
「オッケーっ! これならいけるよ!」
自信に満ちた表情でそう言い放つと、
「それでは作戦を説明します!」
高らかに宣言した。
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