第六話「仲間とともに」(前編②)

 あの後、茜は俺の服の中から着られそうなものを借りて帰った。

 桐香の提案で、装備はすべて置いていくことにしたらしい。

 とりあえず、これでひと段落。と、思うことにしよう。

 正直言って問題は山積み……いや、これからが本番だ。


 翌日。


 朝のニュースでは、脚利あしかが至蔵いたくら町での殺人事件を報道していた。

 昨日はニュースを見ることができなかったが、脚利あしかが岾慕やました町でも、やはり殺人事件が起こっていたらしい。また、止めることができなかった。

 一刻も早く手を打たなければとはやる気持ちを落ち着かせ、いつもより早く家を出た。

 桐香には、


「今日は早いじゃん。風でも引いた?」


 などと言われてしまったが、まあ致し方ないのだろう。

 理由は勿論、汐音との約束のためだ。

 早い時間とは言え、校舎にはまばらに人もいる。そんな中、階段を上がり、まっすぐに屋上を目指した。


 茜と何度か話した場所のドアを開けると、そこには屋上が広がっている。

 一応、出入り禁止というわけではないので、フェンスで囲まれて安全対策はされているようだが、あえて屋上にやって来る生徒などほとんどいない。

 薄暗い校舎内から屋上に出ると、少しまぶしかった。

 手で日の光を遮断して見渡すと、目的の人物はすぐに見つかった。


「はやいな、汐音」

「もぉー先輩! やっと来ましたね! 約束通りやって来る健気な後輩を待たせるとは、何事ですか!」


 昨日に比べて元気だな。

 まあ、そのほうが良いか。

 こちらも気兼ねなく行ける。


「悪いな、汐音。俺は朝が弱いもんでな」

「なら、何で朝早くに呼びつけたんですか! 時間も指定しないなんてひどいですよぉー」

「少しでもはやく用事を済ませて、少しでもはやく動き出したかったからな」

「ん? どういうことですか?」


 ぶりっ娘全開の汐音は、顎に人差し指をあてて首をかしげている。

 さて、口のうまい汐音に付き合ってやるほど今は暇じゃない。

 だから……。


「悪いが汐音。単刀直入に聞かせてもらう」

「なんですか?」

「おまえ……Real/Game最大規模の諜報ギルド。三ツ者のギルドマスター、shioriだな?」


 俺の質問に汐音は、ニヤリと口角を上げた。






 ***






 俺の服を借りた茜が気まずそうにしながら帰るのを見届けると、俺はリビングに戻ってきた。


「桐香も、茜としっかり話できたか?」

「え? ……どうなんだろ?」


 作りかけだった夕飯を作り終えたのか、カレーが盛り付けられた皿を持った桐香が、ダイニングテーブルにやってきた。


「お兄ちゃん。今日、サラダないけどいいかな?」

「それは、もちろんかまわないけど」


 いつもの席に俺が腰を下ろすと、桐香は俺の前とその向かいにカレーを置き、お茶のコップを取りに台所へと戻っていく。


「なあ、桐香。茜は何か言ってたか?」


 着替えている時に二人が何を話していたのか、なんとなく気になった。

 茜自身、桐香に対してとってしまった態度のことを気にしていたから、何も話さなかったということは無いと思うんだが。


「お兄ちゃんと話した以上のことは無いと思うよ?」


 そう言ってお茶の用意を終えると、桐香もいつも通り、俺の向かいに座った。


「お兄ちゃん。早く食べないと冷めちゃうよ?」

「ああ。いただきます」

「はい。いただきます」


 微妙な空気が流れる中、カレーをつつくスプーンの音だけが響く。そんな状態が数分続いたが、それを破ったのは桐香だった。


「お兄ちゃんは、茜さんとどんな話をしたの?」

「……認識の違いを擦り合わせただけだよ」

「そう、なんだ。私もたぶんそうだったんだと思う。……だから、装備全部置いてったんだと思うんだよね」

「装備を? 全部か?」

「うん」


 もう勝手はしない。一緒に戦っていこうという茜なりの意思表示ということなのだろう。

 それが桐香自身わかっていながらも、どこか歯切れが悪いのはなぜなんだ。


「私は、茜さんに謝られるような立場じゃないと思ってる。でも、茜さんの気持ちも無下にはできないから、謝罪を受け入れるのがいいんじゃないかと判断したんだよね」

「なるほどな」


 でも、謝罪を受け入れたことに、桐香自身は納得していないといったところなんだろう。


「桐香も桐香で難儀だよな」

「むぅ~、何それ」

「そのままの意味だよ」


 ほっぺを膨らます桐香の様子は、なんだかつくろっているように見えた。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「……作戦、本格的に考えなきゃだよね」

「……」


 そうだよな、確かにそうだ。

 茜とのわだかまりが解消されたところで、事件そのものが解決できたわけではない。

 まだ問題は山積みだ。

 だが……。


「なんで、茜がいる前でその話をしなかったんだ? 仲間外れみたいなことは良くないし、作戦考えるなら茜がいたほうが良いんじゃないか?」

「もちろんわかってるよ。別に仲間外れとか、そう言うわけじゃなくてね。……だって、おばあちゃん心配してるだろうし、少しでも早く帰ってあげたほう良いと思って」

「そっか、そうだよな」


 確かにそうだな。

 音信不通で丸一日近くいなかったのだから、少しでもはやく帰してやるのが一番だろう。


「お兄ちゃん、ごめん」

「ん?」

「嘘言った」

「うそ?」

「おばあちゃんがどうとかなんて、自分を肯定するための言い訳だったから」

「……」


 目を逸らし、自分を責めるように苦々しげな表情をした桐香は、言葉を絞り出すようにして続けた。


「本当はね、怖かったんだ。また、私の考えを押し付けちゃったら、どうしようって……。茜さんと揉めたら、どうしようって……」

「桐香……」

「せっかく、前みたいに話せるようになったのに……また、あんな風な顔されたら、私……」


 桐香はうつむいた。

 頬を伝うしずくが、ぽろぽろとテーブルに落ちるのが見える。


「そうだよな」


 気持ちはよくわかる。

 茜が悩み、もがいていたように。

 桐香もまた、自問自答を繰り返していたのだろう。

 桐香にとって茜と揉めたということが、それだけ大きなショックだったのだと思う。


 俺だって何度も自分を責めたし、逃げ道を、救いを求めた。

 でも、向き合う以外に答えはないんだということをしっかりと理解したんだ。

 桐香だって、それを頭ではわかっているのだろう。それでも、また揉めたら嫌だという恐怖感が、茜との間に確かな壁を作ってしまっている。


「なあ、桐香」

「……な、に?」


 嗚咽が混じるのを嫌ったのか、桐香は声を絞り出すようにこぼした。


「答えなくてもいい。ただ、聞いてほしいんだ」


 そう言った俺に、桐香はこくんとうなずいて見せてくれた。


「桐香は茜のことを大切に思っているし信じてるだろ? それは、茜も同じはずだよ。茜が今まで、どんな気持ちでいたのか考えれば、それを汲み取れなかった俺たちにも落ち度は確かにある。けどさ、それをいつまでも引きずることを茜は望まない。それは桐香もわかってるだろ?」


 俺の言葉に相槌を打つように、桐香はうなずいて見せてくれた。


「茜だって、桐香だって、もちろん俺だって、すぐには吹っ切れないよ。でも、俺たちはその程度のことで、どうにかなるような関係なのか?」

「……違う」


 ぼそっとつぶやくような、かすれた声だった。


「なら、俺たちが今するべきことは、しっかりと向き合って腹割って話すことだよ」


 そんなこと、昔は当たり前にしていたのだろう。

 それが、今になって上手くできないでいる。


 きっと、関係が深ければ深いほどに怖くなってしまうんだ。


 俺たちは、成長と共にいろいろなことを経験して、その中で人を傷つけることと、傷つけられるということを知ってしまったから。

 

 一緒にいることができなかった空白の時間で、関係が変わってしまったんじゃないかと思うほどに、疑心暗鬼になっていたのかもしれない。

 だから、ほころびを少しでも感じれば、それを過大解釈してしまったのだろう。


 でも、茜とちゃんと向き合って話して、改めて俺は実感したのだ。

 俺たちは、その程度で瓦解するような関係ではないし、お互いを信頼しているって。

 だからこそ、大丈夫だ。


「なあ、桐香。ぶつかって、お互いに近づいていかなくちゃ……始まらないことも、わからないこともあるだろ?」


 俺の言葉に肩をふるふると震わせた桐香は、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、少し悔しそうに照れていて。


「そんなこと、お兄ちゃんに言われなくてもわかってるもんっ!」


 と、得意げに笑っていいはなってきた。


「おう」

「……ありがとう。お兄ちゃん」

「ああ」


 桐香は素早く涙をぬぐうと、


「そういえば、お兄ちゃん。茜さんから犯人の情報のことは聞いた?」

「ああ、聞いたよ。けど、確たるものは得られなかった」

「……じゃあ、また一から情報集めて探し直しか」

「……いや、そうとも限らない、かな」

「え?」

「実は、少し心当たりができてね」

「どういうこと?」

「まあ、まだ確定とは言えないんだけど……。明日の放課後まで待っててくれ。それまでには、何かしら情報を拾ってこられると思うから」


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