第六話「仲間とともに」(前編①)
「落ち着いた?」
自販機で買ってきた缶コーヒーを茜に渡すと、気恥ずかしそうな笑顔がかえってきた。
「あ、うん。おかげさまで。……本当にありがとう」
「いや、仲間なんだから、当たり前だよ。そもそも大切な幼馴染なんだからさ」
茜の横に、俺も腰を下ろす。
少し前まで自分が言っていたくさいセリフを思い出し、なんだか無性に恥ずかしくなって顔を合わせづらい。
けど、無言のままはもっとつらいな。
「そう言えば、茜。よく気が付いたよな、刀のあんなところに名前があるなんて」
「あ、うん。昔ね、もっとゲームがうまくなりたいってお母さんに言ったら、模造刀をくれたの」
「模造刀?」
「あ、うん。子供用じゃない大きいやつでね。これで練習して、刀を体と心で知りなさいって」
それはまた、何とも武士道チックな話だな。
「そう言えば確かに昔、身長より大きい刀をよく持ち歩いてたよな」
「あ、うん。その模造刀の
そんなことがあったのか。
「……それで、どうしたんだ? その模造刀は」
「あ、うん。お母さんたちの失踪事件のどさくさでなくしちゃって……。あの刀を、
「そうだったのか」
「あ、うん。だから……もしかしてって、そう思ったら分解してた」
「……そっか」
そういうときの茜の行動力には、いつも驚かされるな。
「お母さんって優しいんだけど……甘えさせてくれなかったから、いつも一輝くんの後ろをついて回ったり、桐香ちゃんと遊んでいるのが楽しかったの。でも、お母さんが私に期待をしてくれているのも感じられたから。私、いっぱい頑張ったんだよ? お母さんがいなくなってからも、リアルにステージが移ってからも、私、木刀でずっと鍛錬してたんだ」
「本当に、すごいよな茜は。何事にも真剣に向き合ってて」
「あ、えっと……そんなこと、ないよ。私、そのぶん周りが見えなくなったりするし……」
「ったく、卑下するなって言ったばっかりだろ?」
「あ、うん。ごめんなさい」
「自覚無いのかもしれないけど、茜はまっすぐに自分の心を貫いていけるのが強みなんだよ。仲間なんだから、もしそこで失敗しそうになっても、助けるのは当たり前だし、茜に助けられることもたくさんあるはずだから。だから、気にすんな」
「あ、うん。ありがとう」
こんなに一生懸命な茜を放置して、彩音さんはどこで何やってんだよ。なんだか無性にイライラしてきたな。
「茜。絶対、彩音さんを見つけような」
「あ、うん!」
茜は本当に努力家で、問題が起きても全力で立ち向かえる強さを持っていると俺は思う。
今回の事件だって、自分の実力を証明するために、居場所を守ろうと必死にあがいて犯人まで見つけちまったわけだし……って、そう言えば。
「そうだ、茜。犯人の居場所、どうやって絞ったんだ?」
これは、早いうちに聞いておかなければなるまい。少しでもはやく、手を打つ必要のある問題なのだから。
「あ、えっと……一輝くんは何も聞いてないの? 汐音ちゃんから」
「は?」
汐音? なんでここで汐音の話が出てくるんだよ。
「まさか、汐音もプレイヤーだったのか⁉」
「あ、えっと……ううん。そう言う話じゃなくてね。何も聞いてないんだね」
「どういうことだよ」
もうさっぱりわからない。
「あ、えっとね。犯人の出現場所をある程度絞ってくれたのは汐音ちゃんなんだ」
「まさか、調査させたのか?」
「あ、ううん。違うよ。あぶないからこれ以上はやめてってメールしたんだけど、面白いことに首を突っ込まないなんて退屈じゃないですか……って」
確かに言いそうだ。
「それで調べてきたんだな?」
「あ、うん。返信メールで送られてきたんだ」
そう言うと茜は、スマホをパジャマのポッケから取り出し見せてくる。
「これは……」
出現場所や予測地点、活動場所範囲、痕跡、証拠……。どうやってここまで正確な情報を手に入れたんだ?
「……実はな、茜。茜が戦っているのを教えてくれたのは汐音なんだ」
「あ、え?」
「俺が駆け付ける直前まで現場にいたみたいだし、犯人にも見つかってる。そんな状況で、無事逃げられたとは考えにくい……」
こんなにも情報収集力のある人間を、
だが、もし逃げられていたのだとすれば……。
「あ、えっと……本当なの?」
「ああ。……けど」
俺の中で、一つの疑問が浮かび上がった。それは同時に、一つの仮説を思いついたということでもあった。
……確かめなければ。
ポケットからスマホを取り出し、改めて通話履歴を開く。
「なあ、茜。汐音の電話番号見せてくれないか?」
「あ、え? うん。良いけど」
そう言って茜は、汐音の電話番号を表示する。
「……違う」
「あ、え? 何が?」
「いや……」
俺にかけてきた電話番号と、茜が登録している汐音の電話番号が完全に一致していない。
「茜。汐音にかけてみてくれるか?」
「あ、うん」
茜は汐音へ通話をタップし、耳に当てる。すると数コールの後。
『はーい! 美少女さん! どうしました?』
「あ、えっと……」
「茜、変わってくれるか?」
「あ、うん」
茜から、半ばスマホを奪い取るようにして自分の耳に当てる。
「汐音。昨日は情報ありがとう」
『げっ……先輩?』
「げっ、とはご挨拶だな。無事だったようで何よりだ」
『それはどうもでーす。……で、何の用ですか?』
いつもより、明らかに汐音の声に勢いがないな。
「俺がかけたときは出なかったくせに、茜の電話にはすぐ出るんだな」
『あーいや、えっとですね……授業中で出られなかっただけですよ』
「……そうか、まあいい。とにかく、これ以上このことには首を突っ込むな。こないだ怖い思いをしてわかっただろう? この事件は、お前には荷が重すぎる」
『嫌でーす』
「まあ、そう言うだろうと思ったよ。じゃあさ、明日の朝。ホームルーム前に屋上で話をしないか?」
『はい? 別にいいですけど……説教ならご遠慮しますよ?』
「そんなんじゃないさ。ダメか?」
『いや、だからまあ……うーん……わかりました、いいですよ。ご用件はそれだけですか?』
「ああ。悪かったな、急にかけて」
『先輩が私に謝るなんて……明日は雪ですかね?』
「……嵐かもな」
『……そうですか』
「じゃあな、切るぞ」
汐音の返事は聞かずに、通話を終了する。
「あ、えっと。汐音ちゃん無事だったんだよね?」
「聞こえた通り、ピンピンしてるみたいだよ」
「あ、うん。……良かった」
「そうだな。茜も、おばあちゃんが心配してるんじゃないか?」
「あっ! うん。そうだよね……どうしよう」
どうしようと言われてもな、茜。こればっかりは、どうしてやることもできんぞ。
「とりあえず、急いで帰ってあげたほうがいいかもな」
「あ、うん! そうだね」
「じゃあまあ、とりあえず戻りますか。桐香も心配してるだろうし」
「あ、うん」
俺が立ちあがるのに続いて茜も立ち上がると、また二人そろって歩き始める。
「あ、えっと。私、桐香ちゃんにもひどいこといっぱい言っちゃった。謝らないと」
茜がまた、しょんぼりとうつむいてしまった。なんだか可愛らしいな。
「大丈夫だよ、茜。桐香は自分を責めてはいたけど、茜のことを責めてはいないよ」
「あ、うん。だからこそ申し訳ないんだよ……」
「あぁ……」
そう言うことか。実に茜らしい。
「けどさ、茜。そんなしょんぼりしてたら、桐香は余計に気にしちゃうぞ?」
「あ、うん。そうだよね。うん、大丈夫だよ」
そう言って顔を上げた茜の表情は、少し吹っ切れたように見えて安心した。
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