第五話「確かなつながり」(後編①)

 不思議そうに首を傾げた茜は、一人でぶつぶつと言葉をこぼしながら考え始めた、次の瞬間。ハッとしたように顔を上げた茜は、テーブルの上の刀を勢いよく取ると見つめて固まった。


「茜? どうした?」

「あ、えっと。……一輝くん、細いプラスドライバーある?」

「ああ、あるけど」


 席を立ち、居間の端にある引き出しからドライバーをとると、リビングにいる茜に渡してやる。


「何に使うんだ? ドライバーなんて」

「あ、えっとね。分解するの」


 そう言うやいなや、茜は刀を鞘から抜いた。


「え?」


 いきなりのことに、こちらがフリーズしている隙に茜は、刀の目釘にプラスドライバーをあてて抜いてしまう。


「茜さん?」


 茜は戸惑う桐香のことなどお構いなしに刀の柄を握ると、手首をもう一つの手で軽く数回たたいた。すると刀身が軽く浮く。

 柄を外す茜の手つきは実に手慣れたものだった。


「茜、どうした? いきなり分解して……」


 そう聞いた俺の言葉はおそらく茜の耳に届いていないのだろう。

 刀身むき出しの布都御霊フツノミタマをテーブルの上に置くと立ち上がり、茜は勢いよく出て行ってしまう。


「え、ちょっと! 茜!?」


 いきなりのことに、何がどうしたのかわからず立ち尽くしていると、


「お兄ちゃん。これ……」


 焦ったように、桐香が俺の腕を引っ張ってくる。


「桐香? どうした……」

「どうしたもこうしたもないよ! これ見てよ、お兄ちゃん!」


 そう言って桐香は、布都御霊フツノミタマの刀身……いや、なかごの部分を見せてきた。


「っ!?」


 目を疑った。何が書いてあるのか、認識するのに数秒かかった。

 なかごの部分には彩音、と茜の母の名前が切ってあったのだ。


「お兄ちゃん。この刀は、茜さんのお母さんが持ってきたってこと?」

「まさか、そんな……」


 茜の現状を知った彩音さんが、俺にこの刀を託したとでもいうのか。

 茜も俺も誰も知らない刀が現れたこと。

 布都御霊フツノミタマの驚異的な性能。

 俺がこの刀を茜の部屋で拾ったこと。

 その全てを踏まえて、茜は一つの仮説をたてたんだ。

 そして、それを確認した。そういうことなのか。

 だから茜は……。


「桐香、行ってくる」

「……話、聞いてあげて」

「ああ」


 今、茜を一人にさせるのは良くない。それほどまでに茜の精神状態は、不安定で脆い状態にある気がするんだ。誰かが傍にいてやらないと。

 

 俺も茜の後を追い、外へ飛び出した。


 茜の向かった先は、見当がついていた。おそらく家のほうへと向かって行ったんだろう。

 それにしても、こんな日の落ちた時間帯にパジャマ姿で飛び出すなんて、冷静でない証拠だ。


 俺が茜の部屋に侵入してからだいぶ経っているのだから、彩音さんがいる可能性なんてゼロに等しいだろう。それでも、衝動的に飛び出したくなる気持ちは、わからないでもなかった。

 道すがらで茜を見つけられればそれが一番よかったのだろうが、とうとう家の前まで来ても茜の姿はなかった。


「どこ行ったんだよ。まさか中に?」


 数時間前と同じように塀づたいに移動し、茜の部屋の窓を見ると開いていた。靴を脱ぎ跳躍して窓枠につかまる。

 今回は中に茜がいる可能性があるため、そのまま飛び込むわけにはいかない。窓枠をよじ登り、ゆっくりと中に入る。

 部屋の真ん中には、茜が土足のまま立っていた。

 まるで泥棒でも入ったかのように、室内は散らかり荒れていた。おそらく茜が、彩音さんの痕跡を探すためにやったのだろう。


「茜……」


 俺の言葉に振り返った茜と目が合うが、ばつが悪そうに目線をそらされ、うつむいてしまう。


 茜は再会してから、お母さんの話しをそこまで出してこなかった。だから俺は、茜も成長とともに、どこか仕方ないかなって気持ちが出てきているものだと思い込んでいた。

 俺が、そうやって現実を受け入れるためだと自分に言い訳をして、諦めてしまっている部分があったからだ。


 けど、茜は違ったんだ。こんな簡単なことにすら、俺は気づいてやることができなかったのか。

 茜は人一倍周りのことを気にする。気を使わせないように、心配かけないようにふるまうに決まっているのに。


「茜……俺がもっと早く気づいていれば……」

「あ、えっと……一輝くんは悪くないよ。でも私、お母さんのこと全然わかんなくなっちゃった。なんでお母さんは刀を直接渡しに来てくれなかったのかな? こんな回りくどい事しなくても……少しくらい、一度くらい顔を見せてくれてもいいじゃない……声を聞かせてくれても……」


 茜は泣きじゃくり崩れ落ちた。

 今までは、彩音さんの存在を身近に感じる機会がなかったから、感情を抑えられていたのだろう。

 けど、いたのだ、彩音さんは。

 俺が茜の部屋に侵入していた、いや、侵入しようとしたあの時にはもういたのかもしれない。

 仕組まれたすれ違いと言うべきだろうか。こんなの、茜は当然気持ちを抑えられないだろう。


 ……本当に、なんで出てきてくれないんだ。


 なんで、こんな形でしかコンタクトをとってくれないんだよ。

 今すぐ出てきて説明しろよ。

 これは全部、親父の差し金なのか? どうなんだよ……。


「っ!」


 階段を上がってくる足音が聞こえた。ゆっくりだが、間違いない。おそらく茜の祖母のものだろう。


「茜。とりあえず今は行こう。こんなところ見つかったらヤバイ」

「……あ、うん」


 半ば俺に引っ張られるような形で、茜も窓から家を出た。そのまま俺は靴を履いて回収し、茜とともに、すぐ近くの土手まで一目散に撤退していく。

 茜の祖母に見つからないであろう河原まで出ると、俺は足を止めた。


「……もしかしたら今回のinnocenceイノセンスの殺人事件には、俺の親父や彩音さんも関わっているのか?」

「……あ、えっと。……わかんないよ」


 そうだな、わかんないよな。考えたくない可能性だ。

 でも、偶然にしてはできすぎている。

 彩音さんの目撃証言に、innocenceイノセンスの殺人事件。そして、今回の布都御霊フツノミタマ

 すべてがつながりすぎている。

 頭がパンクしそうだった。なんだかじっとしている気分になれなかった。


「茜。少し歩かないか?」

「……あ、うん」


 茜は肯定で返してきても、まるで顔を上げず、こちらを見ることもなかった。

 俺が歩き始めると、茜はついてきた。

 そうやって土手の道を二人並んで歩く。

 特に会話があるわけでもないが、あまりにも多くのことが起きすぎているから、気持ちの整理をつけたり考えをまとめる時間が必要だろう。俺にも茜にも。

 無言で十分近く歩き続けていただろうか。土手の道も終わり、水処理センターが見えてくる。


「茜。あっちで少し休もう」

「あ、うん」


 水処理センターの屋上には運動公園がある。そこにベンチもあったはずだ。

 外階段をのぼり、トラックのある運動場脇に設置された寂れた木製ベンチに腰掛けると、茜も俺の横へ来た。

 それでも茜はうつむいたまま、まるで顔を上げなかった。

 たぶん、今は何も聞かないほうがいい気がした。

 茜の中で何か答えが出たら、きっと話してくれるのだろう。だから、こうして俺の隣にいるのだろう。

 希望的過ぎるかもしれないが、そう考えて待ってやることくらいしか、今の俺にできることは無いと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る