第五話「確かなつながり」(前編②)
「でも、お兄ちゃんなら勝てるよ。……わかってるよね? 犯人を倒せば、茜さんも助かるかもしれないってこと」
そうだ。最初に誰でもそれが思いつく。だが、その犯人がどこにいるのかわからないんだ。
あの時、もう少しでも俺が動けていれば、マーキングすることも可能だったかもしれなかったのに。いや、今それを悔やんでいても仕方ない。
だが、俺は近接戦闘タイプで索敵探索は特化していない。そういったことに特化したプレイヤーといえば、ゲーム時代は情報ギルド、三ツ者があったな。
あいつらなら、この現実でのプレイの情報もつかんで、調査をしているかもしれない。……だが、連絡のとりようがない。
ゲーム時代のチャット機能が、現実世界では使えないからだ。
八方ふさがりだ。
そもそも……。
「とんでもなく強い奴だったよ。レベル200って仮説は、ほぼ確定だろうな。完全武装の茜が勝てなかったんだから……」
意気消沈と俺が頭を抱えた瞬間、桐香は元気よく立ち上がり、
「そうだ! そうだよ、お兄ちゃん!」
閃いた。そういう顔をしていた。
「え?」
「茜さんは完全武装だった。つまり、犯人がどこに現れるのか、どこかで情報を入手して臨んでる!」
「そっか……」
確かに。ゲーム時代から索敵は相手に見つからないように行い、相手の行動パターンをつかんだところで完全武装し戦闘に移行するのがセオリーだったし、現実であってもそれが効果的だろう。
なら……。
「茜は、確実な情報を手に入れていた可能性が高い」
「うん。出没予測地点や規則性、何かしらの情報をつかんでいた可能性は高いと思う」
なら、やみくもに探すよりも、茜の家に行ったほうがはやい。うまくすれば、何か情報が転がっているかもしれないということだ。
「桐香は、茜の回復に専念してくれ。目を覚ませるくらいにでもできれば、本人から直接情報が聞けるだろうし」
「お兄ちゃんは、茜さんの家に忍び込むのね?」
「ああ、そうなるな」
勝手に忍び込むのは気が引けるが、非常事態だ。しかたない。
だが、もし何も見つからなかったら?
茜だけじゃなく、桐香にも相当な負担が……。
「まったくお兄ちゃんは、躊躇なく乙女の私室に無断侵入とは最低野郎ですな」
疲れ切っているだろうに、それでも桐香はいつものようにおちょくってきた。
俺の気持ちを少しでも軽くするために、気を使ってくれているのだろう。
そうだ。不安を並べていても何も始まらない。
「……せっかくの機会だから、十分堪能してくるよ」
「開き直るとは」
「茜なら許してくれそうじゃないか?」
「まったく、お兄ちゃんは……。お兄ちゃん。何があるかわからないから、気を付けてね」
「……ああ」
情報を握っていると犯人に知られれば、会敵することも考えられる。
だが、やはり武装していくのは愚策だ。
誰にも気づかれずに、目立たず終えられるのがベストなのだから、プレイヤーに狙われる可能性は極力排除したい。
侵入も、緊急時を除いてはスキルを使わずに完遂するのが望ましいだろう。
「桐香、ごめん。また、無理させる」
「まったく、しょうがないお兄ちゃんだなぁ……」
わざとらしくあきれたようにしながらも、桐香は後ろのクローゼットから追加の
「お兄ちゃんならまだしも、うら若き乙女に徹夜仕事でそのまま続行とか、お肌に悪いんだからね!」
そう言いながら手を差し出す桐香にケルキオンを再び渡すと、にやりと笑って見せてきた。
「私もトッププレイヤーだからね。大丈夫、十分休めたし。杖の効果も魔法も、全開フルパワーで茜さんを目覚めさせるから! お兄ちゃんも頑張って」
「ああ。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
やつれた桐香の表情の中に、強い意志を感じた。
それはきっと、この苦境を乗り越えるために必要なものだ。
桐香のその頼もしい姿は、俺にとっての大きな支えでもある。
桐香の部屋を飛び出し階段を下りると、家を勢いよく飛び出す。
桐香に、これ以上の負担を強いるわけにはいかない。
いや、何よりも一刻も早く茜を助けるために。
俺は脱力しきった体に残る力を振り絞り、全力で駆け出した。
だが……。
「くそっ」
この間、帰り道で茜と別れた交差点まではやってきたのだが、ここから先がわからない。
いや、正確には方角しか情報がない。
まあ情報とは言っても、こっちだから、と言っていたのだからこっちなのだろう、という大ざっぱなレベルだが。
とにかく、やみくもにでも歩を進めないことには、何も見つかることはない。
昔行ったことがあるのだから、近くに行けば気づくかもしれないからな。とりあえず住宅の立ち並ぶ場所をしらみつぶしに歩き回ろう。
そう決めて、あたりを歩き回るも、まるでそれらしい建物が見当たらない。
めちゃくちゃデカかったはずだから、近くに行けばすぐ見つかると思ったんだが……。
子供心にデカいと思っただけだから、実はそんなに大きくもなかったのだろうか?
だとしたら、頼りになるのは表札くらいかもしれない。
何か、ほかに手掛かりになるようなことはなかったか? 思い出せ、俺。
この前、着替えに茜が戻っていたとき、待った時間はどのくらいだった?
確か三十分くらいだ。
着替えと往復の時間を考えると、そう遠くはないはずだ。
だが、この辺の民家なんて山ほどあって、全部表札を見るなんてとても……。
いや、待てよ。大通りを一つ挟んだ向こう側。土手方面は道沿いから外れた場所が死角になりやすい。
そして、見た目よりもあの辺の面積は広かったはずだ。
確証はない。だが方角も一致する。
大通りを抜け、工場の立ち並ぶ通りを抜ける。まず最初に目に飛び込んでくるのは中学校。そしてその裏手には……。
「あった……」
住宅等に囲われ、大通りはおろか裏の産業道路からも目に入らない開けた土地。こんなところ、特に用がなければ来ることはない。
「見つからなかったわけだ」
てか、デカ過ぎだろ。子供心とか関係なく、今見ても十分デカい。
パッと見でもわかる、とんでもサイズ。塀に囲われた、これぞといったような日本の邸宅、いや豪邸だった。ヤクザの組長が住んでそう……いや、イメージだけれども。
庭付き一戸建て十軒分くらいはあるな。こんな田舎で住んでもいないのに、よく維持し続けてたな。
ぼんやりとした昔の記憶と照らし合わせてもここで間違いないと思うが、一応確認はしておこう。
塀をたどり正面玄関にたどり着くと、表札には来島とあった。
間違いない、ここだ。にしても玄関? 門? デカ過ぎ。
まあ、正面突破はまず無理だろう。茜の祖母は父さんたちが作ったゲームを快く思ってはいなかったはずだ。
それはそうだろう。茜の祖父はすでに亡くなっていたはずだし、そのうえ娘が失踪してしまったら気持ちが良いわけがない。
茜を引き取って行った時も、俺たちとは二度と会わせないと啖呵を切っていたことだけは覚えている。
と言うか、それがかなり印象に残っているんだよな。
ゆえに、名乗れば追い返されるのがオチだ。
「さて、どうしたものか」
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