第五話「確かなつながり」(前編③)

 これ以上、意味もなく玄関先にいて見つかると、厄介なことになるに違いない。

 どこか、忍び込めそうな場所を探さなくては。


 ……こんな豪邸にそんな隙、あるのか? ……絶対セキュリティーやばいだろうなぁ……。

 いや、弱音を吐いていても仕方がないだろ。一刻も早く、茜を助けるすべを見つけなければならないんだ。


 何か忍び込める隙は無いかと、塀づたいにぐるりと家の周りをまわってみる。

 それだけでも相当な距離があったが、人一人出入りできそうな裏口以外には何も見つからなかった。


「……どうしたもんか」


 とりあえず正面はまずいだろうし、真後ろの裏手もそれはそれで警戒がきつそう……いや、そもそも警備員とかじゃなく監視カメラとかだろうし、どこにでもあるんだろうな、防犯装置。


 打開策が見つからず、スキルを使うしかないかと頭を悩ませ歩いていると、軋んだ音が後ろから聞こえる。

 いや、違う……後ろじゃない。

 振り返り、斜め上にある家の窓へと目をやると、開いていた。さっきまでは開いていなかったのに、どうしていきなり?


 もしかして、気づかれたか?


 咄嗟にしゃがみ込み様子をうかがう。スキルは使わなくとも、プレイヤーであれば人の気配くらいはなんとなくわかる。

 誰もいない。本当にひとりでに窓が開いたとでも?

 だが、チャンスだ。あの窓が、どこにつながっているのかはわからないが、人の気配もなさそうだし、この機を逃したらスキルを使用しなければ忍び込めないだろう。


 なにかあったら、その時に対処するしかない。と、靴をその場に残し、一気に跳躍。二階の窓に飛び込む。

 前転の要領で受け身を取り、物音一つたてずに内部への侵入に成功した。

 そのまま立ち上がらずに息をひそめるも、誰一人としてこちらへ近づいてくる気配はない。

 成功だ。

 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。


「……」


 間違いない。勉強机にベッドと……茜の私室だ。普通、そんなピンポイントで侵入できるか? 罠か? 


 ……いや違うな。


 茜は昨日、完全武装だった。あの格好で、玄関から堂々と出て行ったとは考えにくい。つまり、茜はこの窓から出たのだろう。

 その時に、半開きか何かになっていて、風が吹いた拍子にでも開いたのかもしれない。

 それにしても、女子の私室と言うのはもっとメルヘンな感じかと思っていたが、小奇麗でさっぱりしているな。と言うか、外観があれだけ和風だったから畳なのかと思ったらフローリングだし。見覚えのある茜の私物がなければ、私室であるとは断定できなかっただろう。

 さて、どこから探すか。

 とりあえず、手近にあったタンスと思しき引き出しを開ける、と。


「っ!」


 咄嗟に閉める。

 ……入っていたのはパンツとブラジャーで……水色とかピンクとか意外と無地のものが……いやいやいやいや。

 何やってんだ俺は、不用意すぎだろ。女の子の部屋なのだから気を付けなければならない。

 ……うん。何も見なかったことにしよう。こんな非常時に取り乱す要素があるのは芳しくない。

 ……下着見ちゃったとか、茜に悪いというか……俺が後で個人的に気まずいというか……。


 じゃないじゃない。とにかく情報を探さねば。


 俺だったら、どこに置くだろうか。

 そう考えつつ、勉強机周辺やその引き出しを開けるも何もない。ベッドの下は……何もないな。エロ本じゃあるまいし、こんなところに隠さないか。いや、そもそもそこまでして隠すだろうか?

 クローゼットにも服以外は見当たらず、正直お手上げとしか……。


 そう思った瞬間、背後で何か重い金属が倒れたような……いや、これは刀の倒れた音だ。この独特な音は、間違いない。


 振り返ると、侵入してきた窓の近くに刀が倒れていた。

 儀礼刀だろうか? 鞘には黒漆塗りが施され、金や銀の装飾が付いている。

 こんなもの、最初から置いてあっただろうか? と、疑問は残るものの、部屋にこんな堂々と置いてあるからには何かあるのかもしれない。


 手に取ってみると、かなり重い。だが、刀としては短めだ。九十センチ無いんじゃないか?

 これは、茜の武器……なのだとは思う。が、俺はこの武器を見たことがなかった。ゲーム時代、茜が使っているところはおろか、持っているところすら見たことがない。


 ……だが、得も言われぬ迫力があった。


 思わず刀をゆっくりと抜いていく。鞘の時点でわかっていたが、直刀の類だ。

 いや、だが少し内反りしているな。刃のほうに湾曲がある刀なんて、俺はそんな武器、知らないぞ……。

 この刀は、いったい何なのか。なぜ、こんなものを茜が持っているのか。俺には、まるで見当がつかなかった。

 俺ですら把握していないアイテムということは、現実世界で初めて実装された武器ということなのだろうか。


 これは、大きな手がかりだと思う。


 だが、他プレイヤーが一度装備したものは所有者が確定してしまうため、武器ステータスのチェックはスキルでしかできない。

 俺も、鑑定スキル自体は持っているんだが、自分で使う機会がほとんどなかったからな。こんな高位のアイテムを鑑定するのは無理がある。

 とりあえず、ダメもとだ。武器を握り、ステータス確認のため、目に意識を集中させると……。


「え……」


 まさか見えると思わなかったステータスが観覧できて、マヌケにも声が漏れてしまった。

 侵入に気付かれたか、と冷汗が出た。

 数秒動かずに耳を澄ましてみる。

 ……大丈夫だ。誰も近づいてきてはいない。


 再度、刀のステータスを確認する。

 武器名は布都御霊フツノミタマ。雷属性。攻撃力はとんでもないバケもんだな。なんで茜はこれを一度も装備したことがなかったんだ?

 武器固有の特殊効果は……


「っ!?」


 そこに書かれていた刀の効果は、想像を絶するものだった。

 俺は、布都御霊フツノミタマを抱えたまま、茜の部屋を窓から飛び出した。素早く着地し靴を履くと、一気に走り出す。

 周りに見られても問題ない程度に力を抜くが気持ちがはやり、走るスピードが上がってしまう。

 来るときとは違い、場所がわかっているので戻るのは早い。走っていたからというのもあるが、五分程度で着いた。

 ドアを勢いよく開けると、靴を脱ぎ捨て一気に階段をジャンプして跳び二階へ。そのまますぐにある桐香の部屋に飛び込んだ。


「……お兄ちゃん、はやかった……ね」


 桐香の声は、今にも消え入りそうだった。


「桐香っ、大丈夫か!?」

「私は……大丈夫」


 顔色が悪いなんてもんじゃない。青白くさえ見えるぞ。

 どう見ても大丈夫じゃないだろうに……。


「……茜の容態は?」

「良いのか悪いのか……」


 かすれたような元気のない声で桐香が答えた直後、


「ゔぅっああぁぁぁっ!」


 茜のうめき声が部屋に響き渡る。


「茜!?」


 慌ててベッドに駆け寄ると、茜が体中を拘束魔法で押さえつけられ、その中でもがくようにのたうち回っていた。


「これは、どういう……」

「たぶん、ケルキオンと併用してた魔法の効果でスタミナは回復して目を覚ましたんだけど、HP耐久値減少が止まらないし、とてつもなく痛くて苦しいんだと思う……っ。痛すぎて睡眠魔法でも眠らないの……ねぇ、どうしようお兄ちゃん!?」


 半ば、パニックになりかけている桐香だが、それでも魔法の手を緩めることはない。とはいえ、焦りは明らかで。


「お兄ちゃんどうしよう! これじゃあ、ケルキオンの固有スキルも使い物にならないっ! こんなことになるなんて思ってなかったの! また眠らせれば、すぐにケルキオンの効果も使えると思って……、不明のデバフ状態異常なのに考えが甘かったっ……ごめんね、お兄ちゃん」

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