第五話「確かなつながり」(前編①)
体が重い。手足の感覚を失ったかのように、重力に任せて地面に吸い寄せられていくような感覚。
そんな俺の体を、暖かな何かが包み込む。
状況が飲み込めない。俺は今、何をしているんだ?
光がチカチカと俺を刺激する。目を瞑っていてもわかるほどに、突き刺すような光。これは……。
「ん……?」
目を開けると、そこは見慣れた天上だった。
自宅の自室だ。もっといえばベッドの中だ。
だが、部屋着でもパジャマでもなく、制服のワイシャツのままだ。
どういう状況だ?
急すぎて、何が何だかわからず混乱してくる。
一度、落ち着いて考えよう。
冷静に何があったか思い出さねば……。
そう、俺は茜救出のため、
「っ!」
寝ている場合じゃない。茜はどうしたんだ? あの後どうなったんだ!?
沈んでいたはずの日光が、窓から差し込んでいる。一晩経ったって言うことかよ。
ベッドを飛び起きて自室を出ると、急いで階段を駆け下りようとして気づく。隣の部屋、桐香の部屋から気配を感じたのだ。
すぐに桐香の部屋に飛び込むと、そこにはベッドに横たわり目を瞑る茜と、そのそばで魔杖を握り白いローブに身を包んだ桐香の姿があった。
「茜……」
反射的に出た俺の言葉に、桐香が振り返る。
「お兄ちゃん……良かった。気づいたんだね」
「っ!」
桐香の顔はやつれていて、今にも倒れてしまいそうなほどに弱って見えた。
「桐香……無理しすぎじゃないか?」
「あはは……」
消え入りそうな声とともに作り笑いを浮かべた桐香は、もう一度茜へ向き直り、
「私は平気だよ。これが私の役目だもん」
「けど……」
桐香のジョブは
攻撃魔法、回復魔法問わず、すべての魔法を使うことができる魔法職、と言えば聞こえはいいが、
とはいえ、俺たちテストプレイヤーの中では一番回復向きなのだが……明らかに無理をしている。
「桐香がずっと、付きっきりで見てたのか?」
「……まあね。少しでも離れたら、茜さんのHPはいつゼロになってもおかしくないんだもん。……本当に奇跡に近かった。私が駆け付けるのが少しでも遅ければ、手遅れになってたよ」
「……とりあえず、いったん変わるから杖を貸してくれ」
「お兄ちゃん、今目が覚めたばっかりでしょ? まだ体に負荷が残ってるはずだよ?」
確かに体は重いが、今は桐香のほうが辛そうだ。
「良いから、いったん休んだほうがいい。兄の言うことも、たまには素直に聞いたほうが良いぞ」
「いつもは私に甘えっぱなしのくせに……ま、でもお言葉に甘えようかな。正直なところ、本当にきつくなってきたから……はい」
桐香に渡された賢者専用魔杖ケルキオンを受け取ると、そのまま杖を茜に向けて力を込める。すると、茜を包んでいた淡い光が少しばかり強さを増した。
柄に二匹の巻き付いた蛇の装飾がされている銀の魔杖、ケルキオンは、先端の翠の宝石でプレイヤーに触れると、一定確率で眠りにいざなうことができる。そして、眠りにつかせたプレイヤーの
だが、その絶大な効果故に
「桐香、もしかしてずっとこれを?」
床に散らばる空の
「……うん、まあね。魔法を使うよりは、効果的に延命措置ができるから」
「延命措置?」
その言葉を聞いて、昨日大男が言っていたことを思いだす。
「桐香でも、原因はわからないのか?」
「うん。
「そんなバカな……」
つまり……不明のスキルで解除不可。それが、茜の状態異常の情報の全てだとでもいうのか。
「あの男は、
「
「ああ。けど、少なくとも俺はそんなものは知らない」
「……私も聞いたことない」
俺は、このゲームで知らないことなど何もないと思っていた。
テストプレイも行い制作時から協力をしていた俺たちは、ゲームの仕様をすべて知らされていたからだ。
だが、冷静に考えてみれば、このゲームが現実世界で展開されることを俺たちは知らなかった。つまり、現実世界の仕様には、俺たちの知らない部分があったとしても不思議ではない。
大男の強さを考えれば、俺たちの知らない新規スキルを持っているというのも十分にあり得る話だろう。
だが……それにしたって、解除不可の
いや、そうじゃない。これが
「お兄ちゃんたちが戦ったのは、やっぱり犯人だったんだね?」
犯人であるかどうか、ハッキリと確認したわけではない。
だが、あの戦闘能力にガンブレード。そして、プレイヤーであるのかも確認せずに俺に躊躇なく攻撃してきたことからも、間違いなくあいつが、あの男が犯人だろう。
「……ああ。素手の俺では、なすすべがなかった」
そう答えた俺を非難するように、桐香はキッと睨んできた。
「それで
本当にいつも、心配も苦労も掛けるな。
「……そっか。やっぱり桐香が運んできてくれたのか」
「ただ事じゃなさそうだったから、スマホのGPSで追ってみたら、
「そうだよな、ごめん。心配かけて本当に悪かったよ」
「本当だよ!」
「でも、そこまでしないと茜を守り切れなかったんだ」
自分の無力さをここまで感じたことはなかったかもしれない。
そんな敗北感を察したのか、桐香も少し目を伏せがちに不安をあらわにしていた。
「……そんなに強いんだね……その犯人って」
「ああ」
桐香は顔を上げると、俺を鼓舞するようにまっすぐ強い眼差しで俺を見据えてきた。
「でも、お兄ちゃんなら勝てるよ。……わかってるよね? 犯人を倒せば茜さんも助かるかもしれないってこと」
「……」
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