第四話「焦りが生み出したモノ」(後編②)
茜に気を取られた一瞬の隙を突き、眼前に投げ入れられたのは手榴弾だった。瞬時に茜を抱きかかえたまま、手榴弾に背を向ける。
「
背後で爆発が起こるが、俺も茜も無傷。このスキルは使用中動けなくなるが、敵の攻撃を一度だけ無効化してくれる。
スキルが解けてすぐの隙に攻撃が来ないかと細心の注意をはらいながらも、茜をそっと地面に寝かせた。
「遅くなって悪かったな」
茜の装備は所々が黒く焼け焦げ、切られた痕も多数あるが、
「てめぇ……よくも茜を」
立ちあがり振り返ると、男は余裕そうな表情でこちらを見ていた。俺が怒ったのがうれしいのか、ニヤリと笑ってきやがる。
「くくくっ! 勇者様の登場にしては遅すぎだぜぇ?」
男は、右手に持ったガンブレードの背を肩に乗せると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
あの青白いラインの入った漆黒のガンブレードは、アトームヴァッフェ。ゲーム内最強と言われたガンブレードだ。
それに、あの防具は塹壕用タイロッケン。ガンナー系職でも一部のものしか所有者のいないレア中のレアアイテムだ。
背中にある真鍮製のD型ホルダーには、一定数値のダメージと
とんでもないトッププレイヤーだ。
だが、それでも茜がここまでやられるとは考えにくい。
ということは、それを覆すほどのレベル差があるということだ。
丸腰で勝てる相手じゃない。
「勇者様も焦ってんだなぁ? えぇ?」
大男は、俺の間合いに入らないギリギリのラインで足を止めた。そうとうに場慣れしてやがる。
「黙れ」
「おぉーこわいこわい。じゃあ、もしかして陰からこっそりのぞいてた嬢ちゃんもお仲間かい?」
「っ! 汐音をどうした!?」
「くくっ……そう焦るなよ」
「いいから答えろ!」
「せっかちな奴は嫌われるぜ?」
「っ!」
取り乱した一瞬の隙をつかれた。
気づいた瞬間には目の前から男は消えていた。
だが、気配が背後に回ったことはすぐに気が付き、視線だけは即相手をとらえる。
背後から襲い掛かる横薙ぎの剣先を間一髪でしゃがみこんで回避したが、体勢が崩れてしまう。男はその隙を狙って、追撃の弾丸を放ってきた。
それをさらに後ろ跳びで回避したのだが、それこそ最悪の状態になってしまった。
茜と俺の間に、男が立ちはだかるという結果になってしまったのだ。
くそっ……してやられた。
「勇者様もこの弾丸くらっておけば、お姫様と仲良く永眠できたものを……くくくっ」
「永眠!? どういう意味だ!」
「
眼光鋭くこちらを見据えてニヤリと笑うその表情からは、心の底からこの状況を楽しんでいるのが伝わってくる。
「茜に撃ったのか!?」
「そうだよ。そして……目を覚ませないほどの激痛を味わっているはずだ」
「くそが……」
憎しみと怒りが俺の脳裏を満たしていく。
「くくくっそれだよ! そうだよ、その表情が見たかった! じわりじわりと死へ近づくお姫様の傍にいるのが辛いかい? なら……そうだ! 今すぐこの手でお姫様の首を落としてあげようかい?」
大男は剣を振り上げた。
プツンと俺の中で何かがキレた。
「勇者様はそこでゆっくり鑑賞しているのがお似合い……っ!」
――ユニークスキル、
次の瞬間、俺は大男の真後ろにいて背中を殴っていた。
「ぐほぁっ!」
間抜けな声とともに勢いよくすっ飛んだ大男は、大木に激突して地面に転がった。
「勇者様は……ダテじゃねぇってか?」
そう言いつつ、よろよろと大男は立ち上がる。
まだ、そんな軽口を言う余裕があるのかよ。武器がないからそこまでの有効打になってないのか……。活路がない。だが……。
「茜はやらせない」
「いや、もう助からねぇぜ?」
「うるさいっ! そんなのは、お前が俺を混乱させるために言っている妄言に過ぎない!」
「どう解釈してもらっても構わねぇけどな。くくく、うっ……笑うと痛ぇなぁ。効いたぜ、お前の拳。その反則レベルの速さはなんなんだ?」
「お前に答える義理はない」
「くくくっ……ああそうかい。……そうだ、面白いことを思いついたよ。今ここでお前を殺すのは簡単だが、この程度でキレる勇者様だからなぁ……お姫様が死んだあと、どんな様子でやって来るのか……くくくっ……想像しただけで笑いが止まらねぇよ」
「ふざけやがって……」
「憎しみに染まった勇者様を楽しみにしているよ……くくくっ……じゃあな」
「そうやすやすと逃がすかよっ!」
俺の言葉など意に介さず背を向けると、親し気に手を振り大男は闇の中へと姿を消していく。
せっかくの手がかりだが、今は勝機が無い以上、去ってくれたのは良い誤算だ。何より、茜の状態を確認して対処するのが先決なんだ、が……。
「うっ……」
体が動かない。何の対策もなく
意識が遠のく。くそっ……耐えろよ。
必死に足を踏ん張るが……駄目だ。
今すぐに茜を連れかえって、桐香に見てもらわなければならないのに……体の感覚が……なくなっていく……。
頭が一気に重くなり、重力が無慈悲に襲い掛かる。
焦る気持ちとは裏腹に、俺の視界は暗転してしまった。
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