第四話「焦りが生み出したモノ」(後編①)

「ただいまー」


 一縷の望みを胸に、俺はドアを開けた。

 俺と桐香の靴以外はないことに、当然だよなと思いつつも、やはりどこか落胆している自分がいた。

 茜のことだから来てくれるんじゃないか、という甘えがあったのだろう。

 靴を脱ぎ上がると、桐香がわざわざやってきてくれた。


「お帰り、お兄ちゃん。……その様子だと、茜さんは学校、来てなかったか」


 困ったように笑って見せる桐香に、俺も残念といったふうに苦笑でかえす。

 さて、どうしたものか。

 とりあえず、汐音から聞いた話でもしておくか。


「茜は来てなかったけど、ちょっとした情報も入ってさ。その話を……」


 と、そこまで言ったところで、俺のスマホがけたたましく鳴り響いた。

 俺の電話にかけてくる奴なんて、桐香と茜くらいしか……。


「ってことは茜か!?」


 そう思うやいなや、慌ててスマホをポケットから取り出し画面を見る。だが……。


「なんだ? この番号」


 知らない番号だ。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、知らない番号からかかってきて……番号的に携帯電話だと思うんだけど」

「迷惑電話かな?」

「そうかもな。だとしたら、すぐに切れるだろ」


 そう思って待ってみるも、まるで切れる様子がない。


「切るか。うるさいし」

「うん。いいと思うよ」


 着信を拒否し、電話を切った。

 だが、すぐに同じ番号からかかってくる。


「なんだってんだ、いったい」

「試しに出てみたら? 変な人だったら切ればいいんだし」

「それもそうか」


 ずっとかけ続けられても面倒なので、今度は通話を押し、耳に当てると。


『なんで切るんですかっ!』


 とんでもない剣幕で怒鳴られた。

 だが、聞き覚えのある声のような気がする。


「悪いけど、誰なのか……」

『汐音ですよっ! 織江汐音ですっ!』


 とんでもなく早口で、急いでいるようなのは伝わってくるが。


「え、なんで……」

『なんでとかどうでもいいから、早く来てくださいっ!』

「は? え、どういう……」


 まったく訳がわからなかった。なんで汐音が俺の電話番号を知っていて、なんでかけてきて、なんでいきなり怒鳴られてんのか。

 わからなかったが、そんな考えは汐音の次の一言で完全にふっとんだ。


『来島茜が犯人と交戦中ですっ! 戦況は不利っ! 早く来てください!』



「茜が犯人と? え?」


 汐音の言っていることが、すぐには飲み込めなかった。言っていることはわかるのだが、頭がどうにも追いついてこない。


『先輩、とにかく考えるのは後ですよ! 脚利あしかが岾慕やました町4201付近で戦闘を継続しながら北東へ移動中です!』


 緊迫した様子が伝わってくる。汐音の様子がいつもとは明らかに違う。ふざけているわけではなさそうだ。

 だんだん思考が追い付いてくると、パチンと何かのピースがはまるかのように思考がクリアになった。


「汐音っ! お前は今すぐその場から離れろ!」


 とにかく、好奇心でその場にいても良いことはない。

 第一、本当にそこに犯人がいるのだとすれば、NPC一般人も殺せるのだ。汐音だって、無事でいられる保証はない。


『そう思うなら早く来てください!』

「言うことを聞けっ!」


 茜が単に何かの拍子で、プレイヤーに戦いを挑まれただけという可能性もまだ残っている。それを見た汐音が、相手を犯人だと決めつけたのかもしれない。

 だが、茜が不利とも言っていた。


「桐香、ちょっと出てくる!」

「うん! 装備は!?」


 こういうとき、すぐに異常事態を察してくれる。良く出来すぎた妹だよ、まったく。


「装着している時間も惜しいから、すぐに出る!」

「気を付けてね」

「ああ!」


 帰ってきたばかりのドアを勢いよく開けて、家を飛び出す。

 外はすでにほとんど日が落ちていた。フードくらい被っておけばよかった。と、ふと思った後、ブレザーを庭先に脱ぎ捨てる。


 制服から、どこかで身元が割れたら厄介だ。


 家の裏手にまわり、周りに人の目がないことを確認して、勢いよく跳躍する。暗闇に紛れるには白いワイシャツは適さないが、今は少しでも時間が惜しい。

 家々の屋根を次々に飛び越えて、一直線で現場へと向かう。

 場所は目と鼻の先だ。


「汐音っ! 現場を離れたか!?」

『先輩! 来島茜が攻撃を受けました!』

「なにやってんだよ! 逃げろって言ってんだろ!?」


 だが、茜が攻撃を受けただって!? そんなバカな……相手はそこまでの強敵なのかよ!

 顔や体に空気の壁が強く当たり突き刺すような感覚の中、それでも俺は足に力を入れ、さらに速度を上げる。

 家を飛び出してからまだ数分くらいしか経っていないはずだが、もうじき現場付近だ。約五キロの距離だからな、すぐに着く。茜っ……無事でいろよ。


「汐音! 情報助かったから、もう大丈夫なんだ! 頼むから逃げてくれ!」

『来島茜が後退しながら八馬舞やままえ公園内へと入っていきました!』

「わかったよ! もう大丈夫だから!」


 情報は確かにありがたいんだ。けど、汐音がもし巻き込まれでもしたら……俺も茜も、一生悔やみ続けるだろう。だから……。


「もう着くんだ! 逃げてくれ!」


 本当に目の前だ。


「っ!」


 民家を越えた先にある木々に囲われた丘で何かが光った。

 間違いなく、今のは攻撃スキルのエフェクトだ。あそこかっ!

 足に力を溜め、一気に跳躍した。丁度その時だった。


『っ! 見つかったっ』

「えっ!?」


 スマホの向こうから、今日一番の焦った声が聞こえる。

 次いでブチリと通話が切れた。


「おい汐音! 汐音っ!」


 空中で必死にスマホに叫ぶも、当然返事などあるはずがない。どうしたんだ!? まさか攻撃を? 

 いや、今は考えていても仕方ない。

 スマホをポケットにしまう。体はすでに降下していた。

 周りに生い茂る木々の枝が全身をひっかくが、かすり傷すらつくことなく、先ほど攻撃エフェクトが見えた地点へと勢いよく降りる。

 地面の土が一気にえぐれてバランスを崩しそうになるが、グッと踏ん張ったその瞬間。


「っ!」


 敵意察知ナハトアングリフのアラートが頭に響いた刹那に弾丸が目の前に迫る。少し胴を捻るようにしてやると、先ほどまで頬があった場所を弾丸が飛んでいった。

 攻撃の方向を瞬時に察知し後方へと飛び、着地とともに構える。


「おうおうおうっ! お前……プレイヤーだな?」


 木々を避け現れたのは大柄な男。カーキ色のトレンチコートに身を包み、黒い短髪といった風貌は、この場において最悪なほどに圧があった。


「おまえっ! 茜をどこにやった!?」

「アカネだぁ? ああ、こいつか」


 面白いものを見つけたとでも言うように満面の笑みで俺を見ると、背後から勢いよく何かを投げて……いや、違う! あれはっ


「茜っ!?」


 緋色に白と金の装飾の入った陣羽織を纏う茜が、宙を舞い乱暴に投げ捨てられる。反射で受け止めた、その時だった。


「お仲間と仲良くくたばりなっ!」

「っ」

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