第四話「焦りが生み出したモノ」(前編②)

「あぁーくそっ」


 どうしたら良いんだかな。


「せーんぱいっ!」

「うおっ!!」


 いきなり背後から声をかけられてびっくりした。

 振り返ると、そこにはいつものように悪戯に成功したと言わんばかりに嬉し気な汐音がいた。

 てか、気配なさすぎだろ。いくら俺が考えごとしてたとはいえ……。


「先輩? どうしたんですか? 別れた彼女と連絡を取りたいかわいそうな人みたいな顔して、スマホ見てましたよね?」


 どういう例えだよそれ。


「相変わらず俺にちょっかいをかけてくるのが好きだな、とあきれていただけだ」

「それはどうも。お褒めに預かり光栄です」


 どの辺をどう聞いたら、褒めていたように聞こえるんだよ。

 満面の笑みで勝ち誇った顔をするな。


「そう言えば先輩。美少女さん、今日はいないんですか?」

「ああ、休みらしいよ」

「らしいって……先輩は詳しく知らないんですか?」

「まあな。そういうこともあるさ」

「彼女さんのことは大切にしたほうが良いですよ?」

「彼女って……茜のことか?」

「そうですけど? 違うんですか?」


 そんなふうに思っていたのかよ。


「ただの幼馴染だ。だから連絡ないこともあるさ」

「それにしては、何か心配そうなお顔でしたよね?」

「……」


 なんと言うか鋭いな。汐音は、不思議そうに俺の顔をのぞき込んでくる。

 そう言えば、俺は感情が顔に出やすいと桐香が言っていたな。気を付けなければ。


「汐音はもう自分の教室へ帰れ。俺も戻るから」

「えー。そんな、ご無体なー」

「うるさい」


 とりあえず、こいつの相手をしていても仕方がないからな。こういうしつこい奴は無視してやれば飽きてどっかに行くもんだ。

 教室内へと戻り自分の席に腰かけると、鞄から桐香お手製弁当を取り出す。

 ここ数日茜がいたから、こうやって一人静かにお昼を食べることのありがたみも少し感じる。でも、今はやはり寂しさのほうが上回ってしまうな。

 少し物悲しく思いながら弁当を開けると、そこには見事なミニハンバーグが入っていた。うん、さすが桐香。おいしそう……


「先輩のお弁当おいしそうですねっ!」

「うおっ!」


 汐音が後ろから顔をのぞき込んできた。


「お前、なに他人ひとの教室入ってきてんだ」

「え? 何でですか? 別に、上級生のクラスでお弁当を食べてはいけないなんてルール、ないですよね?」

「それは……」


 確かに、ないかもしれんが。


「先輩! 一緒に食べましょう?」

「なんでだよ」

「美少女さんがいないんじゃ、折角のスクープを聞いてくれる人がいないんですよぉー」

「スクープ?」

「そうですそうです! 先輩も気になりますよね?」

「いや、特には」


 あの写真は確かに助かったが、基本的にくだらない情報ばかりを面白おかしく一人で話してくる奴だからな。面倒だから相手にはしたくない。

 というかそれより、教室内でクラスメイト達がぼそぼそと話している内容のほうがはるかに気になる。

 やれ、「浮気じゃない?」だとか、「また可愛い女の子連れ込んで……」とか、「茜ちゃん、浮気されて学校休んでるんじゃ……」だの、しまいには「桐原君さいてー」だなんて言われているんだが、汐音。この状況どうしてくれるんだ。

 と、にらみつけてやると。


「さ、先輩。一緒にお昼を食べましょう」


 俺の視線など意にも介さず茜の椅子を持ち、俺の机に付けて座りやがった。


「なあ、周りからの視線が痛いんだが」


 なんとなく声を潜めてそう言うと、


「え? なんですか先輩。愛してるって? そんなぁ~照れるじゃないですかぁ~」


 自分で自分の肩を抱いてくねくねするな、気色悪い。

 てか今、わざと大きい声で言っただろ、この野郎。

 ああ、くそ。汐音が余計なこと言ったせいで、周りからの視線が冷たくていたたまれない。マジで勘弁してくれ。


「にししっ……先輩、楽しそうですねぇ」

「楽しそうなのはお前だろ」

「まあまあ、そう怒らないでくださいって。スクープ、聞かせてあげるんですから」

「どうせ、くだらない話だろ? もうどっか行ってくれ」


 というか、いろいろと気がかりなことがあるのに、今お前の相手をしてやれるような心境じゃないんだよ。


「先輩。くだらないかどうかは聞いてから判断してほしいですねぇ」

「はぁ……」


 これはあれだな。話すまで帰ってくれないやつだな。しかたない。


「それで? 何の話なんだ?」

「おっ! 先輩、興味津々ですね?」

「聞いてやろうって言うんだから早く話せ」

「まったく先輩は照屋さんなんだからっ!」


 ウィンクするな気色悪い。


「それで?」


 これ以上ふざけるようなら、本気で教室の外に放りだしてやろう。そう思っていたのだが……。


「先輩は全く短気ですねぇ……。まあいいでしょう。実はですね、昨日あったディスカウントストア屋上の爆発と近くのマンション屋上での爆発事件について、なんですけど……」

「っ! なんでそれを?」


 まさか、汐音に目撃されたのか!?


「どうしたんですか? そんなに慌てて。ここまでの情報なら朝のニュースでも……あ、でもまた殺人事件がありましたからね。あっちは大々的にやってましたけど、爆発事件は地方枠でチラッとしかやってませんでしたもんね」

「そ、そうか」


 殺人事件の新情報ばかりに気をとられていたが、そんなニュースもやっていたのか。これは確かにスクープというか、タイムリーな話だな。聞いといて損はない。


「汐音。ここまでの情報というからには、ニュース以上の情報があるんだよな?」

「はい、勿論ですとも。私が報道レベルの情報しか集めてこれないと思ったら大間違いです」


 この間の写真の件もある。もしかしたら何か有力な情報が手に入るかもしれないな。


「たまには真面目に聞いてやる。話してくれ」


 どうにかinnocenceイノセンスの件を早く解決して、茜ともしっかり仲直りしたい。そのために今必要なのは間違いなく情報だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る