第三話「知っていたはずの絆」(中編②)

「狙われていることを逆手にとって俺を囮にし、万全の状態で迎え撃つ」

「そう!」


 相手の規模がわからない以上、ただ身構えているよりは一か八か攻勢に出たほうが勝算が高い、とそう言うことか。

 確かにフル装備の俺達三人であれば、さっき相手したくらいの力量のプレイヤーなら、二十人くらいまではどうにかなるだろうし、全滅させられずとも相手に壊滅的ダメージと精神的恐怖を植え付けることができる。


「けど桐香。それは相手を殺す前提での勝算だよな?」

「そうだね。うん……でも、今回の相手はまともなプレイヤーじゃない。NPCを巻き込んでる快楽殺人者。その上、司法でどうこうできる相手じゃない。私たちが止めなくちゃ……誰がやるの?」


 頭ではわかっている。だが、それでもやっぱり俺は、自分の手で誰かを殺したくはない。

 それがたとえ、殺人鬼であっても……。


「桐香の捕縛魔法で捕まえるとかじゃダメなのか?」

「……捕まえてどうするの? 四肢をもいで動けなくする? 監禁して餓死させる? 痛い目を見てやめるような奴らは、ここまで大掛かりに組織で殺しを行わないよ。末端のプレイヤーはやめるかもしれないけど、幹部が生き残ってたらまた同じことの繰り返しになる。やると決めたら徹底的に叩かなくちゃダメ」

「……そう、だよな。けど……」


 けど、それでも……。


「それでも、可能性を残したいんだよ。だから、まだ、アレは使いたくない」

「お兄ちゃん……」


 桐香は、なじるように俺を見てくる。それでも俺は、どうしても気持ちを変えることができい。


「ごめん、桐香」

「はぁ……まったく。お人よしなのか臆病者なのかそこまで来るとわかんないよ?」

「……」


 ごもっともだ。

 俺の無言をどうとったのか、桐香は再び軽くため息をつき、続けた。


「まあ、アレまで出さなくても十分に勝機はあるよ。でも、逆にアレを出さないってことは、殺るときは言い訳はきかない。わかってるよね」

「もちろん、覚悟の上だ。でももし、相手を殺さなきゃならないのなら、それが犯罪者であったとしても、しっかりとかみしめなければならないと思うから。だから、アレは……使わないで済むなら使いたくない」


 俺の言葉に桐香は苦笑しつつも、どこか納得したような表情でもあった。


「……うん。わかったよ、お兄ちゃん。そこまで言うなら仕方ない。茜さんも良いですか?」

「あ……えっと」


 黙って桐香とのやり取りを聞いていた茜は、どうにも腑に落ちないといったように、黙り込んでいた。


「茜さん?」

「茜? 何かあるのか?」


 茜は少し悩むようなそぶりを見せたものの、何かを決めたように真剣な眼差しで桐香を見据えると。


「……あ、うん。えっと……私は、その作戦には賛同できない」

「どうしてですか?」

「あ、うん。その作戦で私の役割は遊撃……ううん、一輝くんが倒し損ねたプレイヤーの対処……。だよね? 桐香ちゃん」

「はい、そうです。それが茜さん的にはひっかかりますか?」

「あ、えっと……それじゃあ、一輝くんの負担が大きすぎると思うの」


 なるほどな。茜は俺の心配をしてくれたわけか。なら、茜の気持も尊重しなければな。


「茜は何か妙案があるのか?」

「あ、うん。妙案かはわからないけど……」

「どんな案なんだ?」

「あ、うん。顔が割れている一輝くんは家に待機して、万一のために桐香ちゃんは一輝くんの傍についていてほしいの。霧生市内に、ほかのinnocenceイノセンスメンバーもいたんだとすれば、次の殺人も市内で起こる可能性が高いから、私が市内を巡回して見つけて各個撃破するのが良いと思う」


 いや、それは茜の負担がでかすぎだろ。


 と、負担が現状一番デカい人間が言っても納得できないだろうな。説得するなら、作戦の穴をつくしかないか。

 が、それは俺の仕事ではないな。てか、的確な穴なんてわかんないし。

 俺は桐香をちらっと見ると、あきれ顔をされた。なんだよまったく、たまには兄を敬え。


「茜さん。厳しいことを言うようですが、その作戦を実行するうえで、茜さんの索敵スキルでは心もとないです」

「あ、えっと……感受性の極致エンプフィントリヒカイトで市内を巡回すれば……」

「そうですね。確かに、茜さんの索敵スキルは効果的かもしれません」


 桐香の言葉に、茜は一瞬嬉しそうな顔を見せた。だが、桐香は間髪入れずに追い打ちをかける。


「でもですね、索敵範囲が狭すぎます。お兄ちゃんの使う万里眼に比べてSPの消耗は抑えられますが、どうしても索敵の穴ができてしまいます」


 桐香の指摘はもっともだ。感受性の極致エンプフィントリヒカイトの索敵範囲は、自身の攻撃射程範囲のみだ。そもそも、桐香が茜のスキルを考慮せずに作戦を立てたとは思えない。

 とはいえ、この程度で退くくらいなら意見など言う茜ではないこともよく知っている。


「あ、うん。でも、万里眼を今回の作戦では使えないよ、ね?」

「そうですね」


 そうだ。万里眼を使ってしまったら、数十人を相手に戦うだけの余力が俺に残らなくなる。第一、市内全域をサーチなんてしたら、得られる情報量が多すぎて精査しきるのは困難だ。


「ですが、お兄ちゃんには敵意察知ナハトアングリフがあります。囮になってもらうといっても安全は確保できますし、対処するだけの能力が、お兄ちゃんにはあります。そのうえで、私たち二人が補助すれば抜け目はありません」

「そうだぞ、茜。それに、索敵スキルは逆探知の恐れもあるし、ある種の諸刃の剣だから。全域をリスク無くムラ無く索敵するすべがない以上、敵さんに出てきてもらうのがベストだよ」

「ね? 茜さん。お兄ちゃんを心配してくれるのはありがたいんです。だからこそ、今回は補助に徹してください」

「そうだぞ、茜。俺は全然大丈夫だから」

「あ、うん。でも、まずは私の案を試してみてほしくて」


 今日は随分と意固地だな。


「茜さん。私の案のほうが成功率が高いんですよ」

「あ、うん。でも……」

「茜。俺は大丈夫だって言ってるだろ? ここは、茜が戦わなくても……」

「あ、うん。えっと、それでも……」

「茜さんだって、お兄ちゃんの強さは知っているじゃないですか」

「そうだぞ、茜。俺のステータス能力を考えれば、うまくいけば茜は戦わなくてすむかもしれないし……」


 俺がそう言った瞬間。勢いよく茜がテーブルを叩いた。


「え?」


 俺が素っ頓狂な声をもらしたのがはっきりと聞き取れるほどに、場は一瞬にして静まり返る。

 あの茜が感情に任せてテーブルを叩いたという事実は、桐香にとっても相当に衝撃的だったようで、目を見開き茜を見たまま固まってしまっていた。


「茜? どうしたんだよ、急に……」

「一輝くん! 私は、そんなに頼りないの!?」

「え? あ、いや……」


 悲痛そうに俺を見る茜の瞳からは、今にも涙がこぼれそうに見えた。


「桐香ちゃんの作戦は、確かに成功率が高いのかもしれないよ!? それでも、あれだけ大きな組織が引いて、出直してくるんだもん! 真っ向からぶつかったとしたら、どんな危険があるかわからないじゃない!」


 確かに、それはそうだ。

 だが、だからと言って、茜を一人で行かせるというのもリスクが高すぎることくらい、わかるだろうに。


「茜。別に俺は、お前を足手まといだなんて思っでないし、逆に頼りにしてるんだ」

「一輝くん、さっきもそう言った! でも、一人で突っ込んでいったよね!? 私なんかにできることは無いってことなの!?」

「いや、違う……そうじゃなくて……」


 茜はどうしたんだ。

 俺は、ここまで茜を怒らせるほどの失言をしてしまったのだろうか。


「桐香ちゃん! 私なら相手を各個撃破できるんだよ? そうすれば、相手の戦力を削れるでしょ? 一輝くんを囮にする前に、まず私に行かせてよ!」

「え……あ、えっと……茜さん、それは……」


 さすがの桐香も、この状況に思考が追い付いていないらしい。

 それはそうだろう。

 茜のこんな姿、俺は一度も見たことがなかった。それは桐香も同じだろう。


「一輝くん。さっきの戦いだって、私が同行してれば逃がさなかったかもしれないんじゃない?」

「それはそうかもしれないけど、茜の身に危険が……」

「私はそんなに弱くないよっ!」


 大声でそう言い放ち、茜はうつむいてしまった。

 茜の頬から伝うしずくがテーブルに落ちる音だけがその場を支配していて、俺も桐香も次の言葉が出てこなかった。

 その無言を茜がどう思ったのかは知らない。

 でもきっと、それが茜には否定に感じたのかもしれない。

 茜はうつむいたまま口を開き、消え入りそうな声でこぼす。


「私は何もできないの? 誰も助けられないの? 私じゃ、一輝くんみたいにうまくは、やれないってことなの?」

「あ、いや……」


 そんなことはない。そう、言おうかと思った。

 別にそれは嘘じゃない。偽りなき事実だ。本当に頼りにしてる。

 でも、それをどう茜に伝えたら良いのか、俺はわからなくなっていた。

 とてつもなく引き伸ばされたかのような数秒間だった。誰も言葉を発さず、永遠とも思えるその空気を破ったのは、またも茜だった。


「……あ、えっと……あっ……」


 ハッとしたように顔を上げると、傍から見てもわかるくらいみるみる顔を真っ赤に染めていく。


「あ、えっと……あの……その……」


 俺と桐香の顔を交互に見た茜は、再び床へと目線を落とすと、


「あ、えっと……ごめんなさいっ!」 


 それだけ言い残し、素早く玄関へと走り去っていく。

 目の前で起こったことへの理解が追い付かず、静まりかえった室内に玄関のドアの閉まる音だけが響いて、俺ははじめて我に返った。


「あっ茜!」


 咄嗟に出たのは、それだけで……。

 今の茜にどんな言葉をかければいいのかわからない。

 追いかけて行ったところで、俺は何かできるのか?


「お兄ちゃん……」


 振り返ると桐香が一人泣いていた。

 俺は……いったいどこで間違えたのだろう。

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