第三話「知っていたはずの絆」(中編①)

 久々の戦闘で、だいぶ疲れてしまったのかもしれない。

 自分だけで考えているより、二人の意見も取り入れたほうが、いろんな考えが聞けて、今後の方針も決まるはずだ。

 そう思ったからこそ、少し急いで帰ってきたんだしな。

 ドアを開け、不安を顔に出さないようにしながら帰宅し、


「ただいまー」


 と、少し声を張って元気に言ってみる。

 それに反応するように、何かが駆けてくるような音と、


「っ! 茜さん」


 という桐香の少し慌てたような、驚いたような声が聞こえてきた。

 よほど心配していたんだろうな、と少し笑みがこぼれながらも、気恥ずかしくなりつつ靴を脱ぎ、中に上がったとほぼ同時、リビングのドアが勢いよく開き、飛び出てきた茜が目の前までやってきて、


「えっ……」


 俺の両腕を強く握った。


「茜?」


 予想外の出来事に俺の脳はフリーズした。

 うつむいているのか、茜の顔は前髪に隠れてしまって確認できない。


 俺の実力は茜だってよく知っているはずだ。

 確かに相手のステータスは間違いなく格上だったろうし、俺自身満足な装備は着けていなかったが、それでも俺が負けることを茜がここまで心配するというのが、俺には予想外の出来事だったのだ。


「茜……心配したよな。ごめん」

「……あ、うん」


 小さくぽつりと茜はそれだけ返してくるも、握った腕を離そうとしない。


「お兄ちゃん、怪我は……。茜さん?」


 遅れてやってきた桐香も、この状況に少々驚いたようで言葉を失ってしまっていたが、ゆっくりと近づき茜に寄り添うと、後ろから優しく抱きしめた。


「茜さん。もう、大丈夫ですから……お兄ちゃん帰って来ましたから」

「……あ、うん」

「そうだよ、茜。擦り傷はあるけど、それもたいしたことはないから」


 そんなことは、茜も見てわかっているはずだ。なのに、この鬼気迫る感じはなんだ?


「茜さん……手、離してあげないと、さすがのお兄ちゃんでも痛いんじゃないですかね?」

「あっ……うん。ごめんなさい」


 桐香の言葉にハッと気づいたように茜は手を離すが、それでも一向に顔を上げようとしない。


「桐香、茜……。細かい説明がしたい。リビングでいいよな?」

「あ、うん」

「お兄ちゃんの分も紅茶入れといたから。すぐ帰ってきたから、まだ温かいよ」

「ありがとう」


 リビングに戻ると、茜と桐香は横並びで座った。

 二人でいたのなら向かいあって座れば良いものを。

 と、思いつつも茜の向かいに座ることで、出て行く前と同じ座席になったわけだが……別に指定席というわけでもあるまいし、ほかの椅子だって良いだろうにな。


 律儀に用意がされていたカップを手に取ると、紅茶に一口つける。ほのかに温かさが残ってはいるが、ぬるいと言っても遜色ない温度だ。十分は待ったとみていいだろう。

 とすると、二人して嫌な想像を巡らせていたのかもしれないな。

 早いところ話を切り出さないと、二人も気が気じゃないだろう。

 茜のさっきの様子も、それ故なんだろうし。


「さて、じゃあ本題に入るけど」

「あ、うん」

「お兄ちゃん。妹的には、できればいい話から聞きたいなぁーなんて……ね?」

「残念ながら、いい話は一つもないよ」

「あっそ……それはまあ、困ったことで。で? あの後、何があったの?」

「簡潔に言うと、相手が組織ぐるみな可能性が出てきた」

「……本当なの? お兄ちゃん」

「ああ。襲ってきたやつと、もう一人……どちらも犯人じゃなかったが、明らかに関係者だった」


 桐香は少しでも重い空気を払拭しようと、軽いノリで聞いてきたのだろうが、俺の話を聞いて深刻そのものな顔になり、


「そんな……」


 とだけこぼし、黙ってしまった。茜も同様に口をつぐみ、難しい顔をしていたが、何かを思ったように顔を上げると。


「あ、えっと。……良いかな?」

「なんだ? 茜」

「あ、えっと。……犯人と今日の襲撃者とその仲間だけなら、三人だよね? それがなんで、組織というほどのことになるのかな……って」


 茜の疑問はもっともだな。


「それに関しては、現場で見たものを教えるのが早いな」

「あ、えっと。……現場には何か残ってたの?」

「痕跡は基本的に阻害効果がかかってて、俺の看破スキルじゃ探れなかったんだけど……はっきりとメッセージが残ってたんだ」

「お兄ちゃん。それ、どういうこと?」

「明らかにプレイヤーに向けたメッセージがあったんだよ。内容は……思い通りに純真に無邪気で明るくあなたの悲鳴をいただきにあがりました」

「っ!」


 俺の言葉を聞きながら顔を急激に青く染めていった桐香は、目を見開き固まってしまう。


「あっえっ……そんな」


 茜も、現実が受け入れられないとでも言うように、困惑した表情だ。


「お兄ちゃん! 嘘だよね!?」


 桐香は机に身を乗り出すようにしながら、悲痛そうな目で訴えかけてくるが、残念ながら事実なんだ。


「末尾にinnocenceイノセンスとご丁寧に添えてあったから、間違いないよ」

「そんな……」


 桐香は脱力したように、背もたれに体を預けた。

 わかっていても、受け入れがたいのだろうな。当たり前だ。


「あ、えっと。それじゃあ、襲ってきたのもinnocenceイノセンスのメンバーってこと、だよね?」

「ああ、おそらくは。矢を放ってきたやつはわからないけど、そいつの後ろにいたもう一人のプレイヤー……そいつのことを俺は、おそらく知っているんだ」

「お兄ちゃん。それ、どういうこと?」

「リアルでの面識があるわけじゃない。けど、あの独特なしゃべり方……どこかで聞いたことがある気がするんだ」

「あ、えっと。喋り方って?」

「ねっとりとした感じで、変な抑揚と強弱をつける、気味の悪い喋り方だよ」

「ねえ、お兄ちゃん。私たちって、innocenceイノセンスと直接の関わり持ったことあったっけ?」

「いや……」


 俺たちはゲーム時代に、innocence《イノセンス》と直接のかかわりがあったわけじゃない。

 けど……。


innocenceイノセンス絡みの事案を何度か解決したことがあったよな? その時に、どこかで耳にしたのかもしれない。相手の言い方からしても、直接の面識はないと思うし……」


 そうでないなら、あえてなんて言い方しないだろう。


「あ、えっと。その……襲ってきた二人は、どうした、の?」

「お兄ちゃん。もしかして……」


 当然それが気になるだろう。

 少なくとも俺の顔が割れてしまった以上、逃がしたくはなかった。

 俺の情報はすでに、全innocenceイノセンスメンバーに伝わっているとみるのが妥当だろう。

 だから、この一言はとてつもなく言いにくい。が、黙っていても始まらないからな。


「……逃がしてしまった」


 はっきりと言うしかなかった。俺の様子から、薄々と感じてはいたんだろう。困ったように、二人そろって考え込んでしまう。


「あ、えっと。……知られたのは顔だけ、なの? 戦闘力はどのくらい、知られたの?」

「……わからない。そもそも、そこまで手のうちを見せてはいないんだ。けど……ツヴィーベルナイトって、そう呼ばれた」

「あ……うん。そっか……」


 予想通り、今回の事件がinnocenceイノセンス全体によって引き起こされたものだとしたら、その障害となりえる要因は早急に排除しようと考えるだろう。


 そして、俺がツヴィーベルナイトであるということがバレたということは、innocenceイノセンスが俺を最大の障害であると認識した可能性が高いということ。


 だからこそ、対抗策は早めに考えなければならない。

 対策もたたないまま、もし急襲をうけてしまったら、それこそどうにもならないだろうし……。


「お兄ちゃん!」


 机を勢いよく叩き立ち上がると、桐香はニヤリと笑い、続けた。


「先手を打とう」


 確かに、そうできるものならそうしたい。だが……。


「相手の人数や、アジトの場所もわかってないんだぞ? 先手の打ちようがあるのか?」

「お兄ちゃんは相手に、ツヴィーベルナイトだと認識されているんだよね? そして、それを知られているということは、敵の最大戦力をもって、潰される可能性もあるということ」

「ああ」

「でも、お兄ちゃん。逆に考えればこれはチャンスだよ」

「チャンス?」

「そう。ゲーム時代のツヴィーベルナイト伝説は、尾ひれ背ビレ着きまくり! だからこそ、相手は十分に戦力をそろえてくるだろうけど、お兄ちゃん一人に標的ターゲットが集中する。それなら、私や茜さんが奇襲をかければ相手を瓦解させられる」


 つまり桐香はこう言いたいわけか。


「狙われていることを逆手にとって俺を囮にし、万全の状態で迎え撃つ」

「そう!」

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