第三話「知っていたはずの絆」(前編③)

「ではぁ……このへんでぇ~」

「っ!」


 逃げるのか!? この状況で? 

 いや、俺の正体を断片的にでも知っているのであれば、この場での戦いは不利になる可能性があると思っても不思議ではない。

 だが、このまま逃がしてしまっては、あいつらの仲間にまで俺の正体が伝わってしまう……。


「まてっ! 逃げるのか!」

「是非ぃ現場、見てってよぉ? いひひひっ……おもしろぉ~くなりそうだぁなぁ」


 その言葉を最後に霧は晴れ、そこには誰もいなかった。黒ローブは勿論、気を失っていたはずの金髪野郎も消えていた。


 燃費の悪い万里眼を使うほどのSPスキルポイントは残っていない。

 だが、このまま逃がしてしまうわけにはいかない。


「スキル、痕跡看破イクノス


 盗賊系の看破スキルで、自分を中心とした周囲の痕跡を追うことができるスキルなのだが……。


「ダメか……くそっ」


 看破阻害がかかっている。当然か。


「っ!」


 そうだ。是非見て行って、と言っていたが証拠を残しておいてくれる保証なんてどこにもないんだ。


「しゃくだけどすぐに見てやるよ。くそったれ」


 マンションの屋上から跳び、本屋を越えて問題の裏路地へと行く。当然、現場内に入ることはできない。が、建物一個挟んだ場所なら何も問題はない。身を隠すように背をビルの壁に任せ、


「スキル、痕跡看破イクノス


 もうSPスキルポイントも限界だ。相手がSPスキルポイントまで読み取れるスキル持ちのプレイヤーじゃなくてよかった。

 まあ当然、俺の抵抗値を上回るほどの熟練者じゃなければ、そこまで詳細な情報は看破されないのだが……さっきの連中はヤバそうだ。

 そう考えながらもゆっくりと目を閉じる。今は痕跡を探すことに集中しよう。


「やはりか……」


 斬撃跡と銃撃痕をはじめとした犯人の情報には、とことん隠蔽工作が行われている。今更だが、これでプレイヤーが犯人なことが完全に確定してしまった。そして……。


「最悪だ」


 殺されたのは間違いなくNPC一般人だ。

 被害者の血痕をはじめとし、昨日、逃げ惑ったのであろう痕跡が、この辺一帯に複数個ある。プレイヤーであれば、スキルの使用跡が残るはずだが……。

 隠してはあるが、スキルを使用したのが片方だけ、つまり加害者のみであったことくらいはわかる。

 これはもう、間違いない。

 NPC一般人を殺すすべを見つけてしまったのだ。しかも、組織ぐるみで……。

 だが、そんなことをして一体何の得があるって言うんだ……。


「っ!」


 もう、見るものはないと思った。完全に隠蔽が行われている以上、俺の看破スキルではこの辺が限界なのは、自分がよくわかっている。

 だが、そこには隠蔽も何もされていない、まるで見つけてくれと言わんばかりのものがあった。プレイヤーのみに視認できるメッセージデータ。これは……。


「……冗談だと言ってくれ」


 血の気が引いた。最悪だ。そこにあったのは、最悪且つよく知っている言葉。






 ――思い通りに純真に無邪気で明るくあなたの悲鳴をいただきにあがりました。

 ギルド<innocenceイノセンス>






 そこにあったのは、殺人ギルドinnocenceイノセンスのエンブレムデータとメッセージだった。

 天使の羽をモチーフにした神々しいエンブレム。悪夢の天使と言われたギルド。それがinnocenceイノセンスだ。

 PKプレイヤー殺害を好み、相手をなぶるように殺していく最悪の集団だ。


 そもそも、このゲームにおけるPKプレイヤー殺害の定義とはレベルアップに関係ない、つまるところPVP対人戦ではないプレイヤー殺しだ。


 PVP対人戦勧告を行わないため、不意打ちでも何でもありで、PVP対人戦と違い一対一を強制されないため、袋叩きにすることさえ可能。


 だが、PKプレイヤー殺害は行ったものに旨みがまるでない。


 アイテムも経験値も金すら手に入らないのだ。返り討ちにあうリスクだけがある。

 そのため、PKプレイヤー殺害を行う物好きはまずいない。だが、innocenceイノセンスは殺すことそのものを楽しみとしている。


 PKプレイヤー殺害によりHP耐久値がゼロになったプレイヤーは、経験値の二パーセントを失うことになる上、所持金の全額を損失する。

 そのため、襲われたほうは、必死に生き延びようと抵抗をするだろう。


 その様を楽しむことこそが、innocenceギルドの理念。


 そうまさに、思い通りに純真に無邪気で明るくあなたの悲鳴をいただきにあがりました。ということなのだろう。

 胸糞悪い話だ。それでもまだ、ゲームの中であれば、それも一つの楽しみ方と言い張ることもできただろう。だが……。


 現実となったら話は別だ。


 これでは完全に、狂気の殺人集団である。それがしかも、NPC一般人殺しの手段まで手に入れたとなったら……。

 間違いなく、想定していた中で最も悪い、最悪の事態というわけだ。


 とりあえずこの場を離れよう。いつまでもここにいるのは得策じゃない。

 先ほどの戦闘を目撃されていたかはわからないが、ディスカウントストアの屋上には今頃、警察が急行中に違いない。

 戦闘の痕跡はできる限り残らないように立ち回ったはずだから、まず当事者であることがばれることは無いだろう。それでも、捜査捜索系に特化した情報特化プレイヤーなら……いや。


 そもそもinnocenceイノセンスに顔が割れたのだ。今更、どうこう言っていても仕方ない。


 裏路地から大通りへ出るとともに、ポケットからスマホを取り出しダイヤルする。

 いたって何事もないように平然と歩きながら、パトカーのサイレンが聞こえてくる方角を確かめつつスマホを耳に当てると、桐香の声が大音量で響いてきた。


『お兄ちゃん! 大丈夫!?』

「ああ、大丈夫」

『良かった。こっちも茜さんも私も問題ないよ。特に攻撃とかはなかったし、追手もたぶんいない』

「それは良かった、とりあえず安心したよ。スキルは使わずに警戒は怠らないようにな」

『お兄ちゃんは? 今どこ?』

「現場付近の大通り。このまま歩いて家に向かうよ。そっちは?」

『こっちも歩ってる。今、羽間松はままつ町のあたり』

「了解。そのまま家に戻っちゃってくれ」

『うん。……収穫はあったの?』

「ああ。……家に帰ったらしっかり説明するよ」

『うげぇ……良くない話っぽいなぁ……』


 まあ、それは間違いないわな。


「じゃあ、切るよ」

『うん。お兄ちゃんも気を付けてね』

「ああ」


 通話を終了し、スマホをポケットにしまったとたん、自然と大きなため息がこぼれた。


「さぁてと……どうしたもんかね、これは」


 誰に言うわけでもなくふと出た独り言はきっと、自分の気持ちを落ち着かせるためのものだった。

 警戒は今まで以上に必要になる。けど、だからと言って過ぎたことを考えていても仕方がないんだ。


 そうはっきりと考えながらも、家へと向かう足取りは早くなっていた。


 もし、いきなり襲われたら……。勝ち目はあるのか?

 周りに誰もいないせいなのか、不安がどうにも大きくなってくる。

 だいたい、さっきのようなレベルのプレイヤーが複数人で……そのうえ町中でも人の目があっても襲ってくる可能性があるんだ。勿論innocenceイノセンス全員が犯人のようなことをできた場合の話だが……。


 もしそうなったら、俺は被害を出さず戦えるのか……。


 さっき以上の大規模な戦闘が起こったとして、周辺がただで済むわけがない。

 戦闘の真っ最中はアドレナリンが出ていたし、そこまで考える余裕はなかった。桐香と話しているときは、とりあえず難を乗り切ったことと、桐香の声で少し安心していたのかもしれない。


 一人で考える時間が増えると、こんなにもネガティブな発想ばかりが出てくるものなのか……。


 不安と後悔、それに対する対抗策が浮かんでは消えていく。そんなことが永遠ループで、頭の中を占拠していた。

 そうこうしているうちに、気づくと家の前まで帰って来ていた。のだが、新たな問題が足取りを重くさせ、玄関のドアを開けられずに立ち止まってしまう。


「さて……どう話したもんかな」

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