第三話「知っていたはずの絆」(前編②)

 どこだっ……どこにいやがる……っ!


「そこかっ!」


 Pfeifer Zeliskaパイファー ツェリスカを即座に取りだし、抜き射ちの要領で相手プレイヤーめがけて射つ。こちらが足を止めたタイミングを狙って放たれた矢を真っ向から撃ち落とし、俺の放った弾丸は三時方向マンション屋上にいる、姿を隠したプレイヤーへと迫る。

 と同時に跳躍。遠距離タイプには接近戦を仕掛けるのが定石だ。それと……


「いいかげん動いたらどうだよっ!」


 万里眼で見つけた二人のプレイヤーに向けPfeifer Zeliskaパイファー ツェリスカとS&W M500の二丁で同時に射つ。

 すると、空間が揺れるようにして二人の男が姿を現した。赤いゴーグルをつけた細身の金髪野郎は左に飛び、その後ろに隠れるようにしていた黒のフード付きローブの男は、右後ろへと大きく移動し距離をとってくる。


 まあ、こんな初撃が当たるなんて俺も思っていない。だが、まずは姿を曝させるのが最優先だった。


 金髪野郎が弓を持っているから、こいつが撃ってきたやつだろう。緑色のローブに身を包んでいるため装備はハッキリとはわからないが、長身でスタイルのいい体躯はなんともいえないオーラを醸し出している。

 この金髪野郎が使っていた姿を消せるスキル、景色同化クラールハイトは移動させることで強制解除が可能だ。見えないのは厄介だから、それが急務だった。

 さて、次はどう出てくる。そう、構えたときだった。


「いやぁーこれはぁこれはぁ……どぉうやってぇ場所を特定ぃしたのぉ?」


 ねっとりとした口調で、黒ローブの男が口を開いた。全身を覆う黒のローブは、顔の口元以外見えないため中年くらいかと勝手に思い込んでいたが、声からして若そうだ。

 俺の透視を感知したのはこいつだな。魔人イーヴルの感知型結界魔法、ラウムだろう。


「お前たちはなんなんだ。こんなところで何してる? 殺人事件に何か関わりがあるのか?」

「そうあせるなよぉ~って言っても仕方なぁいかぁ? 無関係ぃ? ん~、関係がぁまるでぇないともぉ言い切れないんだなぁ~これがぁ……」


 顔が見えないことも相まって、より一層、黒ローブのしゃべり方に不気味さが増している。


「はっきり答えろ。そもそも、なんで俺たちを狙ってきた? 現場には見られちゃ困るものでもあるのか?」

「ひひっ……あなたぁ~殺すのにぃ意味を求めぇる?」

「なに?」

「殺せぇるぅからぁ~こぉろぉすぅー」


 ねっとりと楽しそうに歌うように紡がれる不快なリズム。

 この喋り方、どこかで……。

 記憶の片隅から思い起こせそうなのに、どうしても出てこない。

 でも、これは重要なことのような気がする。

 と、思い出そうとするあまり、完全に黒ローブに気をとられていた次の瞬間、


「くっ!」


 金髪野郎が放った矢が俺の目の前へと迫っていた。

 間一髪で体を捻ってかわすと、金髪野郎が落ち着いた口調で一言、


「こいつ、120しかない」

「っ!」


 絶対眼ゼーエンか!? だとすると、レベル、最大HP耐久値、弱点部位が割れたってことかよっ!


「いひひっ面白そうだぁ~、プレイヤーすらぁ殺せないお子ちゃぁま。なのにぃその強さぁわぁ~……面白いっいひっ」


 黒ローブがそう言いきると同時に、金髪野郎が攻撃を再開する。

 足場は、決して広くないマンションの屋上だ。近距離戦になりやすいこの場所で戦うなら、俺に分がある。

 とはいえ、弓矢の連射速度は高レベルの熟練狩人の場合、拳銃を連射するくらいには速い。しかも、矢ごとに特殊な効果を持っていることが多く、厄介だ。


 連射性の悪い威力重視の銃で牽制するのは、この際逆効果になりかねない。相手の間合いで戦ってやる必要はないのだ。少しでも素早く相手の懐に飛び込まなければ。


 二丁拳銃を即座にホルスターにしまい、矢の軌道を読んでかわしながら最短距離で金髪野郎へと駆け寄る。

 当然、金髪野郎も距離をとろうとするが、後ろに黒ローブがいることを思い出し足を止めたように見えた。


 護衛、ということだろうか。


 とにかく、黒ローブの後ろに下がれないというのは好都合だ。逃げる先を求める金髪野郎がこちらへの攻撃の手を少し緩めた。

 一瞬だったが十分だ。


「スキル、戦闘本能ナートゥーラ


 素手での戦闘を主とする闘士の初期身体強化スキル。これで強化したプレイヤーに殴られれば、ただではすむまい。


「はぁっ!」


 右の強い踏み込みとともに一足で相手の懐まで飛び込む。驚いたようにこちらを見る金髪野郎と目があった。だが、気づいたからと言って、対応できるタイミングではあるまい。

 みぞおちに勢いよく強化した拳を叩き込む。


「かはっ……」


 苦しそうに顔を歪めた金髪野郎は、その場で気を失い倒れこんだ。気絶の追加効果が発動したらしい。


「ひひひひゃっ……面ぉ白ぉいぃぃぃっ!」


 実力を見せつけたはずだ。これで退いてくれればと思ったが、そうは問屋が卸さない、ということらしい。


「あなたぁ……いくつのぉ職業ぉのぉスキルぅ……使ったぁ?」

「っ!」


 気づかれている……。とてつもない観察眼だ。それだけ多くの経験を積んでいるということ……こいつ、何物だ。

 本来、スキルは各職業固有のものだ。他の職業のスキルも使うことができる職業などない。というのがプレイヤー大半の認識だろう。そして……知っている奴なら知っている。


「わたしはぁ……知っていまぁすよ? ねぇ? すべてぇの職業のぉスキルぅ、武器ぃ、魔法ぅを使えぇるプレイヤー」


 反射的に生唾を飲み込んでしまう。顔くらい隠せる装備をしてくるべきだったかもしれないと、今更ながらに後悔する。


「あなたぁ……ツヴィーベルナイト、ですねぇ?」

「……」

「面ぉ白ぉいぃぃぃっ! 都市伝説級のぉ! プレイヤーぁぁぁぁぁっ!」


 もし、これが組織的なものだとするならば……いや、もうここまで来て組織的じゃないなんて考えるほうが無理があるんじゃないか?


 こっちは顔を見られているのに相手の顔がわからない。かといって、殺すわけには……いや、こいつは殺人に加担しているはずだ。関係のないNPCを巻き込んだ時点で、こいつは殺さなければならない相手なんじゃないのか?

 このまま逃がして正体を報告されたら、俺だけじゃなく茜や桐香にも危険が及ぶ……。


 どうする……。


「余所見ぃ……げぇんきん」

「っ!」


 高速詠唱によりコンマ数秒で打ち出された初級魔法イグニス火の玉が俺めがけて飛んでくる。強化された拳で咄嗟に迎撃すると、爆発とともにあたりが煙でおおわれた。


 視界阻害魔法ネーベルも使われたか。くそっ……油断した。


 どこからくる? どんな魔法だ? 威力が強すぎるとNPC一般人を巻き込む可能性があるから打てないか? いや、まてよ……この殺人事件がNPC一般人を殺したものだったとしたら、こいつらもNPC一般人を巻き込むことを考えずに攻撃してくるかもしれない。万が一そうだとしたら今の俺の装備では対処しきれない。


「くそっ!」


 どうする。考えろ……。


 対応策を思いつかないまま数秒が経過する。緊張が最高潮の中、黒ローブのねっとりとした声が響いた。

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