第三話「知っていたはずの絆」(前編①)
「この上がいいんじゃないかな?」
桐香の案内で、俺達は大型ディスカウントストアの店内にいた。チェーン店であるからか、聞きなれたテーマソングが自然と入ってくる。
「あ、えっと。現場からはちょっと遠いんじゃないの、かな?」
「確かにな。けど、この距離からでも十分わかるってことなんだろ?」
「うん。お兄ちゃんの目なら、このくらいは範囲内で見られるはず」
桐香は、躊躇なく歩みを進めていく。目的地も決まっているようだ。
「なあ、桐香。この施設のどこから現場が見えるんだ?」
「屋上だよ」
「屋上?」
「うん。この辺で一般の人が何の不自然もなく上がれるのは、このお店の屋上駐車場くらいしかないからね。近すぎず遠すぎずの距離で、探索をかけた後に万が一があっても、逃げ道が確保できるから。それに、この時間はお客さんが多いから、そう簡単にはこっちに攻撃を仕掛けられないはず」
そう言いながらエレベーターの前まで行くと、桐香が上へと昇るボタンを押した。
「エレベーターに乗るのか? 待つより、階段のほうが早いんじゃないか?」
「お兄ちゃん、ここ来たことないの?」
「いや、ありはするけど」
「じゃあ、何で知らないかなぁ? 階段だと屋上まではいけないんだよ」
「……そうなのか」
屋上なんて、駐車場くらいしかないはずなのに……逆によく知ってるな。
ここが一階だから、屋上は四つ上の階、か。
などと、何階建てかを確認している間にエレベーターはやってきた。開くと、中にはそこそこ人がいた。込み合う時間だと桐香が言っていたからな。
三人ぶんくらいのスペースは十分にあるので乗り込んだ。これからが始まりだと思うと、なんだか妙に緊張してきた。こういうの、久々だからだろうか。
「二人とも。ここから先は何が起きてもおかしくないから、気を引き締めて行こう」
二人にしかはっきりとは聞き取れないくらいの声量で、自分にも言い聞かせるように自然と言葉が出た。さすがにこう静かだと話すのもためらってしまいそうになったが、黙っているのもなんだか息が詰まりそうだったのだ。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「お兄ちゃん、もしかして緊張してる?」
桐香が何とも楽しそうに聞いてくるので無視してやる。緊張していないといえば嘘になるが、正直にそう答えるのもなんだか格好がつかない。
などと思っていると、ものの数分で屋上に到着した。車で来ることがまずないので、なんだか新鮮な光景だ。
「桐香、方向はどっちだ?」
「あっちだよ」
桐香が一番に歩みを進める。屋上駐車場と言っても、全部が埋まっているわけではない。特に今回用のあった方角は入り口からも遠いからか、車はおろか人もいなかった。
これでは、攻撃される可能性が十分にあるな。まあ、人目がなければ何してるんだと怪しまれることもないだろうし、良しとしよう。
人口密度の高い施設であることは間違いないし、大型魔法とかは警戒しなくていいだろうしな。
「お兄ちゃん。あのあたりだよ」
そう言って桐香が指をさすが、建物が多く、視界が完璧かと言われれば現場などまったく見えない。だがそれは逆に、相手からも攻撃を受けにくいということになる。
……現場に犯人等がいたら、の話だが、逆探知されにくいにこしたことはない。
とはいえ、もう少し正確な地点が知りたいな。
「桐香。何か、現場周辺に目印になるようなものはあるか?」
「んーそうだなぁ……。あ、あの本屋さんは?」
「本屋さん?」
「そう、あの大きいマンションの奥の青い看板」
「あそこか」
昔よく行っていた本屋だ。日焼けしたのか、記憶よりもくすんだ青い看板が目に入った。この辺で特別高い建物なんて無いからな。目印としては上々だろう。
「その少し奥だよ」
「わかった。……じゃあ、始めるぞ。準備はいいか? 二人とも」
「あ、うん」
「いつでもいいよ、お兄ちゃん」
「よし」
まずは透視をする必要がある。それから現場の解析か。二つともあんまり熟練度を上げてないからな……。まあ、そんなことを言っていても仕方ない。やってみなけりゃ始まらない。
「スキル、
眼前に立ちふさがる建物に穴が開いたように次々と向こうが見えてくる。本屋の壁を越え、その奥へと視界を飛ばしていくと、立ち入り禁止の黄色いテープが見えてきた。刑事物のドラマでよく見るそれが、現場付近に張り巡らされている。
居酒屋の裏手にある駐車場の奥の路地裏。間違いないな。
次は解析を……
「っ!」
頭の中でアラートが鳴り響く。
パッシブスキル、
「しゃがめっ!」
「あっえっ!」
「お兄ちゃんっ!?」
二人を抱き寄せ一気に横に倒れこむように跳ぶ。
「ぐあっ」
二人を庇うため受け身の取り切れなかった俺は地面に勢いよく腕と足を擦ってしまった。熱い……出血してるなこりゃ。
などと思った瞬間、さっきまで俺たちがいた場所で爆発がおこった。砕け散った柵と地面のアスファルトが粉々になり、爆発の熱風と共に襲い掛かる。なんて威力だよ。
「桐香っ! 茜を連れて逃げるんだ!」
「うん。わかった!」
二人に外傷はないようだ。スキルも使ってない。逃がすなら今しかない。
「あ、え……今のは……駄目だよ一輝くんっ私も……」
「逃げろっ!」
こういうとき、即断即決の苦手な茜は厄介だ。
「茜さんっ! 今は行きましょう!?」
「あ、え、でもっ」
「茜さん! そう言う約束だったじゃないですか!」
「あ……うん。ごめん、わかったよ」
やはり、桐香がいると心強いな。
俺は咄嗟で感情的になりすぎるから、冷静な判断力は桐香が上だろう。
二人が勢いよく走り出したのを横目に俺は、破損した柵の間を抜け、跳んだ。
高い建物から低い建物へと次々に飛び移り、地面へと降りる。とにかく、まずは動いて敵の射線上から外れなければ。
全力で走りながら、いかにしてこの場を乗り切るか考えるしかない。
……ていうか狙われたってことは、間違いなく今回の事件プレイヤー関係してんじゃねぇかよっ! くそっ!
さっきの爆発は爆発矢スキル、アオスブルフだった。
つまり相手は
敵意察知が発動するまで矢の音が聞こえなかったから、使われた矢は
推定レベルは180以上だ。
「くそっ……敵の場所がわからない」
そもそも相手はどうやって俺の存在に気づいた? 狩人のスキルにスキル探知系はなかったはず……まさか、ほかにも仲間がいるのか?
とりあえず現場の方向へ走っていく。できるだけ建物の陰に隠れて移動し、対抗策を考えなければ。
音がしなかったから、射ってきた方角さえわからない。奇襲としては完璧だこん畜生。
人の目があるこんな昼間に爆発矢なんか射ってきたところを見ても、相当自信があるんだろう。こっちが探知しようとすれば当然、逆探知を仕掛けてくるに決まっている。
であるならば、逆探知が意味をなさないくらい速攻で先手をとるしかない。
やるしかないか、アレを……。
「スキル、
ほしい情報は、敵プレイヤーの位置とステータス情報だ。それ以外は今は必要ない。
「ぐっぅぁっ」
万里眼は得られる情報量が多すぎる。
紫外線や赤外線、電磁波すら視覚できるから、必要ないことまで情報として流れ込んできやがる。
頭がパンクしそうだ。
脳が発熱しているような、内側からえぐられるような痛みで、気を失ってしまいそうだ。
早く、早く必要な情報だけに絞らないと俺がもたない……。
足が止まる。
走ることすらままならない。
くそっ……このままじゃ良い
はやく、はやく、はやく……っ!
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