第二話「憶測と錯綜」(後編②)
桐香を先頭に家を出た。俺は桐香の横を並んで歩くが、どうも茜は二、三歩遅れてついてくる。桐香も桐香で茜べったりじゃないのが意外だ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
しばし無言で歩き続けていた俺たちだったが、その沈黙を破ったのは桐香だった。
「自転車持って来ればよかった」
……いきなりなんだ。なんの脈絡もなく。
「うちに自転車なんて文明の利器があった覚えはないんだけど?」
「ま、そうだよねー。でも、こういうときにあると便利だよね。私たちのステータスなら走っても余裕で車並みだろうけど、さすがに人目がある時間帯じゃそんな速度で走るわけいかないしね」
「そうだな」
いったい何が言いたいのだろうか。……いや、なんとなくはわかる。茜のことだろう。
だが、こちらから話を切りだせるほど、今の茜の心情を俺は理解していなかった。
「ねえ、お兄ちゃん」
だからこそ、桐香は間違いなく話を切り出してくるだろうと思った。
「……」
あえて無言で返す。桐香はなかなか言葉を続けようとしない。
自分の中の気持ちを整理しているのだろうか。そんな表情だ。
「茜さんはさ、たぶん、自分が危険にさらされないことを……ううん、お兄ちゃんが一番の危険に飛び込むのを快く思ってない」
「……そう、なんだろうな」
それは、なんとなくわかっていた。茜の言葉の端々から、そのくらいは理解できた。
だが、それだけだ。
茜がなぜ自身も戦おうとするのか。その真意を俺は理解できていなかった。
「私だって完璧にわかるわけじゃないよ。でもたぶん、茜さんはあの性格だから、自分が矢面に立たないと納得できないって言うか……不安なんじゃないかな?」
「そうなのか?」
茜は確かに、必要以上に周りを気にかける。
だからこそ、自分が後方というのが、守られる側に回るって感じるのが嫌だって言うのなら……それは、なんとなくわかるかもしれない。
「私は魔法職だから、パーティー戦で前衛をすることはないし、基本的に敵の攻撃が届かないところにいるじゃない? それが皆を安全に守るためだって言うのは理解してるんだけど……。それでもたまに、みんなと肩を並べて前衛に出たいなって思うことあったもん」
「……そういうもんかね」
「そういうもんでしょ。特に茜さんは対人戦で力を発揮するタイプの遊撃職だし」
「まあ、確かにな」
「だから、お兄ちゃんも……ね?」
「え?」
「周りを危ない目にあわせたくないって気持ちはわかるけど、背負いすぎはダメだよ? 私たちだって、守られなきゃならないほど弱くないんだから」
「……そうだな」
過剰に守られすぎるのは、仲間として対等な関係を崩しかねない、か。
「けど、桐香もわかってるだろ? 茜は探知系は苦手だし、スキルを使用する人間は少ないほうが、リスクも少ないんだから」
「はいはい。そのくらいわかってますよ。でも、私たちにもちゃんと出番を用意してよね?」
「なに不謹慎なこと言ってるんだか。出番なんて無いにこしたことはないだろ」
「あはは……まあ、確かにねー」
でも、そうだな。茜だって、頭では理屈を理解してないわけはない。それでも、自分が痕跡らしきものを見つけた以上は、何もしないってのは落ち着かないんだろう。
なら、そうだな。場合によっては遠慮なく頼らせてもらうことにしようかね。
「あ……」
一人納得したところで、素っ頓狂な声が後方から聞こえてきた。振り返ると、先ほどよりも五歩以上離れたところに茜はいて、小走りで駆け寄ってきた。
「茜? どうしたんだ、ぼーっとして」
「あ、うん」
困ったように俺を見上げてくる茜は、
「あ、えっと。ごめんね、少し考え事してて」
と、苦笑いを見せてくる。まったく。
「また考え事でマイワールドに行ってたのか? 頼りにしてるんだから、よろしく頼むぞ?」
そう言って、なんとなく茜の頭を撫でてしまう。茜は、純粋というかまっすぐというか……何とも対応に困ったものだ。
が、頭撫でたのはまずったかな。お互いもう良い歳だし、同い年なのに偉そうだったかもな。
なんとなく気まずくなって、
「ま、茜の出番が出てこないほうが、平和でいいんだけどね」
と、早口で言ってしまったのだが。
「あ、うん。そうだね」
茜は嬉しそうに笑ってきて。
「あ、えっと。気を使わせちゃったかな? ありがとう、一輝くん」
まったく、何とも恥ずかしい。
思わず目をそらしてしまったじゃないか。
「別に、思ったことを言っただけだ」
「お兄ちゃんツンデレぇ? キモぉー」
「うるさい」
「あ、えっと。なんかごめんね?」
「謝らないでくれ……。余計にいたたまれなくなる」
「さすが、茜さんの天然攻撃は効きますなぁー、ね? お兄ちゃん?」
「これ以上茶化すな。ほら行くぞ」
「ちょっ、待ってよ! お兄ちゃん道わかるの?」
とりあえず、方向くらいはわかる。
なんだかこっ恥ずかしくて二人の顔を見られないのだから、先に行くしかない。
「お兄ちゃんってば! もう……茜さん、行きましょっ!」
「あ、うん」
こうして話していると、昔を思い出すようで、さっきまであった緊張感もだいぶ和らいでいた。
そのくらいのほうがきっと、連携もとりやすく体もこわばらず動けるだろうと、俺自身思った。
それ自体は決して間違いではなかった。
だが……。
現場で見つけたソレと奴らの存在は、俺たちの頭の片隅にいまだ残っていた楽観的な考えを綺麗さっぱりと消し去っていったのだった。
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