第二話「憶測と錯綜」(後編①)
待つこと三十分。
茜が着替えて戻ってきた。家にあげると、リビングで二人、桐香を待つ。
「あ、えっと……桐香ちゃんは?」
「まだ出てこないんだ」
そんなおめかしする必要ないだろうに。何でこんなにかかっているのだろう。
と思った矢先に、
「すいませーん! 茜さん、お待たせしちゃって」
桐香は自室から大きなダンボールをもってやってきた。
「桐香、それは……」
「うん。お兄ちゃん」
まれに見る真面目な表情の桐香は、リビングテーブルの真ん中に、手に持った段ボール箱を置いた。中に入っていたのは武器とアイテムだ。
「桐香。なんでこれを?」
「お兄ちゃんは、どこまで阿呆なの?」
「……いや、わかってるよ」
それは最悪の可能性。だから、どこかで考えないようにしていた。だが、最悪の可能性を考えずに実行できるほど甘くないよな。
「その前に、確認させてくれ。茜は武器とか防具……アイテムを今持ってきてるか?」
「あ、えっと……ううん。持ってきてないよ」
「OK、なら良かった」
今回の事件現場で、俺は追跡系スキルを使う必要がある。そして、もしその場に犯人や犯人の仲間がいて、そいつらがプレイヤーだったとしたら。
……間違いなく、襲われる。
このゲームの規約には公平性を保つため、
一つ目が、対象プレイヤーが武器か防具のいずれかを一つでも装備していること。二つ目は魔法、スキル等を発動させようとしている、ないしは目の前で発動させたり発動しようとした場合。
この二つの条件に該当しなければ、原則として他プレイヤーに
だが今回、スキルを使用することが確定している以上、運が悪ければ犯人関連以外のプレイヤーとの戦闘になる可能性だってあるのだ。
「お兄ちゃんは、武器を装備していったほうがいいと思うんだ」
今回の作戦上、誰にも気づかれることなく調査を終えて帰ってこられるのが一番だ。だからこそ、完全武装で行くなんて目立つことをするわけにはいかない。
ただ、俺がスキルを使用した時点で付近にプレイヤーがいた場合、ターゲットにされてしまう可能性がある。
だからこそ、少なくともスキルを使用する俺は、自分を守れる程度には武装していく必要がある。万が一、戦闘になった場合に、丸腰では分が悪すぎるから。
だが、問題はそれだけじゃない。
「あ、えっと……」
「茜さん? 何か疑問がありますか?」
「あ、うん。もしかして、一輝くんだけが戦うの? あの、相手が複数人だったとしても?」
「……」
そう。問題は、
ルール無視で奇襲を仕掛けてくる相手がいる可能性もゼロじゃないんだ。
「茜さん。心配ですか?」
「あ、うん。だって……」
「そうだよな。もし、犯人がプレイヤーで、何かしらの抜け道を使って今回の事件を起こしたのだとすれば、現場には他プレイヤーに隠しておきたいなにかがあるかもしれない。その場合、俺たちがプレイヤーだとわかった時点で生かして帰してはくれないだろう」
規約上、公平性が保たれているのは
そして、
勿論、可能性の話でしかない。だから絶対に襲われるとは限らないのだ。
「あ、えっとね。なら、私も装備を……」
「茜さん。それはダメです」
「あ、うん。そう言うとは思ったよ。でも……」
「茜。別に、はなから戦うつもりはないから。最悪の事態になったら逃げればいいんだし、保険だよ」
俺以外の二人が装備をしていると、今回の事件とは関係ない
「桐香なら茜を守って逃げるなんてぞうさもないし、
「うわぁ……お兄ちゃん自信過剰」
「なんだよまったく」
せっかく茜を安心させて納得させようとしているというのに。
「ま、お兄ちゃんの言うとおりかな。しゃくだけど」
しゃくとはなんだ。
「あ、うん。……そうだよね。わかった。でも、これだけは約束してほしいの。一輝くんの身が危ないと思ったら、私は躊躇なく魔法を使うからね」
「ああ、わかったよ」
桐香だって、俺が危機に陥れば魔法を躊躇なく使うだろう。そうならないように動かなければ、俺だけが武装した意味がなくなってしまう。気を引き締めなければ。
「さて、茜も納得したところで何を装備するかだけど……」
俺のジョブは最低限の装備でどんな相手にも対応できる。
「お兄ちゃん。とりあえず簡単に携帯できそうな装備とアイテム、どれを持っていく?」
「そうだなぁ……」
装備して意味がありそうな防具は、隠せるような類のものではない。アイテムも無駄に数を持っていても今回は意味がないだろう。長期戦にする予定もないしな。とすると……。
「武器だけでいいかな」
段ボールをあさると、すぐに見覚えのある二丁の拳銃が姿を現した。
拳銃としての実用性は皆無とまで言われた、大威力だけが売りの拳銃二丁だ。連射すら厳しいため、砲手系職のプレイヤーが装備しているところなど、ほとんど見たことがない。
が、俺のお気に入りだ。
パーカーを脱ぐと、ショルダーホルスターをシャツの上に装着し、拳銃二丁を収める。そのうえからパーカーを羽織れば、パッと見なら装備の携帯はわからないだろう。物が物だけに、日本の警察に見つかっても厄介な代物だからな。しっかりと隠しておかなければ。
「よし。とりあえずこれで大丈夫」
「そうだね、お兄ちゃん」
「あ、うん」
「茜。現場の細かい場所はわかるか?」
「あ、えっと。……
そうか。確かにそうだ。
ニュースでもそれ以上細かくは言ってなかったし、現場の映像もチラッと見ただけだから正確な場所はわからないか。
さて、どうしたもんか。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「二人が来る前にニュースの映像と地図を照らし合わせておいたから」
「わかるのか? 場所が」
「うん。大体はね」
さすがというかなんというか。用意の良いことで。
だが、助かる。
「周囲の見やすい位置からまずは確認したいな。桐香、案内よろしく」
「お兄ちゃん偉そうすぎ。はぁ……まったく仕方ないなぁ」
そうあからさまに嫌そうな顔をしないでくれよ。
「で、現場まではどのくらいかかるんだ?」
「……まあ、急げば徒歩で三十分くらいかな? マップ検索では四十五分って出てたし」
「……」
思ったよりも地味に遠いな。まあ、あんまり近すぎても逃げる必要性が出てきたとき困るんだけど。
「お兄ちゃん。このくらいの距離、どうってことないでしょ?」
「……まあ、そりゃあプレイヤーだしな」
ステータス補正を考えれば、そう遠くもないか。
「近すぎないのはありがたいってことで……行こうか」
「あ、うん」
「じゃあお兄ちゃん。私が先導するね」
「ああ、頼む」
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