第二話「憶測と錯綜」(中編)

 クラスメイトはさることながら、汐音につかまったら厄介だ。

 そんなわけで、少し急ぎ足で茜とともに自宅へと帰ったわけだが。


「お帰りお兄ちゃん。茜さんもどうぞどうぞ」


 学校が家から近い桐香は、俺たちより先に家についていた。ただ、まだ制服姿であるのは俺たちが足早に帰ってきたために、着替えるほどの時間がなかったからだろう。

 適当に靴を脱ぎ捨て上がった俺など眼中にないとでも言うように横をスルーした桐香は、今まさに靴を脱ぎ始めた茜の前にスリッパを置いていた。


「……桐香は茜には随分丁寧だよね」

「当然でしょ? お客さんなんだから」


 それだけが理由にしては、特別待遇な感じがするんだけどな。


「あ、えっと。丁寧にありがとうね桐香ちゃん」

「いえいえ」

「あ、でも……こんなに丁寧にしてくれなくたって良いんだよ? 私たちの仲だし」

「私がしたくてしてるんですから、気にしないでくださいよ」

「あ、うん。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 茜は、少し申し訳なさそうにスリッパを履くと、脱いだ靴を几帳面にそろえた。

 茜も十二分に丁寧すぎると俺は思うんだけどな。

 とまあ仲の良い二人を放置して、俺は一人先にリビングへと向かい、いつもの席に腰を下ろした。続いてやってきた茜が俺の向かいに座り、台所で何やらやっていた桐香がお茶を用意してやって来る。


「お兄ちゃん。一番に入っていったんだから、このくらい用意してよね」

「……」


 やはり、茜との扱いの違いに格差を感じるのだが。


「お兄ちゃんは、本当に気が利かないんだから」

「あ、えっと。私は一輝くんにもいいところは、いっぱいあると思うよ?」


 なんだかそのフォローは意味をなしていない気が……。


 ムッとしている俺のことなど気にする様子もなく、全員にお茶を配り終えた桐香は、嬉しそうに茜の隣に腰を下ろすと少し椅子を茜に寄せた。本当に好きだな。


 ……さて。


「さっそくで悪いんだけど、場合によっては悠長に構えているわけにはいかないから、本題に入ろう」

「あ、うん」

「それで、お兄ちゃん。私は簡単にしか話を聞いてないんだけど、今朝ニュースでやってた殺人事件にプレイヤーが関わっているかもしれないって言うのは本当なの?」

「ああ。まだ確証があるわけじゃないんだけどな……。茜、例の写真を出してもらえるか?」

「あ、うん」


 茜が制服のポケットからスマホを取り出し操作をしているうちに、一応警告しておこう。


「桐香」

「なに?」

「モザイクも何もない現場の写真だからな。一応心構えだけはしておいたほうが良い」

「……お兄ちゃんは平気だったわけ?」

「いや……正直きつかった。すぐに直視はできなかったよ」

「そっか。だろうね」

「は?」


 だろうねってどういう意味よ。


「いや、お兄ちゃんそういうの昔から苦手だし」

「あ、えっと。桐香ちゃん、これ……なんだけど」

「はい、ありがとうございます」


 桐香は茜からスマホを受け取ると、画面をまじまじと眺める。目を背けるでもなく、眉をしかめることもない。もしかして違う写真でも見ているんじゃないだろうか。

 そう思ったんだが。


「これは……ゲショス・シュヴェーアト?」


 桐香の口からその言葉が出てきたということは、現場の写真を見ているらしい。女性陣の精神力には恐れ入りました。


「桐香もそう思うか?」

「……はっきりとは何とも言えないけど、この痕はその可能性があるんじゃないかな?」

「あ、うん。私もそう思うんだ」


 全員の意見が一致したな。


「でもお兄ちゃん。これ、一人づつ殺されてるように見えるよ?」

「ああ、そうなんだよ」

「それっておかしくない? プレイヤーはNPC一般人を殺せないはずだしPVP対人戦とかPKプレイヤー殺しなら殺されたプレイヤーが残ってるわけないよね?」

「そうなんだ。つまり、これが推測通りプレイヤーの仕業だとしたら、NPCキル一般人の殺害の方法があったことになる。万が一犯人がプレイヤーだった場合、これ以上黙って見てるわけにはいかない」

「でも待ってお兄ちゃん、こうも考えられるよ。殺された人はプレイヤーだったけど死んでも消えない……つまり、死体が残る方法を見つけてた」

「……確かに」


 そうであったとしても、この写真とつじつまが合うな。

 その発想はなかった。


「あ、うん。桐香ちゃんの言う通りで、加害者も被害者もプレイヤーだったとして、実力の差がすごく大きかったとすれば……」

「はい。こういう現場になりえると思います」


 我が妹ながら本当に頭の回転が速いな。


「で、お兄ちゃん。このまま放置はまずいってのはよくわかったけど、どうするの?」

「……」


 どんなに芽を摘みたくても、その肝心の芽が見つからないんじゃ対処のしようがない。

 だが、このまま手をこまねいていて、他のプレイヤーがこのことに気付いてしまったら、状況はより厄介なことになる。

 早期解決が好ましい。


「お兄ちゃんたちも、まだ犯人の特定は出来てないんでしょ? 闇雲に探し回っても、埒があかないだろうし……」

「あ、えっと……一輝くん。現場にいって、追跡スキルを使うのはどうかな?」

「そうだな。足跡が残っていれば追跡系スキルでも追えるだろうし、少なくとも犯人がプレイヤーでないなら間違いなくそれで犯人が特定できるはず。けど、もし犯人がプレイヤーであった場合は……」

「あ、うん。そうだよね。もし、相手がプレイヤーだとするなら、隠滅スキルを使っている可能性は高いよね」

「はい。残滓くらいは残っているかもしれませんけど、残滓だけで追跡するのは難しいです」


 現実でプレイしているプレイヤーで、実力のない奴なんてそうそういない。突発的状況でない限り、痕跡は極力残らないよう必ず対抗策を行っているはずだ。

 けど、少なくとも犯人がプレイヤーであるかどうかはつかめる可能性が高い。


「写真からここまで読みとれたんだ。現場に行けば、他にも情報が手にはいるかもしれない」

「お兄ちゃん、それじゃあ」

「ああ、行ってみよう。良いか? 茜」

「あ、うん」

「それじゃあ行こう」


 と席を立つと。


「お兄ちゃん。ちょっと待って」

「なに?」


 俺に続き、席を立とうとした茜も動きを止めた。早いほうが良いという話をしたばかりだろうに、桐香はまだ何かあるのだろうか。


「お兄ちゃんは本当に、抜けているというかなんというか……。茜さんもお兄ちゃんの言葉に一切の疑問を抱かず従うの、昔から悪い癖だと思いますよ?」

「あ、うん。ごめんなさい」


 いや、即答で謝るなよ。


「桐香。そこまで言う何かがあるのか?」

「何かがあるのか? じゃないよ。はぁ……このまま、制服で行く気?」

「え?」 


 それの何が問題なんだよ。


「さすがお兄ちゃん。察しの悪さは世界一だね」

「なんでそこまで言われなきゃならんのだ」


 察しの悪い奴なんて、世の中五万といるはずだ。

 絶対、俺が世界一ではないはずだ。……たぶん。


「茜さんは、わかりましたよね?」

「あ、えっと……うん、たぶんだけど」

「そうなのか? 茜」

「あ、うん。えっとね、桐香ちゃんは身元が割れるのを心配しているんじゃないかな」


 ……身元?


「そうだよ、お兄ちゃん。何があるかわからないんだよ? もしかしたら、犯人が現場近くにいる可能性だってある。そんなところに制服で行って、もし犯人とかに目をつけられたらアウトだよ。犯人がプレイヤーだとしたら規約無視のプレイヤーなわけだし、複数犯の可能性もゼロじゃない。そんな状況でこっちの狙いがばれちゃったら、私たちの命が危ないよ」

「……」


 確かにそうだな。


「だからね、お兄ちゃん。まず着替えよう」

「……そうだな」


 だが、そうなると一時解散だな。桐香は良いとしても茜が着るものがない。


「茜さん。もし、帰って着替えるのが面倒でしたら、私の服を着てみますか?」

「あ、えっと……うぅん」


 茜は、だいぶ困ったような顔をする。


「そうですよね。私の服じゃあ小さすぎますもんね」

「あ、えっと……でも背丈はそんなに差は無いと思うよ? うん」


 いや、そんなことはないだろう。いかに茜が平均より小さめだとはいえ、桐香は実年齢詐称なんじゃないかと疑うような背丈をしている。それに何より。


「桐香の服じゃ茜には無理だろ。特に……」


 俺は、二人のある部分をついつい見比べてしまった。


「お兄ちゃん。さいてー」


 桐香に軽蔑の目を向けられるのはなれているが、


「あ、えっと。あ、あはは」


 茜の困ったような恥ずかしそうな表情は、なんともいたたまれなくなってしまう。

 いや、でもさ? どう見たって一歳差の違いじゃないだろ。その胸は。


 結局、茜は着替えるために一旦帰宅。桐香もそれに続き自室へ。


 さて、俺はと言えば外に行くと言っても特に着替えに時間がかかるわけでもない。下をジーンズに履き替えてブレザーの代わりにパーカーを羽織ると、リビングで待つ事にした。

 女性陣はおそらく俺の倍は準備に時間がかかるのだろう。まあ、楽しみに待っていようじゃないか。なにせ、これから両手に花の殺人現場デートらしいからな。


 全国の男性諸君。うらやましいだろう?

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