第二話「憶測と錯綜」(前編)

 屋上前ということもあり、すりガラス越しに入ってくる日光だけが照らす薄暗いこの場所は、いかにも密会をしてそうな雰囲気が出てしまう。

 埃臭さも相まって、なんとなく空気が重く感じた。いや、実際軽い空気ではないのだが。


「茜。汐音からもらった写真、俺にも見せてくれるか?」


 階段の最上段は屋上入り口ということもあり、少しスペースがある。そこに腰かけると茜も横に座ってきた。


「あ、うん。本当は、もう少し一人で考えたかったんだけど……しかたないかな」


 茜は制服のポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで画像を見せてくる。


「あ、えっと。これ、だよ」

「……うっ」


 見た瞬間、画面から目をそらしてしまった。無修正のばらばら死体。モザイクくらいかけてくれても……いや、それじゃあ意味がないか。


「あ、えっと。大丈夫?」

「……あ、ああ」


 とは答えたものの、逸らした視線を画面に戻すことができない。反射的に顔を手で覆ってしまう。それほどまでに、衝撃的な光景だった。茜は、よく初見で目をそらさなかったな。


「……ふう」


 軽く息を吐き深呼吸する。意を決して改めて画面を見るも、そこに映る光景に気分が悪くなった。手足胴首がバラバラに解体され、頭が割れている者……蒸発や破裂したような跡があるものも……異常すぎる。


「昼飯の前に見るには最悪だよ」


 精一杯のブラックジョークを言ったつもりだったんだが。


「あ、うん。でも、食べた後じゃないほうがいいよ」

「……まあ、それはそうかもしれないけど」


 茜は意外とメンタル強いんだな。平然と返されてしまった。


「……」


 さて、強がっていても仕方ない。

 改めてじっくりと見ると、確かに異様な現場だ。殺人現場を頻繁に見ているわけでもないし、そういったことのプロでも何でもないから、そもそも殺人現場というだけで異様な光景なんだが……。


「地面に残る傷跡が尋常じゃない……」


 人一人が起こせるとは思えない。それこそ大型兵器か何かが人を蹂躙したのでは、と疑いたくなるほどにその現場は荒れていた。


「あ、うん。連戦PVP対人戦後の現場によく似てる」

「……確かに。けど……」


 写真だけで判断するのは難しい。犯人が本当にプレイヤーなのか、確証はない。それにだ。


「本来、PVP対人戦であればこうはならないよな?」

「あ、うん」


 そう。現実リアルになったこのゲームで行われるPVP対人戦は、当然のようにHP耐久値全損でしか勝敗を決められない。つまり、敗者は本当の意味で死ぬ……のだが、それだけではない。

 敗者の体はポリゴンとなり、ゲームと同様のエフェクトであっけなく消えるのだ。

 バラバラ死体が発見されるなど、ありえる話じゃない。


 それと、もう一つ。


 このゲームが現実リアルになったときに、プレイ規約が追加された。

 そのうちの戦闘規約第二条にはこうある。




 無関係NPC一般人PVP対人戦現場目撃は問題とならないが、NPC一般人を偶発的または意図的に死に至らしめた場合、そのプレイヤーはペナルティーとして即HP耐久値全損とする。




 無関係な一般人を殺したら自分も死ぬというわけだ。

 こんな狂ったデスゲームになぜ縛りを設けたのか知らないが、昨日登校時にプレイヤーの魔法を止めたのは、こうした理由もあったのだ。


 つまり、プレイヤーがNPC一般人を殺すには、一撃で全員を同時に殺さなければ、この被害者の数はありえない。


 だが、この画像に映る被害者たちは一人づつ殺されているように見える。飛び散った死体の位置や血痕、切り口。プレイヤーとして戦ってきた経験から、一人一人なぶられるように殺されたのであろうことが容易に想像できる現場状況だ。


「犯人がプレイヤーだとしたら、NPC一般人を一人一人殺すのは不可能なはずだよな?」

「あ、うん。私もずっとそこでひっかかってるんだ」


 ひっかかっているということは、茜はプレイヤーが犯人である可能性のが高いと考えているのだろう。

 まあ確かに俺も、この平和ボケした国でこんな現場を作れるのはプレイヤーくらいしか想像できない。どう見たって人間業じゃない気はする。

 だが、やはりプレイヤーだと断言できるだけの何かもない。茜はそれがあるのだろうか。


「そこまで考え込むからには、茜の中ではほかにひっかかっている部分があるんじゃない?」

「あ、うん。そう、なんだけどね」

「けど?」

「あ、えっと。この画像のここ、見てみて」

「ん?」


 茜は写真を拡大すると地面などに残った大きな傷跡を見せてきた。


「この傷がなにか……っ!」


 なぜ俺は、気づかなかったんだ。

 ゲーム内には戦闘を行う上での役割別にジョブ職業があり、どのジョブに就いているかによってステータスの成長や習得スキル等が変わるのだ。

 そして、この殺人現場についている斬撃跡と銃撃痕は、エクストラジョブ特殊職業である銃剣士スプリームの初級攻撃スキル……


「ゲショス・シュヴェーアト、なのか?」


 剣撃とともに弾丸を打ち出す牽制攻撃スキルだ。

 絶対的な攻撃力を誇るガンブレイドを装備でき、装填される弾薬を銃のように打ち出すこともできる銃剣士は、一撃必殺の技が豊富な反面、スピード重視の技が極端に少ない。

 そのため、ダメージはそれほど大きくないが、発動までの時間が極端に短く、相手を一瞬ひるませる効果があるゲショス・シュヴェーアトを使いこなせなければ、銃剣士として上級者となれない。必須スキルと言ってもいいのだ。


「あ、うん。ほかの跡は威力が大きすぎてなのか画像の解像度の問題なのか細かくはわかんないの。けど、これは間違いなくゲショス・シュヴェーアトの攻撃跡だと思う」

「……だからか」


 だからこの犯人がプレイヤーだという可能性が捨てきれなかったのか。


「あ、うん。さっきの汐音ちゃんの発言も合わせると、可能性はかなり高いと思う」

「確かに。身の丈ほどの大剣から、銃のように何かを撃ち出していた、だったっけ?」

「あ、うん」


 銃剣士の特徴に合致する噂に、スキル跡の一致。そして、人間業とは思えない現場の荒れよう……これでプレイヤーではないと言い切るのは、あまりにも楽観的だ。


「けど、規約があるはず……」

「あ、うん。……でも」


 茜が言いにくそうに口ごもる。茜自身、自分の考えに納得がいっていないから話せないのか?


「茜。どんな些細なことでもいい。思いついたことがあるなら話してくれ」

「あ……うん。あのね、あくまで可能性の話なんだけど……グリッチ不正行為なんじゃないかな?」

「っ! そんなバカな!」


 父さんたちが作ったゲームに、そんな欠陥があるわけない。

 ……いや、俺がそう思いこんでるだけなのか? 

 確かに、リアルプレイのテスターがいなかったのだとすれば、デバッグバグ修正の規模はゲーム内部のものより小さかった可能性が高い。

 だが……それでも……。


「そんなミスを、親父たちが見逃すとは思えない」

「あ、うん。私もそう思うよ。テストコード確認用プログラムを知られたというのも考えにくいよね?」

「ああ。だとすると……イースター・エッグ隠し要素か?」

「あ、えっと……」

「わかってる。それはないよな」

「あ、うん」


 元からNPCを殺せる抜け道が隠されているなら、規約で禁止している意味がわからないし、そもそも規約が無効化される抜け道なんてあっちゃならない。

 かといって、テストコードを解明できる奴なんているわけがない。

 各国のゲームメーカーをはじめとした多くのプログラマーが暴こうと躍起になっても、いまだにゲームプログラムの断片すらつかめていないというのに。


「どれも、確実性に乏しいな」

「あ、うん。そう、なんだよね」


 茜が頭を悩ませているのは、そういうことだったわけか。確かにこれは、どこまで考えても答えが出るとは思えない。

 というか。


「汐音はよくこんな画像拾って来たな。そういう裏サイトとかでもあるのかな?」

「あ、えっと。私も調べてみたんだ。他にも画像がないかなって思って。でも、見つからなかったよ」

「……そっか」


 汐音はネットとかそういうのに長けてるのかもな。それとも……自分で撮ったとか? いやいや、それは考えすぎだろう。


「なんにしても、このままってわけにはいかなくなったな」

「あ、うん。……でも、どうするの?」

「……行ってみよう、現場に」

「……あ、うん。そうだね、それしかないよね」


 スマホをポケットから取り出し、時間を確認する。

 まだお昼休みには余裕があるので、ダイヤルを回した。

 短いコール音の後、


『お兄ちゃん? どうしたの?』

「あ、桐香。実は……」


 当然桐香にも報告が必要だ。そのうえで、三人で調査に行くのが妥当だろう。

 願わくば、ゲーム関連の事件である証拠が何も出てこないでくれ……。

 そう願いつつ、学校が終わるやいなや、茜と急いで教室を出た。

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