第一話「現実の事件」(後編③)

 茜の動きを先読みしたのか素早く回り込んだ汐音は、無理やり写真を見せつけていた。


「あ、えっ! やっやめてよっ…………え?」


 茜はスマホの画面を見たまま固まってしまっている。あまりの衝撃的な画像にフリーズしてしまったんだろう。


「おい汐音。それはいじめだぞ?」

「先輩が見ないから悪いんじゃないですか?」

「暴論だ。おい汐音、もうその辺にしろ」

「まあ、仕方ないですね……すいませんでした美少女さん」


 謝ってはいるものの、まるで反省している様子はない。それでも汐音は渋々といったようにスマホを引っ込めたのだが……。


「あ、えっと。まって」

「はい? あ、もしかして美少女さんはスプラッターとかいける口ですか?」

「あ、えっと。違うんだけど……でも、その画像くれないかな?」


 茜の言葉に汐音は、待ってましたと言わんばかりに瞳をキラキラさせて、ハイテンションを取り戻したようだ。


「はい! もちろんコピーしますよ! いやー美少女さんは話が分かる人で良かったです!」

「……」


 茜はそんなものを好んで見るようなタイプではない。何か気になることでもあったのか? 

 などと考えているうちに、茜は汐音と連絡先を交換して画像を送ってもらっていた。


「それでは先輩。私はもう用事が済みましたので、後は二人仲良く乳繰り合っていてください」

「毎度毎度、一言余計なんだよ」


 走り去っていく汐音の後姿に文句を投げかけつつ、後ろを歩く茜に目をやるとスマホをまじまじと眺めていた。さっき汐音からもらった画像を見ているのだろうか。


「茜。その画像に何かあるのか?」

「あ、えっと……」


 何でもかんでも真に受けてしまう茜が、汐音のおちょくりにも無反応だったところをみると、よほど重大な何かが画像に映っていたのだろうか。


「あ、うん。もう少し自分の中で考えたいの。良いかな?」

「もちろん構わないけど……」


 茜は時々こうやって考え込む癖がある。こういうときは、茜の中での答えが出るまで待つのが一番だ。よほど重要なことを考えているのだろうし。


 自分の世界に入ったまま戻ってこない茜を引き連れ教室へ。

 教室の席へとついても、茜は真剣そうな表情を崩さず時折ぶつぶつと何かをつぶやいたりしている。

 授業が始まってもその様子は変わることがなく、休み時間にクラスメイトが話しかけてもガン無視である。


 そんなに何があったというのだろう。


 茜がそこまで頭を捻るとは、汐音はいったいどんなトンデモ画像を持ってきたんだ? なんだか俄然興味がわいてきたぞ。


 ……見ておけばよかった。


 茜があまりにも無反応のため、昨日はあんなにいた野次馬が今日はついにゼロへ。まあ、俺にとってはありがたいんだけども。 

 そんな調子は、お昼になっても終わる気配が見えず。


「茜ー」

「……」


 だめだ。完全に自分の世界に入っちまってる。


「茜。茜さん。……紅空」

「あ……あ、うん。え? な、に?」


 プレイヤーネームで呼んでみたら反応したぞ。大丈夫か? 本当に。


「茜、もうお昼だから。とりあえず移動しようよ」

「あ、うん。そうだね」


 あわてたように立ち上がった茜とともに教室を出る。と、


「おっ! 先輩!」

「汐音」


 待ち伏せかと思うようなタイミングだな。


「美少女さんに見せてもらいました?」

「何をだよ?」

「まったくぅ~、すっとぼけないでくださいよぉ~」


 イラッとするな、その喋り方。


「先輩も見たんでしょ? しゃ・し・ん」

「見てない」

「え~? 本当ですかぁ?」

「ああ」


 正直、今は見てみたいと思ってるよ。けど、それをこいつに言うのはなんだか癪だ。


「美少女さんは……どうしたんですか? 考え事ですか?」

「あ、えっと。あ、うん」


 汐音に声をかけられた茜は、ハッとしたように顔を上げると何かを思いついたようで、


「あ、えっと。……織江ちゃん」

「固いですよぉ! 汐音でいいです!」

「あ、うん。じゃあ、汐音ちゃん。あの写真どこで手に入れたの?」

「裏サイト的なやつですよ。真っ黒な感じの」


 汐音は、そんなもんばっかり見てんだろうか。


「あ、うん。そう、なんだ。私はそういうの見ないからよくわかんないんだけど、犯人の写真とかはなかったの?」

「美少女さんは犯人に興味があるんですか?」

「あ、うん。興味というか……うん。そうだね、興味あるかな」


 犯人が気になる? 事件現場の写真を見て、どうして犯人の風貌が気になったのだろうか。


「そうなんですね。でも、残念ながら犯人の写真はないんです」

「あ、えっと。……そうなんだ。じゃあ、目撃情報とかは?」

「それこそ、ろくな情報がありませんよ。眉唾な情報ばかりで」

「あ、うん。それでもいいの。教えてくれない?」

「もちろん構いませんが。本当に尾ひれ背びれのついたような噂ですよ?」

「あ、うん。お願い」


 茜がここまで食い下がるなんて。一体、何が……。


「分かりました。えっとですねぇ……スチームパンク漫画から出てきたような風貌の大男で、身の丈ほどもある大剣を持っていて、剣から銃のように何かを撃ち出していたとか」

「っ!」


 汐音のその話を聞いて、俺は一つの可能性に思い当たる。反射的に茜の顔を見ると、茜もこちらを見てうなずいて見せた。

 ビンゴだってのかよ。


「なあ、汐音。その噂、本当なんだな?」

「いえ、本当も何も噂ですよ? それにそんなコスプレイヤーみたいな人が犯人なわけ……」


 普通はそう思うんだろうな。けど、その噂が事実なのだとしたら……。


「悪い汐音。急用ができたからまた後でな」

「え、先輩?」


 急に湧き上がって来た不安感に、どうしようもなくソワソワしてしまう。


「行こう、茜」

「あ、うん」


 もう、居ても立っても居られなかった。

 とりあえず、人気のない場所へ移動しなければ。


「え、先輩ってば……ちょっと待ってくださいよぉ!」


 そうだな。たまにはいい仕事をした後輩を褒めるのも大事だろう。

 俺は足を止め、不満げに頬を膨らませた汐音の顔を見る。


「汐音。その情報、ありがとな」

「え、はい。……先輩が私に感謝するなんて。……どうしたんですか?」


 これ以上の長居は不要だな。

 首を傾げた汐音を置き去りにして、昨日お昼を食べた屋上へ続くドアの前へと茜と向かう。あそこなら人も来ない。


 茜は事件現場の写真を見たとき、恐ろしい可能性に気付いたんだ。だが、確証が得られず考えていた。もちろん今の汐音の発言は確証というほどの情報ではない。


 だが……。


 俺もまた、その恐ろしい可能性に気付いてしまった。

 俺が今考えていることが現実に起きているのだとしたら、放置はできない。


 もし、もしも……。



――この事件の犯人がプレイヤーなのだとしたら。

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