第一話「現実の事件」(後編②)
「あの、茜さん?」
「あ、えっと……何かな?」
「いや、わかるでしょ?」
寂しかったのはわかる。懐かしさに感極まったのもわかる。
わかるんだけどね。腕に抱き着いたままなのは、いかがなもんでしょうか。
まあね? 左腕をがっちりとホールドしている、たわわな果実を感じられなくなることに名残惜しさがないわけではない。
ただ……そんなことより。
「もう学校近いんだから、ね?」
すでに周りにも、ちらほら生徒の姿がある。こんな密着状態で登校など、バカップルでもなかなかしないんじゃなかろうか。
とにかく周りからの視線が気になって仕方ないし、多くの人に目撃されて
「悪いけど人目にもつくし、そろそろ離れてもいいんじゃない? 気持ちもだいぶ落ち着いたでしょ?」
「あ、うん。……そうだよね。ごめんね」
名残惜しそうに茜が俺から離れたそんなタイミングだった。
「先輩。もう終わりですか?」
何とも自然と真後ろから声が。
朝っぱらから面倒な奴がやってきた。とは思うものの、無視をしたところでしつこく追い回されるのがオチなので振り返ると。
「どうもですっ! 先輩」
茶髪ショートの少女がそこにいた。身長はやや高めだろうか。整った顔立ちをしてるし美少女と呼んで差し支えないのだろうが、何ともこれと言った特徴がない。
キャラ濃いのに存在感が薄いような気さえする。
「あ、えっと。……だれ、ですか?」
「どうもですっ! 転校生さん。私は
茜は汐音の存在にまるで気づいていなかったようで、いまだに戸惑いと困惑が見て取れる。まあ、いきなり後ろから現れたら驚くわな。
「おい汐音。いつもながらいきなり出てくるな」
「どうもです先輩。転校生さんって呼ぶのは距離感じるんで、美少女さんってのはどうですかね?」
「呼び方なんて何でもいい」
「先輩に聞いたわけじゃないんですが」
てか、どっちも呼称としては違和感ありまくりだろ。だいたい、初対面で距離感もなにもあったもんじゃないと思うが。
「先輩は相変わらず冷たいですねぇ。仲良くなるには第一印象が大事なんですよ?」
「そうかい」
だとしたら、後ろからいきなり登場はあまりお勧めしないな。インパクトはあるかもしれないが、その行動によって好感がもてるってことは無いだろう。
「俺も茜もお前と仲良くする気はないんだ」
「私はありまくりです!」
そうなんだろうな。それはわかるよ。
「あ、えっと。……一輝くんのお友達?」
「はいっ! 彼女です!」
「あ、うん。……え?」
汐音の満面の笑みに対して茜の表情が非常に硬くなった。驚きのあまり言葉を失ったようだ。……まったく。
「おい汐音。さらっと嘘をつくな」
「先輩がそんな人だったなんて。昨晩もあんなに激しく私を愛してくれたじゃないですか! よよよ……」
よよよって……昨今聞かないぞ。
「あ……えっと。一輝くん?」
茜よ。なんでそんなに不安そうな顔でこっちを見るんだい?
「茜も真に受けなくていいから。そいつの戯言は話半分すら聞く必要がない」
「あ、うん」
「美少女さんは、先輩の正妻なんですよね?」
呼び方本当に
「あ、え? えと、そんな……」
茜。そんなまんざらでもなさそうにするな。汐音がワクテカしながらこっちを見ているだろうが。めんどくさい。
「茜、行こう」
「あ、うん」
とりあえずここで油を売っていても仕方ない。汐音はどうせ放っておいても喋り続けるんだから、わざわざ話を聞く態勢でいる必要もないだろう。
「先輩、待ってください~」
俺は茜だけに言ったつもりだったのだが、当然とでも言うように汐音もついてくる。だろうとは思ってたけどな。
「そう言えば先輩! 今朝のニュース見ました?」
「知らん」
「先輩は世間知らずなんですね?」
「うるさいなまったく」
失礼な奴だ。
「今朝の殺人事件のニュースですよ! 本当に知らないんですか?」
「どうでもいいだろ」
「どうでもよくないですよ! 私、これを見せたくて待ってたんですから」
こいつが見せてこようとする物なんて、ろくなもんじゃないだろう。
スマホの画面を俺の視界にいれようと、必死にピョンピョン跳ね回られてちゃ邪魔で仕方ないが、素直に見てやるのもなんだかおもしろくない気分だ。
「先輩は強情ですね。女の子に囲まれていい気になってます?」
「……」
こういうことを言ってくるから見てやる気が起きないんだ。
「うるさいな。だいたい何を見せたいんだか言ってみろ」
「言ったら見ます?」
「確約はできん」
だいたいなんでそんなに俺に見せたいんだよ。ほかに見せる相手くらいいるだろうに。
「先輩はけちんぼさんですね。まあ良いでしょう教えてあげます。なんと、あの大ニュースの殺人現場の写真です!」
「はぁ?」
そんなもんどうやって手に入れたんだよ。
「しかもですよ? 警察が来る前の現場の様子ですので、遺体もバッチリ無修正です!」
そんな話を喜々として叫ぶな。不謹慎な。
「そんなものを見て喜ぶ趣味はないんだ。勘弁してくれ」
というか朝からそんなものを見たら気分が悪くなりそうだ。
「先輩ってもしかして怖がりですか?」
「……そう言う問題じゃないだろ。そういうもの見て喜ぶなんて、あまり良い趣味とは思えないし、その人たちだって死んだ姿なんて見られたくないだろうしな」
「むぅ~仕方ないですね。ではっ! 美少女さん」
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