第一話「現実の事件」(後編①)
「茜、今朝のニュース見たか?」
「あ、うん。見たよ。……物騒だよね、怖い」
「お兄ちゃん、あからさまに話題代えて……まあ、いっか。茜さんも現実でプレイヤーになっているんですよね?」
「あ、うん。そうだよ」
「それでも怖いですか?」
「あ、うん。私自身は襲われても確かに大丈夫かもしれないけど。でも、残虐なことを平気でできる人間がいるっていうことが、どうしようもなく怖く感じるよ」
「茜さんはさすがですね。お兄ちゃんとはまるで違う」
「おい」
あきれたような顔で兄を見るな。そこで比較対象にしてこなくてもいいだろ。
「茜。一応聞いとくけど、首を突っ込もうとか考えてないよな?」
「あ、うん。大丈夫だよ。力だけあっても平和に解決できる保証なんてないしね……本当に」
随分と実感がこもっている気がするので大丈夫だろう。
「茜さんはさすがですね。お兄ちゃんより冷静です」
「桐香はいちいち俺を落とさなきゃ気が済まないのか?」
ったく。俺が一番に危惧しているのは、こんな物騒な事件の解決に助力したとなれば、少なからず脚光を浴びることになるだろうことだ。
そうなれば俺や茜……解決した人間がプレイヤーであることを他のプレイヤーが知ることになる可能性は否めない。絶対とは言わないが、可能性がある以上は自分たちの状況を悪くしかねない要因にはかかわらないが吉だ。
「さて、桐香。そろそろ俺と茜は行くよ」
食べ終わった皿を持ち、立ち上がりつつ俺はそう口にした。
「え? まだ随分余裕あるよ? お兄ちゃん、いつもならギリギリに出て行くのに」
「茜が一緒なんだから。あんまり焦らせるわけにはいかないだろ?」
本当はギリギリのほうが、他生徒からの視線に晒される時間が少なくて精神的にはありがたいんだが……。まだ学校になれていない茜にギリギリを強いるのは酷というものだ。
「お兄ちゃんにしては気が利くじゃない?」
「にしては、は余計だっての。行こう、茜」
手に持っていた皿を台所のシンクへ置き、茜のほうへ目をやると茜もすぐに出られるといったふうに横に置いていた鞄に手を伸ばしていた。
「あ、うん。桐香ちゃん、またね」
「はいっ。またいつでも遊びに来てくださいね。首を長くして待ってますから」
「あ、うん!」
茜は桐香にいい笑顔で返すと立ち上がる。桐香は自分の食器類を手にすると、なれた手つきで片づけ始めた。
「あ、えっと。私も手伝ったほうがいいよね?」
「大丈夫ですよ。茜さんはお客さんなんですから」
「あ、うん。そっか、そうだよね」
なんだか茜は残念そうだが、手伝ってたら時間がギリギリになっちゃうからな。
「じゃあ桐香、行ってくる」
「はーい。いってらー……手をつないで仲良くねー」
「まったく……余計なお世話だ」
「あ、えっと……」
手をつなぐ? とでも言わんばかりの表情を向けるな。
「茜もいちいちまともに取り合わなくていいから」
「……あ、うん」
なんでちょっと残念そうなんだよ。そういうのやめてもらえませんかね。気があるのかと感違いしちゃうでしょ。
当然だが手はつながずに家を出て、二人並んで学校へと向かう。ゆったりと歩いて登校なんて久々だ。
いい天気だ。熱くも寒くもなく何とも陽気が心地いい。
すがすがしい呑気な朝も良いものだと、いつもは見もしない近所の風景を何気なしに眺めていると、
「あ、えっと……」
「ん? どうかした?」
今更無言が気まずいような仲でもあるまい。
「あ、うん。昨日はいろいろとバタバタしてたから。……なんか、こうやって時間に余裕ができると、何話したらいいのかなって……」
「そっか。まあ……そうだよな」
よくよく考えてみれば五年も連絡すら取れなかったのだ。物心ついた時からいつも一緒にいたとはいえ、親の蒸発は突然の事件だったし離れ離れになった後の一年間もゲーム内でのやり取りしかなかった。
俺にとっては半ば兄妹のような感覚で気兼ねなく接していたのだが、茜の気持ちも理解できなくはないな。
「茜は五年間一人だったんだもんな」
「あ……うん」
俺には桐香がいた。そういう部分で心に余裕があったのは大きいだろう。
茜はこの五年間を今まで一人で生き抜いてきたんだ。一人で
「俺たちのところに来ようとは思わなかったの?」
制作陣の子供の中で唯一、住居が変わらなかったのは俺たちだけだった。ほかは全員が散り散りに引き取られていったため、詳しい住所はわからなかったのだ。
「あ、うん。行きたいと思ったよ。でも、中学生が一人で行くには遠かったんだ」
「そっか……東北からだとどれくらいかかる?」
「あ、うん。新幹線使っても六時間くらい、かな」
「……まじか」
その距離を中学生が一人で行くのは生半可なことじゃないだろう。第一、いくらかかるんだ。中学生にとってはかなりの大金が必要なんじゃないだろうか。いくら茜の祖母が金持ちとはいえ、中学生が自由にできるお金には限りがあるだろう。
それに、過保護と噂のばあちゃんがみすみす一人でそんな遠出をさせるわけがない。
そもそもこの辺、電車で生活できるような地域じゃないもんな。交通の便まで悪いと来てる。
しかも……。
「連絡も取れないんじゃ、まだここに住んでる確証もないしな」
「あ、うん。自力で行けるかもしれないと思った時が中学二年の時だったんだ。その時点で離れ離れになって三年、連絡とれなくなってから二年は経ってたから、ここに来ても会える確証なんてなかった。それに三年もたつと幼いころの記憶はだんだんあいまいになってくるし……」
「……そうだよな」
常に触れ続けたゲームはともかく、それ以外のことなんて忘れていることの方が多い気がする。というか、茜たちと一緒にいた時間はリアルよりもゲーム内のほうが多かったような気さえする。
「大変だったな」
「あ……うん。霧生市で、お母さんの目撃情報があったって知ったとき、もしかしたら一輝くんたちにも会えるんじゃないかって思って。でも、ここに来るまで一輝くんの家の場所とか、そこまでちゃんとは覚えてなかったんだ」
「じゃあ、今朝はなんで……」
「あ、えっとね。昨日、一輝くんと再会して昔のことをもっと思い出したくなったんだ。それでなんとなく覚えのある場所を散歩してたら一輝くんたちの家が目に入って……あっここだって……それで気づいたらインターホン押してたんだ」
「……そう、だったのか」
「あ、うん。そしたら桐香ちゃんもいて……家の中で普通に話してそれで……」
「茜……」
茜はふと立ち止まる。一歩遅れて立ち止まった俺は振り返り、茜の表情に言葉を失った。
安心しきった様なその瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
「お帰り、茜」
「あ……うん……」
なんとなく茜の頭を撫でてしまった。そう言えば昔も落ち込んだ茜をこうやって慰めたこと、けっこうあったな。
この場所に俺も桐香も変わらずいて、久々だなんて思えないくらいに、みんなで普通に会話して。
そういう今でも続いている信頼や関係性を肌で感じるまで、この場所に帰ってきたっていう実感が湧いてこなかったんだろうな、きっと。
昔と何も変わらず俺たちに受け入れられた安心感とともに、嬉しさがこみあげてきたのだろう。
「茜に俺、何もしてあげられてなかったな」
「あ。う……ううん」
まだ、時間に余裕はある。ゆっくりと茜に寄り添う時間が、今は必要だろう。
大切な幼馴染を前にして、もう二度とこんな思いはさせたくないと心から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます