第一話「現実の事件」(中編②)

『本日午前三時ごろ、霧生きりゅうなか町にある居酒屋の従業員から店の裏手の路地に複数の人が血を流して死んでいる、と110番通報がありました。警察が駆けつけたところ、四十代から六十代くらいの男性三名及び二十代から三十代くらいの女性が見つかり、その場で死亡が確認されました。遺体には、大きな刃物で切り裂かれた跡や銃創などがあったということです。警察は遺体の身元の確認を急ぐとともに、遺体の状況などから事件の可能性もあるとみて捜査を進めています』




 今日は寝坊せずに済んだので、リビングでぼーっとテレビを眺めていると何とも朝から物騒な話だ。昨日もこんなニュースやってなかったか?


「お兄ちゃん。その事件、随分近いんじゃない?」


 台所から顔をひょっこりと出す桐香には、心配そうな雰囲気が微塵もなかった。


「なあ、桐香。興味があるのは結構だけど、近いんだから危機感持ったほうがいいんじゃないか?」

「んー。大丈夫でしょ」

「桐香ひとりならな」

「んー、そっか。でも、そんな仲のいい友達もいないし」

「……妹よ」

「なによ?」

「兄妹そろってボッチというのは……」

「お小言なら聞きたくありませ~ん。ほら、朝ごはんできたよ」

「お、待ってました」


 ダイニングテーブル席へと腰かけると無造作にトーストへ手を伸ばし一口。

 うん。今日もカリッと具合が俺好みだ。


「まったく、いただきますは?」

「え? うん、今日もうまいよ」

「そりゃどうも。でも、たまにはお兄ちゃんが作ってくれてもいいんだよ?」


 文句を言いつつもいつものように桐香は向かいに腰かけた。


「まあ……気が向いたらな」

「そう言って作ってくれたことないくせに」

「へいへい」

「……一応釘刺しとくけど、お兄ちゃんは気を付けてよ?」

「ん? 何に?」


 ボッチになる話だったら俺はもう手遅れだ。


「事件だよ。ニュースでやってたやつ」

「あぁ……」


 それか。


「でも、俺たちはプレイヤーだからなぁ。そう簡単には……」

「お兄ちゃんは自分のことわかってなさすぎ」

「え?」

「お兄ちゃんはこのゲームのことにはすごく慎重だけどさ、ときどき衝動的に行動する時があるから」

「そう?」


 それとこれと、どんな関係があるんだよ。


「……ニュース、ちゃんと聞いてた?」

「まあ、大体は」


 寝起きだったしな。半分聞き流してたところはあるかもしれないけど。


「体に銃創があったって言ってた。それって、この日本で発砲事件があったってことだよね?」

「……確かに」


 そう言われてみると想像以上に穏やかじゃないな。


「その上、切り裂かれた傷まであったとなると、猟奇的殺人だよ? ……それも立て続け。同じような事例が続いてる」

「……なるほど。でも、俺達プレイヤーの体はゲームのステータスが反映されてて人間離れした体になってるし、普通の銃弾が効くことはないだろ?」

「そう言う話じゃないの。お兄ちゃんは人助け病だから」

「……」


 なんだよ。その、人助け病ってのは。


「お兄ちゃんは良い歳こいてヒーローに憧れてるからなぁー。突っ込まなくていい首突っ込みそう」

「そんなことはない……と、思う」


 けど、そうだな。よくよく考えてみればこんな身近で起きた大事件。火の粉が知人に降りかからないとも限らない。いや、もう降りかかっているかもしれないのだ。


「お兄ちゃん?」

「ん……ん、なんだ?」


 しまった。つい、考え込んでしまった。


「首、突っ込まないよね?」

「……あ、ああ、もちろん」


 まあ、そうだな。とりあえず今すぐ首を突っ込む気はない。

 余計なかかわりを持ってしまったがために、周りを危険にさらしてしまうこともある。

 だが、警戒心は持っておかなければならないな。もっと、気に留めておくようにしよう。


「桐香も首突っ込むなよ?」

「私はそんな面倒なことしないもん」

「どうだかなぁ?」


 あとは、茜にも首を突っ込まないように言っておかないとな。あいつもお人よしだから、近所でこんなことがあったら心中穏やかじゃないだろうし……って、


「あ」

「ん? どうしたのお兄ちゃん」

「あ、いや」


 茜が帰ってきたこと、桐香に言ってない。

 そう思ったまさにそんなタイミングだった。インターホンの軽快な電子音が来客者の存在を知らせてきたのだ。


「こんな朝早くに誰だろ?」


 桐香は面倒くさそうに立ち上がると、ドアホンの通話ボタンを押して固まってしまった。


「ん? どうした桐香」

「……茜、さん?」


 どうやら茜の帰還を伝える必要はなくなったらしい。


『あ、うん。来島茜です。……桐香ちゃん?』


 ドアホンから漏れる茜の声を聞き、俺も桐香の後ろから画面をのぞき込む。

 うん。間違いなく茜本人ですね。


「……桐香。言い忘れてたんだけど、茜がこっちに戻ってきたらしいよ」

「見ればわかるよ! なんでもっと早く言ってくれなかったかなぁ!」

『あ、えっと。桐香ちゃんは知らなかったの、かな?』


 困ったように笑う茜の姿が画面に映る。


「お兄ちゃんのマヌケっ! 茜さん、今行きますねっ!」


 桐香が我先にと脱兎のごとく駆け出した。てか、いや俺はマヌケではないだろ。

 画面にすぐ、桐香の姿も映った。さて、俺も他人事のようにここから様子を眺めていても仕方ない。

 玄関先へ行くと、二人が随分と仲よさそうに再会を喜んでいた。

 さて、水を差すようで悪いがこのまま放っておいたら茜の用事が済まないだろう。


「おはよう、茜」

「あ、一輝くん。おはよう」

「どうした? 遊びに来るには、ちょっと早い時間じゃないか?」

「あ、うん」

「てか、よく俺の家がわかったな」

「あ、うん。昔と場所、変わってなかったから」

「それもそうか。それで?」

「あ、うん。……その、一緒に学校行こうかなって」

「……」


 なるほど、クラスメイト達にさらなる話題の種を提供して、俺を追い詰めようというのですね。

 ……いや、クラスメイト達だけではなかったな。


「お兄ちゃんと茜さんって……そういう関係だったんだぁ~、ふーん」


 面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりの表情で、俺の顔をのぞき込んでくる我が妹が一人。学校だけでなく家までとか勘弁してくれ。


「あ、えと。……あのね、桐香ちゃん」

「まあまあ茜さん。こんな玄関先で立ち話じゃなんですから、上がってくださいよ」


 ふと時計に目をやるも、家を出るにはまだ少しばかり早い、か。


「あ、えっえと……うん。じゃあお邪魔します」

「茜さん、どうぞどうぞ」


 いそいそとスリッパを用意すると、桐香はリビングへと足早に戻って行った。

 何をそんなに急いで戻る必要があるんだかな。


「あ、えと。お邪魔します」

「茜、それはさっきも言っただろ?」

「あ、うん。そうだった、ね」


 俺の家にあがるのに、まさか緊張しているのだろうか? いや、さすがにそれは考えすぎか。

 茜がスリッパをはいたのを確認すると、俺も茜を連れリビングへと戻った。


「さ、茜さん。どうぞどうぞ」


 俺の座っていた席の斜め前にはお茶とお菓子が。なるほど、これを用意するために急いで戻って行ったのか。何とも気の利いたやつだ。


「あ、うん。桐香ちゃん、ごめんね。気を使わせて」

「いえいえ。当然のことですよ」


 桐香はいそいそと椅子を引くと茜を半ば強引に座らせ、自分も向かいの席へ戻った。それに続き俺も腰かけると、


「お兄ちゃん」

「ん? なに」

「茜さんとはいつ籍をいれるの?」

「……は?」

「あ、えと。……うん。えと……」


 茜、赤面して縮こまるな。それは余計に桐香を調子づかせるだけだ。


「桐香、冗談が長すぎる。あんまりしつこいのは嫌われるぞ?」

「別にいいんだよ? 本当に茜さんがお義姉さんになってくれても」


 あまりにも話が飛躍しすぎだ。てか、俺の話は無視か。


「あ、えっと。桐香ちゃん。違うんだよ? ……とりあえず今のところは」


 なんだ、とりあえず今のところはって。今後がありそうな紛らわしい言い方をするな。

 とりあえず話題を変えなければ。……そうだ。

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