第一話「現実の事件」(前編②)

「あ、うん。ごめんね。でも、嘘は言ってない」


 まあ、そうなんだろうな。だからこそ余計にたちが悪い、というか確信犯だろうが。


「悪気はないのかもしれないけどさ。茜はどこからどう見ても美少女なんだから、俺の立場とか居心地とかを考えてくれよ」

「あ、えっと。……美少女」


 茜は俺の言葉に顔を赤く染め上げ、うつむく。そういうしぐさ一つ一つで、簡単に惚れてしまうのが男という生き物なんだと教えてやりたい。


「あ、えっと。一輝くんの友達とかに謝ったほうがいいかな?」

「いや、それは別に問題ないというか……」


 孤立している俺に、そんな相手なんていないわけで……。


「あ、でも。……一輝くんに悪いし」

「……」


 別に、断じてぼっちではないのだ。人と関わるのが面倒というか、あれだ。変な事件とかに巻き込んだりしたら悪いし……。いや、本当だよ?


「茜、気にしないで。しつこいのは嫌われるよ?」

「あ、え、うん。わかった」


 少し強めに言ったら引き下がったな。昔と変わらず、引っ込み思案なんだろう。それにしちゃあ、なかなか目立つ格好というか、髪型というか。

 ツインテールの高校生ってかなりの少数派だろうし、しかも、それがここまで似合うやつもそういないだろう。


「あ、そうだ一輝くん」

「ん?」

「あ、えっと。桐香ちゃんは元気?」

「ああ、元気だよ。今度遊びにおいでよ」

「あ、うん、もちろん行くよ」


 茜は桐香と仲が良かったからな。桐香も喜ぶだろう。


「あ、その……」


 茜は何か聞きづらそうに目を泳がせていた。

 いったい何を……いや、一つしかないか。


「Real/Gameの話……?」

「あ、うん……その、今後なんだけど……Real/Game の話をするのは避けたほうが良いかな?」


 聞きづらそうにしていた理由がパッとは出てこなかったが、まあそれはそうか。どんなプレイをしているのかによって、競い合う可能性もあるわけだしな。

 本来、Real/Gameというのはそういうゲームだ。安易に相手プレイヤーに自分の情報を渡すのは、今朝のアホJKプレイヤー女子高生くらいなものだ。いや、まあ俺たちの場合、今更な気はするが。


「茜は、俺と戦う気があるの?」


 こんなことを聞いてくるということは、そういう可能性も念頭に入れているということなのだろうか。


「あ、え!? 違う、違うよ! 一輝くんを疑っているわけでもないから!」

「……ならなんで?」

「あ、うん。……だってデスゲームだし、日常生活で言うのはマナー違反かな、とか。嫌かもしれないと思って」

「ぷっ」


 つい吹き出してしまった。


「あ、えっと……なんで笑うの?」

「いや、何年経っても茜は変わんないなと思っただけだよ」


 バカみたいな気遣い屋で、いつもレス反応遅かったもんな。


「お帰り茜。って言うのも変な話かもしれないけど、俺もまた会えてうれしいよ」

「あ……うん。ありがとう」


 茜の本日一番の満面の笑みを一人占めした気分を味わっていると、予鈴が鳴った。


「時間か。やれやれ……戻りたくないな、めんどくさい」

「あ、えっと。……もしかして、照れてる?」

「……どうだろうね。さ、行こう」

「あ、うん」


 まあ、なんだ。茜との仲が悪くなることは考えられないし、今後いろいろ悪目立ちするのはめんどくさいかもしれないけど、そんな新しい日々も楽しいのかもな。




 なんて、思っていた時期が俺にもありました。




「あ、えっと。疲れてる? 大丈夫?」

「……まあ、なんだ。大丈夫、だよ。うん」


 放課後、俺は茜に迫りくる数々の勧誘を潜り抜け、学校を脱出することに成功した。

 茜が美少女であることは、十二分にわかる。でも、だからって度が過ぎているだろう。俺との特別な関係を勘ぐってくれるなら、それはそれで放っておいてくれると助かるんだが。


 部活がない奴が暇なのはわかるが、茜と遊びたいやつ多すぎだろ。いや、茜本人が行きたいなら俺も止めはしないんだが、どうやら自分で断るのは気が引けるらしく、遊びの誘いも部活見学の誘いも受けるたびに俺をじぃーっと見つめてくるのだ。

 俺はなにか? 茜のマネージャーか何かか? それなら今度からは、事務所を通してくださいって言おう。


「あ、えっと。一輝くん……ごめんね、迷惑かけて」


 通学路を並んで歩きつつ、茜が申し訳なさそうにうなだれた。

 美少女との下校というだけでもかなりのレアイベントだと思うのだが、これではどうにも気分が乗らないではないか。


「いや、まあ別にかまわないけどさ。ずっと、こんな感じなの?」

「あ、えっと。それは……」

「前の学校で何かあったの?」


 あまり言いたくないことだったろうか。


「あ、えっとね。私、プレイヤーだから……。無関係の人を巻き込みたくない、から……」

「そっか……」


 うん。とりあえず、この話題は重いな。何か違う話題を……。


「そういえば、東北のばあちゃん家に引っ越したんだったよね? どうしてこっちに戻ってきたの?」

「あ、うん。……実は、お母さんがここにいたって情報が入ったの」

「お母さんって、彩音さんが!?」

「うん」

「それが本当だとしたら……なんで今になって霧生市に? もしかして、親父も一緒なのか?」

「あ、えっと……そこまではわからない、かな。ごめん」

「いや、茜が謝ることじゃないだろ?」

「あ、うん。そう、かな? でも、きっと一輝くんもお父さんのこと探してたと思うし……」

「大丈夫だよ。これだけ会えてないんだ。そこまでショックはないさ」


 Real/Gameのサービス開始と共に親父は蒸発した。それはReal/Gameのサウンドクリエイターだった茜の母、彩音さんも同様だった。

 俺は親父のお姉さん、つまり伯母にあたる桐原奈々さんに金銭的な援助を受け、妹と暮らしている。茜は母方の実家に引き取られた筈だ。

 来島家は母子家庭だった為、他に頼る当てもなかったのだろう。まあ、来島の実家は金持ちなうえ、親バカならぬ祖母バカだからな。何一つ心配はしていないが……。


「それにしても、あの婆ちゃんがよく許してくれたな」


 とんでもなく過保護だと、前に聞いた覚えがあるんだが。


「あ、うん。……反対されたよ。でも一所懸命お願いしたら、お婆ちゃんも一緒なら良いよって。お母さんが住んでた別荘もそのままだったし……なんだかんだ引っ越しに時間かかっちゃって、変な時期の転校になっちゃったけど」

「……別荘」


 確かに、そんなものがあったような気もする。

 一回くらいしか行ったことなかったと思うし、場所もいまいち覚えてないけど。


「いつ頃までこっちにいる予定なの?」

「あ、えっと……最低でもお母さんを見つけるまでは、かな」

「そっか」

「あの日……お母さんたちがいなくなった日のこと……覚えてる?」

「……もちろん」


 忘れようと思っても、忘れられるものではない。


「あの日、朝起きたら誰もいなくて、みんな寝ちゃっててすごく怖かったの。今でも、あの日のことが頭から離れなくて。夜、うなされて起きることもあるくらい……」

「そう、だよな……」


 当然、俺も寂しさはある。親父の行方を知りたいし、真意も聞きたいと思っている。けど、もう何年間も親のいない日々を過ごしているし、どこか落としどころを見つけるために、仕方ないのかな、と諦める部分も出て来てしまっているのも事実だった。


「あ、うん。一輝くんは、そういうことない?」

「……どう、なんだろうな」


 今朝というか昨晩というか、夢で見たばかりだが、別段うなされたって感じでもないのかもしれない。それでもやっぱり、あの日のことが俺の心の奥に消えずに残っていることは確かだった。

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