第一話「現実の事件」(前編①)

 ……俺は、五年前レベル100になった。


 Real/Gameは俺の人生だった。

 消息不明になった親父に託された俺の人生。

 俺は親父の敷いたレールの上をただひたすら歩いてきたのだ。

 

〝エンドロールのその先を目指せ〟


 親父が残したその言葉だけを頼りとするように、俺はそれが運命だとすら思って生きてきた。


 だからこそReal/Gameでレベル100最高レベルに達した時、俺は達成感とともに焦りを感じていた。

 何も答えがなかったら、と。何をどうしたらいいのか自分で考えてはいなかったから。

 だからこそ、次いで届いたメッセージに俺は安堵していた。




 ――ゲーム内での最高レベル。レベル100に達したプレイヤーに連絡します。

 レベル100のプレイヤー限定クエストを始まりの町、クエストボードに発布中。

 レベル100以上の強さを求める者の受注を推奨します。




 終わりではないという事実に、俺は安堵していたのだ。

 親父が用意した最終関門。俺達は何故このゲーム内での強さを求められたのか。その答えがあるのではないかと期待した。

 だが……裏クエストはそう難しいものでもなかった。

 ソロで上級ボス四体を倒すのは、俺にとってそう難しいことではなかったから。




 ― Quest Clear!




 クリア時に表示されるメッセージに続き、一通のメールが運営から届いた。

 内容はこうだ。




差出人:運営

宛て:Glanz

本文:クエスト「さらなる高みを目指して」クリアおめでとうございます。

つきましては現実世界に舞台を移し、さらなるレベルアップをするか、またはこのままゲーム世界でのプレイを続けるか選択する権限が与えられます。

ただし、選択できるのは今回限りとなります。

現実世界でのプレイを選択した場合、ゲーム世界に戻ることはできません。

現実世界でのプレイには、新規約が適応されますので、ご了承ください。




 これは間違いなく、条件達成者に対して自動送信設定がされた定型文面だろう。

 これが、ふざけている訳じゃないのを直感で理解した。きっと、エンドロールのその先と言うのはこれだったのだ。そう思った。

 メールを一番下までスクロールしていくと、二つの選択が表示ポップアップされた。




 ゲーム世界でプレイを続ける。

→現実世界でのプレイを始める。




 躊躇なく選ぶと警告メッセージがさらに出てきた。




*警告* 現実世界でゲームを開始します。選択すると、二度とゲーム世界には戻れません。それでも宜しいですか?


→はい

 いいえ




 答えは、もちろん決まっていた。

 エンドロールのその先に親父はいるはずだ。


 ついに会える。このゲームの真相を、失踪の真意を教えてくれるはずだ。

 そんな俺の淡い希望は打ち砕かれることになる。

 肯定を選択した瞬間、いきなりゲームは強制終了され、二度とログインや起動ができなくなっていた。



 ……それだけだった。



「……で、今にいたるわけだけど……同じだろ?」

「あ、うん。Real/Game レベル限界到達者限定クエストに私たちは挑戦したんだよね。ソロクエストだったから各々別々に」

「ああ。そして、全員が現実世界でのプレイを迷うことなく選んだんだろうな」

「あ、うん。私もそうだったよ。それ以外の答えがなかったから」


 お昼休みになり、逃げるように教室を後にした俺たちは屋上に続く扉の前で昼食をとっていた。


「けどまあ、まさか現実世界での連絡方法が無いとはな。わかったときはどうしようかと思ったよ」


 せめて旧世代のゲームのようにチャット機能でもあれば良かったんだが。おかげで五年間も連絡が取れなかったわけだし。


「あ、うん。私たち共通で接点がある人なんて親同士くらいだったしね……」

「まったくだ」


 その辺の打ち合わせくらいしてから現実世界でのゲーム開始を選んでも良かったのに、と今更ながらに思うが……まあ、当時の俺は親父が見つかるかもしれないということで頭がいっぱいだったからな。というか、連絡が取れなくなるかもしれないという発想がなかったわけで……。


「それにしても、茜は随分とモテモテだよな」

「あ、えっと……嫉妬?」

「んなわけあるか」


 ただし、茜に巻き込まれることがなければこんな埃っぽいところで購買のパンをむさぼることもなかったろうけどな。




 そう、それは朝のホームルーム終了後のことだ。




 遅刻したことで教室の外に連れ出された俺は担任に、


「知り合いならよかった。今日の遅刻は目をつぶってやるから、お前がいろいろ面倒見てやれ」

「え」


 いや、もう高校二年生にもなって他人に面倒見てもらう必要なんてないだろ。


「初めての環境で慣れないこともあるだろうからな。しばらく頼む」


 見るからに、中年教師って感じの薄い頭をかきながら眼鏡越しに俺を見つめるな。だが、遅刻した手前、断ることもできまい。


「わかりました」

「よろしく頼むぞ」


 それだけ言うと、ビールっ腹を重たげに揺らしながら教員室へと去っていった。

 どうでもいいが、あの体系にだけはなりたくないな。不摂生な生活にならないようにしなければ。

 などと頭の片隅で考えつつ、教室へと戻ると茜の机の周りに人だかりができていた。

 そりゃそうか。こんな美少女の転校生などラノベかアニメの中でしかお目にかかれないもんな。

 さてどうしたもんか。とにかく、茜が俺の後ろの席になってしまった以上、気づきませんでしたって訳にもいくまい。

 どう穏便に済まそうかと頭を悩ませながら見て見ぬふりをしつつ、自分の机に座ったのだが。


「あ、一輝くん」


 茜が余計な一言を発してしまったため、人だかりの注目が一斉にこっちへ向いた。

 勘弁してくれ。


「桐原君は、茜ちゃんとどんな関係なの?」


 とは、クラスメイト女子の一言である。人数多すぎて誰だか特定できないが、俺のことは苗字呼びで、茜には名前呼びとは距離の詰め方尋常じゃないな。


「ただの昔馴染みだよ」


 後ろも振り返らずにそう一言いうと一瞬静まり返ったあと、


「ふーん」


 と誰かがこぼしたのを皮切りに、また茜へと質問責めが始まったのだが、


「あ、えっと。待って」


 あたふたしていただけの茜がそう言った後、さらに爆弾が投下された。


「あ、えっと……一輝くんは私にとって大事な人で」

「え?」


 と、返したのは俺だ。

 さすがに後ろを向いたね。そこには助けてくれと顔に書いてある茜と、憎悪にまみれた男どもの眼力と、興味津々な女子たちの姿があった。


「茜。冗談はその辺に……」

「あ、えっと……冗談じゃないもん。会いたかったよ、また会えて嬉しい」


 そうして、女子たちの黄色い声と男子たちの殺気に囲まれて、今日という日がスタートした。おかげさまで休み時間のたびに茜の面倒を本当に見ることになり、気まずい午前中を送ったのち、逃げるが勝ちと言わんばかりに逃走を図ろうとした昼休みにも、


「あ、えっと。一緒にお昼食べよ?」


 という茜の誘いをクラス全員の前で断るわけにもいかず、かといってこんな居心地の悪い教室で食べる気もおきなかったので、こうして茜を強制連行し、人気のない屋上入り口前までやってきたわけだ。

 それにしたって、


「大事な人はないだろ」


 不満をハッキリと伝えつつ、菓子パンを一口頬張る。

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