プロローグ(後編)

「間一髪だったね、女子高生さん」

「……お礼は一応言うけど。あんたもプレイヤーでしょ? なんなの?」


 折角助けてあげたのに女子高生さんは睨んできやがる。まったく礼儀がなってないな。

 だがまあ、こうして落ち着いて見ると可愛いな。三つ編みメガネにセーラーとかこっちもこっちで古い気もするが整った顔立ちだし……じゃなかった。


「単刀直入に言うけど、NPC一般人に対して魔法使わないほうが良いよ?」

「っ……うるさいっ! なんで初対面のあんたにそんなこと言われなきゃならないのよ! だいたい、あれはただの麻痺異常の魔法だし!」


 簡易魔法を展開させて照準を俺に合わせてきた。何とも厄介だな……。


「相手の技量も測れない。だから容易に魔法を発動する。PVP対人戦闘になったら勝てないとは思わないの?」

「私はレベル180越えよ! そう簡単には負けないわ」


 容易にレベルを言ってしまうところも減点だ。……いや、ブラフだろうな。こんな奴がレベル180になれるわけないし。


「本当にたちが悪いな。その技量で本当にレベル180越えだとしたら、お笑い草だよ。運よくレベルを上げられたのか?」

「バカにしないでよっ!」

「いや、だってプレイヤースキル技術がお世辞にも高いとは思えないし」

「どこがよっ!」

「あのなぁ……。ゲームと同じパラメーターが適応されているプレイヤー相手には、麻痺効果のある魔法に過ぎなくてもNPC一般人に使ったら死ぬぞ? 魔法はINT攻撃魔法力依存で加減がきかないから現実だと危険きわまりないんだ。NPC一般人殺害のペナルティーを忘れたわけじゃないだろ?」

「何よ偉そうに!」

「はぁ……。魔法系職だってNPC一般人を肉弾戦で圧倒するくらいわけないから。そのくらいの技量もないのにその態度はさすがに自惚れがすぎるんじゃない?」

「ぬぅ~っ!」


 俺の正論に返す言葉もないようだが、それでも立ち去るでもなく睨みつけてきやがる。さすがに自分の未熟を理解したのか魔法は解除したみたいだけど。


 それでも逃げないということは勝算があるのか?

 それともただのバカか?


 バカなだけならいいが、俺の力量を垣間見た後でこれだけ大きい態度が取れるということは、それだけ強力な仲間がいるということかもしれない。

 とはいえ俺への攻撃をやめたということは、そのお仲間は今ここにいないのだろうが、ひそかに増援を呼んでいて時間稼ぎをしている可能性もある。

 高レベルプレイヤーに囲まれたらさすがに厄介だ。

 さっさと立ち去るのが正解だろう。


「じゃあな、気を付けろよ」

「ぬぅ~」


 最後まで背後から睨みつけてきているのがわかった。

 だが、俺は振り返らずに足早にその場を後にした。


 それにしても……久々に会ったな、リアルのプレイヤーに。


 Real/Gameのプレイ人口は約五千二百万人だと言われていたはずだ。そのうちいったい何人が、リアルにステータスを引き継いだのかは知らないが……。

 あんな天然ボケみたいなやつまで現実世界で戦っているとなると、そのうち世間にも知れ渡るかもしれないな。昼夜問わず、人目を忍んでプレイヤー同士が殺し合いをしているという事実が……。


 今はまだ、プレイヤーしかこの事実を知らない。規約による拘束もあって、知られないほうが都合が良いからだ。

 だが、俺はこの事実が世間に知れ渡ればいいと思っている。そうすれば、俺の目標も達成しやすくなるだろう。


 けど、警察とかに言っても信じてもらえないだろうし……。それに万が一、周知の事実になった結果、被害が拡大してしまったら……。悪用する人も出てくるかもしれないし……。

 さっきの女の子も、こんなことに巻き込まれていなければ普通の女子高生だったろうに、なんて思うと複雑な気持ちになる。


「って、時間! ……九時ジャスト」


 遅刻は決定だ。これ以上無駄な体力を使っても意味がないし、ゆっくり行くか。



 と、思いつつも罪悪感で足早に学校へと向かった。

 そのおかげかはわからないが、十分足らずで学校についたのは想定外だった。



 走れば間に合ったかも……などと今更思っても仕方ないか。

 遅刻には変わりないが、ギリギリホームルーム終了に間に合いそうなのだから良しとしよう。


 廊下には誰一人生徒はいなかった。各クラス、ホームルームの真っ最中なのが雰囲気からも感じ取れる。

 別にこういった空気が苦手と言うわけではないが、やはり気分の良いものではない。と、そんな事を考えているうちに自分のクラスの前についていた。


 中の様子は窺えないが、担任教師の森田の声が響いている事をふまえると、ホームルーム真っ最中と言うことで間違いないだろう。

 どうせ、いつものように聞いても聞かなくても良いような話だろう。と思っていたのだが、どうやら俺の予想は少しばかり外れていたらしい。

 その事を教室から漏れてきた声が教えてくれたのだ。


「あ、えっと来島茜です。これから、よろしくお願いします」

「えっ!?」


 懐かしい。

 一番に思ったのはそんな他愛もないことだった気がする。

 体が動かなかった。頭が、脳が停止したかと思った。本当に止まったら死ぬけどさ、そう言う意味じゃなくて。


 その懐かしい声は自分を来島茜と名乗った。その名前と、事実に身震いしてしまいそうになった。

 永遠と感じられた数秒間を自らぶち壊し、思い切りドアを開ける。今に思うとよく壊れなかったよな、このドアは。

 もちろん、クラスメイトが一斉にこっちを向いたよ。でも、そんなこと全然気にならなかった。だからかな、気付いたら俺は大声で彼女の名を叫んでいた。


「茜っ!」

「あ、えっ! 一輝くん!?」


 驚いたようにこちらを見る紅の瞳。

 幼い日の記憶にあった茜より身長も高く、髪も長くなっていた。

 彼女の美しい茜色の髪はあの頃のまま、ツインテールだけが長くなっていた。

 身長は平均より小さいけど……。いや、なのになぜ胸部はあんなに主張しているんだ。

 それだけ容姿が変わっても間違いなく茜だ。

 ……六年以上会っていなかった俺の幼なじみがここにいることは不思議で、そこには意味があるはずなのに、俺はそんなことにも気付かず、ただ呆然と立ち尽くしてしまっていた。





 ***





 家庭用ゲーム機の開発・販売に重点を置く、日本の多国籍コングロマリット複合企業フルダイブ完全没入型VRゲームシステム『Ryu‐Ge』を完成させたのは、俺が八歳のころの話だ。


 『Ryu‐Ge』は、ゴーグル状の画面を顔にかけ、全身の各部位に取り付けられた感知式コントローラー『VR‐C1』が使用者の意思を理解し、ゲームに反映させるというものだった。それはまさにフルダイブシステムといえよう。


 その画期的なシステムに発売当時は、連日ニュースに取り上げられる程のお祭りムードだったものの、重要なソフトがクソゲーばかりで結局ゲーマーの興が冷め、お祭りムードはどこかに飛んでいってしまっていた。


 そんな中、一つのMMOアクションRPGがフリーソフトとして個人から配信された。その名も『Real/Game』。


 『Ryu‐Ge』のシステムを最大限に生かしたゲームシステムは、今までにないほど精巧なもので、ゲーマー達のほとんどがプレイするメジャーゲームとなった。


 当然、誰が作ったのかと多くの者がその正体を暴こうと躍起になった。だが、その正体は調べれば調べるほど謎に包まれていて、多くの噂が飛び交った。手掛かりと呼べるようなものはほとんどない。初めてゲームを起動したときに表示される『このゲームは君達の現実になる』という一言以外、制作クレジットすらないのだ。


 それでもゲーム業界は諦めなかった。各ゲーム会社は、その制作者を自分の会社にスカウトしようと探し続けている。


 だが、今に至っても消息すらつかめていない。






 Real/Game開発責任者であるが蒸発してから、すでに六年以上が経過していた。

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