プロローグ(前編)
――
「一輝」
「親父……?」
あの日のことを俺は今も覚えている。あの当時、俺は小学四年生だった。
Real/Gameのサービス開始当日の朝の出来事だ。
前日の夜は最終調整のテストプレイということで、俺たち
そのまま、全員で倒れ込むように寝てしまったのだが、俺は親父の声によってぼんやりと目を覚ましたのだ。
眠い目をこすり、親父の姿を見ようとするも逆光で表情まではうかがえなかった。けど、
「良いか一輝。このゲームは現実になる。……エンドロールのその先を目指せ」
そう言われたことだけは、今でもハッキリと覚えている。
「え? エンドロールの……その先?」
俺の疑問に答えることなく、親父はそのまま立ち去っていった。
なんだろうとは思ったものの、睡魔に勝てなかった俺は起きたらまた聞けばいいや、と呑気に考え重い瞼を閉じた。
……それが、親父との最後の会話になるとも知らずに。
「一輝くんっ!」
悲鳴にも似たその一言で、俺は再び目を覚ました。時計を見るともうじきお昼になろうと言った時間で、あまりにも寝すぎたので怒られたのかと思いきや、そうではなさそうだ。
「一輝くんっ! うぅぅっ」
声の主は
いつもツインテールにしている茜色の髪は下ろされたまま、一人泣いている。
「どうした? 茜」
小学四年生になったとはいえ、茜が泣いているのは別段珍しくもなかったため、俺は体を起こし頭を撫でてやる。
「まずは落ち着いて。何があったのか説明できる?」
「うぅぅっ……お母さんがいないの」
「お母さん……彩音さんが? よく探した?」
「あ、うん。開発室にも家の中にもいないの」
「茜の家のほうは?」
「いないの……」
「……どこか出かけたんじゃないの? 親父とか、ほかのお父さんかお母さんは?」
「いないの……」
それを聞いて、急に焦りがこみあげてくる。
「いないって……誰も、いないの?」
「うぅぅぅっ……誰も。いないのっ」
「っ!」
再び泣き始めた茜を放置してあたりを探すも、誰一人としていなかった。親父は勿論、彩音さんやほかの親の姿も見当たらなかった。ほかのみんなは寝ているし、最初に起きたのが茜だっていうならだれも出て行くところを見てなんて……。
「っ!」
今朝のことを思い出す。俺の枕元で親父が言った言葉を……。
「くそっ! どういうことだよ!」
俺は、みんなのところに戻り叫んだ。
「起きろっ! 誰もいなくなってる! 早く起きて探すんだ!」
俺たち幼馴染は全員総出で探した。住んでいる家やマンション、ゲーム開発に使っていた部屋。でも、どこにも親父たちの姿はなくて……。
「お兄ちゃん……」
家の玄関先で途方に暮れていた俺の元にやって来た妹が、服の裾を引っ張ってきた。
「……なに?」
「これ……」
「っ! これは……」
――このゲームは君達の現実になる。エンドロールのその先で待っている。
置手紙。
そう言っていいのだろうか。
俺たちの元に残されたのはそれだけで……。
すぐに泣きだしてしまった妹を抱きしめながら俺は、自分は泣かないようにと必死に涙を我慢していた。
「……ちゃん!」
そうだ。妹はあの日もこんなふうに必死に叫んで泣いていた気がする。
「お……ちゃん!」
いや……こんな勢いだったか? それになんだか体も痛い。
いったい何だよ……
「お兄ちゃん!」
「うおっ!」
「あ、起きた」
我が妹である
妹は俺の一つ下。つまり十六歳、高校一年生のはずなんだが……相変わらずの幼女体系。
まるで切らずにいる黒髪ばかりが身体の成長を無視して伸び続けている。
「学校遅れるよ、お兄ちゃん」
「え?」
部屋の時計へ目をやると、
「やべぇ! 遅刻する!」
ホームルーム開始まで三十分を切ろうとしていた。
反射的に勢いよく起き上がる、と。
「ちょっと、まっ!」
という桐香の悲鳴に続き、鈍い音が響いた。
「わざわざ起こしに来てあげた健気な妹にそれはないでしょ!」
「悪い悪い」
ベッドから転げ落ちたときに頭をぶつけた床を心配そうに確認する桐香を尻目に、俺はパジャマを脱ぎ捨てた。
「お兄ちゃん。ちょっとは羞恥心ないの?」
「妹にそんな羞恥心持ってどうするんだよ」
というか、そんなことを言うくらいなら無断で俺の部屋に入ってこないでほしいもんだ。などと文句を言う時間も惜しい。必死に身支度を整えつつ、リビングへ。桐香も後からついてきていた。
「お兄ちゃん、ご飯は?」
「パン一枚でいいよ」
洗面所へ駆け込むと、寝癖を水で簡単に直していく。桐香は台所に行ったのでパンを用意してくれてるのだろう。
焦りで手元が狂いながらも髪をいじくりまわしていると、つけっぱなしにしているテレビの音がふと入ってきた。
『昨夜未明、
聞きなれた地名だったから自然と耳に入ってきたのだろう。なんとなくリビングへ戻ってテレビを見てしまう。
「……物騒な話だな」
「はい、お兄ちゃん。サンドイッチ」
「おお、サンキュ」
ありがたいことに簡単なサンドイッチを作ってくれていたらしい。ハムとレタスはうまいからな。
「お兄ちゃん。急がないと遅刻だよ?」
「そうだった! 行ってくる!」
サンドイッチを口にくわえながら、慌てて玄関へと駆け込み、適当にブレザーを羽織ると。
「行ってらっしゃーい!」
という桐香の声を聞きながら家を飛び出す。
学校が遠いと、こういうとき大変だ。我が家には、自転車なる文明の利器もないので尚更に。
桐香の通っている学校は家から近いが、残念ながらそこに通えるほどの学が俺には無い。
愚痴を言っても時間が巻き戻るわけでもない、と細い裏道を使い、必死に走った。これでどうにか間に合うはずだ。
……と、思ったのだが。最大のミスはこの道を選んでしまったことだろう。
「うおっ……」
やばい。思わず声に出してしまった。
三つ編みメガネの女子高生が如何にもな不良四人に囲まれていたのだ。
……声を出してしまったせいで俺の存在に気づかれた。全員睨んできてるし。
ったく仕方ないな。
サンドイッチの最後の一口を食べ終えつつ、俺は不良たちの前へと出て行く。
「えーっと、不良さんがた。その
ほっとけば良い、ってそりゃあちょっと気の毒だろうよ。このまま放置しといたら、不良連中が可哀想だ。
「んだ、てめぇ! 俺らに喧嘩売ろうってのか!」
うわぁお……何というテンプレ解答。テンプレはその珍妙な金髪リーゼントだけで十分です。
「まあまあ、不良さん。この場は諦めていただけませんかね? でないと殺されかねないですよ?」
「んだと!? なめてんのかコラァ!」
今の不良も漫画に出てきそうな喋り方するんだな。
っと、それよりも先に止めとかなきゃならん相手がいるんだった。
「そこの女子高生さん。俺がどうにかしてあげるから、その魔法はやめてあげて」
「っ!」
女子高生は驚いて目を見開き、魔法の発動を止めた。よし、これで大惨事は防げたはずだ。
「魔法だとぉ!? はっお前、頭おかしいんじゃねぇか? なめてんじゃねぇよ!」
如何にも頭悪そうなお前等には言われたくない。
とは言え、不良達は完全に敵意むき出しだ。
さて、どうしたもんかねぇ。
「てめぇ! 痛い目見なきゃわかんねぇようだなぁ!」
威勢が良いねまったく。たった四人で俺一人に襲いかかるか。
金髪リーゼントのリーダー格が勢いよく殴りかかってくる。ちょっと間合いが狭すぎて手加減できないな。避けるか。
「っと!」
俺は軽く後ろに飛んだ。まあ、軽くと言っても五メートル程飛んだので不良達を驚かせるには十分だったようだ。その証拠に不良達の足が止まっている。
俺はその隙を見逃してやるほど優しく無い。
とっても最大限加減をしつつ、回し蹴りで虚空を裂いてやった。その回し蹴りにて発生した風圧は、瞬く間に不良達を吹き飛ばす。壁への衝突と共に気絶した不良達は軽い怪我はあるようだが、死んでもいなきゃ重傷でもないようで安心した。
これなら放っておいても問題ないだろう。
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