ベッタベタな第六感
浅葱
ベッタベタな第六感
俺の勘はよく当たる。
「幼なじみの山内恵子は俺と恋人になる。これは俺の勘だ」
口にして、ないな、と即思った。口にしたらそうなるかなって思ったんだがそんなことはない。なんとなく、山内は斜め後ろの席の猪俣と付き合い始めそうな気がする。
そう、俺の勘はよく当たる。
他人のことでは。
一週間後、真っ赤になった幼なじみから猪俣と付き合い始めたと教えられた。
「へえ、おめでと。いつから?」
「き、昨日から」
ほーら、な。
自分以外についての勘はよく当たるんだこれが。
失恋決定だよこんちくしょう。
前は登校途中で道を歩いてて、ふと目の前を歩いている女子がなんとなく倒れそうだなと思った。そうしたらふらり、と本当に倒れそうになったから慌てて抱き止めた。
「大丈夫か?」
「さ、触らないでっ!」
どうやら触れてはいけないところに触れてしまったようだ。手には柔らかい感触が……やべ、と思った時には俺の頬には真っ赤な紅葉が。なんつーかベタだよなぁ。
目の前の女子が倒れそうだなって勘は働いたのに、その後自分がひどい目に遭うっていうような勘は働かなかった。なかなかひどい。
「ごめん」
謝って急いで踵を返した。警察とか呼ばれなきゃいいなと思った。
だからって助けないって選択肢はないんだけどな。
もちろんこの真っ赤な頬については友人たちに笑われた。面倒だからそのまま登校したんだよ。
「保健室行って湿布かなんか貼ってもらえば?」
あの時は山内に保健室へ連れて行かれて、ちょっと役得だなと思ったものだった。ちょうど保健の先生がいなかったから湿布貼ってもらったりして幸せだった。でももう山内は俺を保健室に連れて行ったりしてくれないだろう。彼氏ができたらそっちを優先するのは当たり前のことだ。
そんなことを体育の時間に考えていたせいか、
「おいっ! 笠原!」
「え?」
声がかかった時には俺の目の前が暗くなってて、顔面にバレーボールの球が直撃していた。
だからなんてベタなんだっての。体育の時間に考え事、ダメ絶対。
なんか目の前が今度こそ真っ暗に閉ざされた。
あれ?
「あ、気が付いた? 大丈夫?」
どうやらバレーボールの球が顔に当たった衝撃でブラックアウトしたらしい。だからどんだけベタなんだっての。脳震盪か、大丈夫か俺。
そしてこれはいったいどういう状況なのか。顔の半分に柔らかい感触が当たっているのだが、これは痴漢だと訴えられたりしないだろうか。
「俺……」
「よかった、鼻血止まったね」
そう言って上から覗き込んでくる女子の顔には見覚えがあった。
あの時の子だ。
上から女子の顔が覗き、そして頬に当たる感触を考えると、この頭の下に感じる弾力は……。
も、もしやこれは膝枕では?
「……えーと?」
「笠原君、体育の時間に倒れたんだよ? ……心配したんだから」
そういう女子の顔は真っ赤だった。
こ・れ・は。
今度こそ俺の勘は当たるのか? 当たってしまうのかっ!?
鼻息が荒くなりそうなのをどうにか抑える。ここでむふーとか息を吐いたら頬に当たっている胸に直撃してしまうかもしれない。そうなったらまたばちーんと叩かれる可能性がある。耐えろ、耐えるんだ俺!
けれどこの幸せ空間は別の声に遮られた。
「桃井さん、優斗起きた?」
山内だった。
「う、うん……」
「じゃあもう膝枕やめてもいいんじゃない? 優斗、起きられる?」
「あ、ああ……」
なんだかよくわからないが、俺はどうにかして起き上がった。そこは保健室だった。
「桃井さん、優斗が顔にボールを受けた瞬間を見てたらしくて、この間のお詫びに面倒を看てくれてたんだって」
「え……」
この間のお詫びってあれか。頬をべっちんされたヤツか。別に気にしなくてもよかったのに。
「あの時はごめんなさい……私、あの時なんか頭がくらくらしてて、助けてもらったのに……」
なーんだそういうことかと落胆した。やっぱり俺自身に関する勘は当たらないようにできているらしい。
「あー、いいよいいよ。ありがとう」
手をひらひら振った。
「桃井サン、だっけ? 俺も、声もかけないで手え出したの悪かったからさ。じゃあ……」
女子―桃井さんはずっと真っ赤だった。赤面症なのかな? そんな症状があるかどうかは知らないけど。
保健室を出て、桃井さんとは別れた。
「優斗よかったね~」
「え?」
山内がにこにこしている。
「絶対桃井さん、優斗に気があるよ?」
「んなバカな」
「私の勘は当たるんだよ?」
「はは……だったらいいな」
そう言って笑う。俺もさっきそう思ったけど、結局お詫びだったじゃないか。期待はしないものだ。
だけど。
それから半年もしないうちに、桃井さんはにこにこしながら俺の隣にいるのが当たり前になった。
自分のことでも勘が当たってよかった。
「今日帰りどこ行く?」
楽しそうに桃井さんが聞く。
「加奈子が行きたいところならどこでもいいよ」
「もー、そういうの困る~」
あははと笑って、俺は初めて彼女ができた喜びを噛みしめる。これからは俺自身に関する勘も当たるようになるんだろうか。
彼女とは、ずっと一緒にいるような……そんな気がするからさ。
おしまい。
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