ドラゴンの守人

玄武 水滉

第一章 ドラゴンの守人

第0話 守れずの命

 ーーどうなってんだよ!


 心の声が思わず漏れる。

 ガシャガシャと鉄の擦れる音を背後で聞きながら走る。鎖の様なちっぽけなものの音ではない。もっと大きく、言うのであればあれはきっと鎧だろう。

 嫌な汗が首筋を伝って、ワイシャツを濡らす。汗染みだらけになったその服装が、彼の状況を物語っていた。

 このままでは不味い。何とかしなければ。


「がう!」


 彼が追われているのにも理由がある。それは彼がイケメンであるからとか、或いは盗みを働いたという訳でもない。

 手に抱えている一匹の生き物。それが問題であった。

 体躯に似合わない大顎に、小さな二本の角。ぴこぴこと動く飛べなそうな翼。そして離せと言わんばかりに彼の手を叩く尻尾。

 きっと知る人はこの生き物をこう呼ぶだろう。


「君は何でそのドラゴンを逃そうとするんだい?」


 走る目の前に剣が現れた。行手を阻まれた彼は急いで足を止め、そして声のする方へゆっくりと向いた。何故剣が現れたか、そんな事を考えている余裕はない。

 銀色の鎧に身を包んだ騎士がいる。鉄仮面で顔を隠している為表情は分からないが、全身を鎧で身を包み、腰に剣を刺している時点で敵意はありそうだ。脳内で警報が最大限に鳴り響くが、必死に顔に出さない様に取り繕った。勿論意味はないと思うが、怯えるよりマシだろう。


「…………そっちこそ何で追うんだよ」


「質問に質問で返すか。まぁいい、単純さ。それが欲しいからだよ」


 手の中のドラゴンは怯える様に騎士から目を背けている。小さな身体から伝わる震えが彼の体へと伝播した。


「何で欲しいんだ」


「私は君の質問に答えた。ならば君は私の質問に答えるべきではないか?」


「あぁ、そうだな。俺が逃げる理由か?」


 ジリジリと騎士が迫る。逃げ場を無くすかの様に距離を詰めてくる騎士に対して少しずつ後退りをし、背中にヒヤリとした感覚が走った。先程行手を阻んだ剣だ。

 もうこれ以上距離を詰められれば不味い。強引にでも奪われるだろう。それだけ、それだけは彼は止めなければならないと思った。


 ーー今しかない。


「そんなのこいつが脅えてるからに決まってんだろ!!!」


 体を翻し、剣の横を通る様にして全速力で逃げる。もう彼にはこれしか手段がなかった。

 このまま逃げれば向こうには警察署がある。誰かの力を借りる事が出来れば何とかなるだろう。根拠のない自信が思考を支配していた。

 そしてそれが叶うことは無かった。

 鋭い痛み、変わらない景色。そして鉄錆の様な香りが充満し、そこで彼は漸く自分が斬られた事に気が付いた。


 ーーあ


 痛みで思考が纏まらない。自分から溢れた大量の血液が道路を汚していく。まるで絨毯の上に寝そべっている様だと、薄れゆく意識の中で思う。


 ーーそういえば。


 そういえば手の中のドラゴンは無事だろうか。

 倒れた体で視線を動かすも見つける事は出来ない。

 代わりに耳に飛び込んできたのは騎士の言葉。


「……しまった。ドラゴン諸共斬ってしまった」


 彼の心を折るには十分であった。


 ーーあああああああああ!!!!!!


 急速に体が冷えていく。これを見計らったかの様に雨が降り始め、漂っていた血を洗い流し始める。


「まぁーーの女王がいなくともーー」


 もう騎士の声も聞こえない。全てが閉ざされていく感覚。

 それでも後悔の火だけは彼の中で燻り続ける。

 守れなかった。身を賭しても無理だった。


 ーーくそっ……


 そして後悔の火が命の灯火を飲み込む直前で。


「浦島ッ!」


 ふと、友人の声を聞いた様な気がした。


 もう目は開かないーー




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ドラゴンの守人 玄武 水滉 @kurotakemikou112

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