私の彼氏はやばい人

朱ねこ

共依存

 私の彼氏はやばい人だ。


 彼の部屋で、柔らかなソファに座る彼の膝に乗り、腰に両腕を回され抱きつかれている。

 ベタベタと甘えてくる彼の姿は、職場とは全くと言っていいほど違う。


 入社当初も、同期である彼をどこか危険な人だと感じていた。

 いわゆる第六感と呼ばれるものだと思う。


 彼は誰にでも優しく、まだ若いにも関わらず仕事もできる。困っているときに気付いて助けてくれたり、体調不良者をさりげなく気遣っていたりと思いやりのある人だ。

 かくいう私も、彼には何度も助けられた。


 しかし、彼にどこか違和感を覚える。欠点のない完璧な人間に見えるからだろうか。


 重大なミスをしてしまったあの日、周りの人に多大な迷惑をかけてしまった私は酷く落ち込んでいた。あんなに仕事を辛く感じたのは初めてだ。胃の痛みまで感じていた私に心にまで寄り添ってくれたのは彼だけだった。

 それが彼に心を奪われるきっかけとなったのかもしれない。


 彼のことは入社当初からずっと気にしていた。しかし、そういう意味ではない。

 段々と彼をやばい人だと思えなくなった私は、自分から彼を飲みに誘い、彼と飲み友達になった。彼との会話やLIMEによるやりとりが増え、休日にも会うようになる。飲み友達として親しくなった私達が恋人になるまでさほど時間はかからなかった。


 ちらつく違和感を無視して私は彼との交際を始めた。それが間違いだったと今なら言える。

 そうして暫くすると、ストレスを感じさせない、爽やかな顔の裏には隠されているものがあることに気が付いた。


 私の第六感がやめろと訴える。

 しかし、彼に情が湧いてしまった私は踏み込まずにはいられなかった。


 本質を突かれた彼は心の内を全て吐露してくれた。

 高学歴で入社した彼は、成績の高さから社内で大きな企画プロジェクトにも参加していた。しかも、彼の容姿や物腰の柔らかさにより彼は女性社員の注目を浴びる。

 それらが発端となり、男性社員からも嫉妬や僻みを受けることになり、理不尽に仕事を任されることもある。


 いくら優秀な彼でも、負担が大きかったらしい。好意と悪意という正反対な視線と降りかかる責任に、彼の心は押し潰されそうになっていた。


 そんな時に、私が彼に声をかけた。仕事と家の往復に刺激が入り、業務時間外の他者とのやりとりが楽しくなっていたそうだ。


 期待に応えられなければ失望される。そんな経験から彼は己を隠していた。

 しかし、本当は誰かに自身を認めてもらいたかったらしい。


 彼から離れた方がいいのかもしれない。そう感じながらも、彼の心を受け入れた。


 彼が本音を言えるのは私だけだ。

 どう考えても、彼との関係はよくない方向性に進んでいる。

 そんな状態に安心感と満足感を得ている私も狂っていると思う。


 心の拠り所を求めていた彼と同じで、私も特別な居場所を欲していたのだろう。

 彼に頼られることで、甘えられることで、私の存在意義があるように感じてしまう。


 第六感に従って彼と関わらなければよかった。しかし、理屈のない感覚は感情による行動を抑えられなかった。

 後悔はしていない。


 考え込んでいた私の左頬に彼の掌が優しく触れる。彼の温もりに私の心は満たされる。


「好きだ」


 彼の告白が重たく感じる。でも、それが心地良い。


「私も好きだよ」


 私と彼は、泥沼に沈んでいくだけだ。

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