【KAC20223】幽霊の第六感

タカナシ

「霊感、視覚、聴覚、味覚、嗅覚」

 平々凡々に生きてきた丸山はある日、横断歩道を渡っているときに、赤信号にも関わらず突っ込んで来たトラックに轢かれ、この世を去った。


(あぁ、これは異世界転生をする流れか……)


 丸山の生前最後の記憶がこれだった。


「はっ!!」


 目を覚ますとそこは見知らぬ森でも見知らぬ貴族の屋敷でもなく、めちゃくちゃ見覚えのある横断歩道の真ん中だった。

 毎日通る横断歩道だし、さらには、生前最後に見た景色でもある横断歩道。

 他のどの横断歩道よりも見覚えがある。


「これは、異世界に転生もしてないし、あの世にも行っていないのか?」


 幽霊としてこの場に留まっているのかと自身の体を見つめると、

 確かに服は最後に来ていたスーツ姿だが、若干透けているし、何より足がない。

 これは完全に幽霊だなと丸山は思っていると、ヒュンと身体を何かがすり抜けた。


「な、なんだ、今のは?」


 そう思って通り抜けた物体が来た方向を見ると、次々に車がやってくる。


「う、うわぁぁあっぁああっ!!」


 絶叫し、体を庇うように腕を覆うが、幽霊の丸山に車が当る訳もなく、ただただ体をすり抜けていった。


「そ、そうか、幽霊だから車も当たらないのか……」


 なんとなく現状を把握し、さて、次はどうしようか。とりあえず車が来ないところまで移動しようか。などと考えていると。


「やめとけ、やめとけ」


 不意に声が掛けられた。

 丸山は反射的に声の方向をみると、そこには血まみれのサラリーマンが宙に漂っていた。


「うわぁぁぁっ!! 幽霊っ!!」


「落ち着けってお前も幽霊なんだから。俺ら幽霊にとっちゃ霊感なんて標準装備だろ」


 妙に落ち着き払ったそのサラリーマンの位置は丸山より少し歩道よりだったが、同じ横断歩道で死んだようであった。


「ところで、あんた、どっかに行こうとしていたが、ちょいと俺の話を聞いてからにしないかい?」


「い、いや、話を聞くのはいいが、せめて落ち着ける場所にしないか? ここは車が何度も来るし、当たらないと分かっていても轢かれて死んだ身としては辛いのだが」


 血だらけのサラリーマンはニヤリと笑ってから、


「俺は親切心で言っているんだ。別に動くのは構わないが、今動いたらきっと後悔すると思うぜ」


 聞いても聞かなくても良いというスタンスに、後悔するというのは本当ではないかと丸山は考え、その場で彼の話に応じることにした。


「賢明な判断だ」


 血だらけのサラリーマンはまるで煙草をくゆらせるように僅かに上を向いてから話始めた。


「なぁ、あんたは第六感って信じるか? ほら、霊感とか超感覚みたいなやつ」


「ついさっきまでは信じていなかったが、こうして幽霊になった身としては信じるしかないんじゃないかな」


「まぁ、そうだろうな。じゃあ、人間の第六感が霊感だったとして、幽霊の第六感はなんだと思う?」


「そりゃあ、霊感なんじゃないのか?」


「いやいや、当たり前にあるものをわざわざ第六感なんてもったいつけて言わないだろう。そうそう無いものだから第六感なんだ。その点、俺ら幽霊に霊感なんてものは当たり前のものだ。そうだろ。他にも視覚や聴覚もだ。匂いだって感じることが出来る。あんたが死んだときもかなり血生臭かったぜ。それに味も分かる。俺はいっつも砂と血の味が口の中に広がっているんだが、誰かがお供えものをしてくれたときには、甘味も感じられるんだ。

さて、それじゃあ、もう一度聞くぜ、幽霊にとっての第六感ってなんだと思う?」


 丸山は少し考え、このサラリーマンは意図的に1つの感覚を出していないことに気づき、答えた。


「触覚ってことか。確かにさっきから車には触れていないし、それどころか地面すら触れない」


 丸山はふいふいっと手を振り、とにかく何でもいいから触れてみようとするが、何一つ触ることができなかった。


「ああ、正解だ。ついでに重力も受け付けていないようで、俺らはただここに留まっているだけなんだ。もし、重力の影響だけ受けたらと思うとぞっとするよな。地面もすり抜けるから地球の真ん中に行くんだ。真ん中まで行けば重力は均等にかかるはずだから、そこで幽霊が密集する。可愛い女の子の近くならまだしもおっさんの隣に一生いないといけないとかになったらまさに地獄だろ。下が地獄というのもあながち間違っていないのかもな」


「いや、でもホラー映画の世界の幽霊は結構、触ってくるのもいるんじゃないか?」


「それは特別なやつらだな。あんた、生前に第六感持ってるやつがいたか?」


「叔母が幽霊見える人だったな」


「いるのかよっ!! いや、いい。それでも一人だろ。たぶん、俺らは普通に生きていても1000人くらいは顔見知りはいるだろ。学校や会社っていうコミュニティで否応なくな。それで二人合わせて第六感持ちが1人だ。確率で言えば2000分の1だぞ。それと一緒だ。自由に走って触れて殺せるような悪霊はそれくらい、いや、それ以下にしかいないってことだ」


「なるほど。かなり納得の答えだな」


 丸山は腕を組んでウンウンと頷く。


「さて、話を戻そう。俺ら幽霊にとって触覚は珍しいんだ。で、その能力を持たない者が動いたらどうなると思う?」


 そこで、丸山は青ざめた。


「もしかして、無重力と同じだし、空気抵抗もないなら……」


「ああ、延々飛び続ける」


「そうなったら、最後にはどうなるんだ?」


「さぁな。地球は丸いから直線に飛び続けたら最終的には宇宙に出るのは確定として、そのあとはさっぱりだ。もしかしたら宇宙にはこの幽霊っていう状態をなんとかする謎物質とかあるかもしれないな。だから、成仏は天に行くのかもしれん」


「もしかして、地縛霊と言われるのがその場から動かないのは」


「動かないじゃなくて、動けないだな。動いたら飛び続けるだろうし、確実に天国に行けるならいいが、俺は宇宙をさまようのはゴメンだからな」


 血だらけのサラリーマンは肩をすくめる。


「人に憑く霊もいるが、あれはどうなんだ?」


「ああ、ああいうのは第六感が少しあるヤツらだな。手だけ触れたりするんだ。でも、離すと飛んでいくみたいで、そりゃ必死にしがみつくさ。万一見える相手がいたら、その鬼気迫る形相に悪霊認定確定だろうさ」


「もしかして清めの塩って、手が滑るのか?」


「試したことはないが、たぶん、そうだな」


「そりゃあ、おどろおどろしい声でやめろって言うな」


「踏ん張り過ぎて小声でしか喋れない奴もいるらしいぞ」


 丸山はなんだかんだで、この血だらけのサラリーマンと幽霊談義に花を咲かせた。


「さて、久々に楽しかった。で、あんたはこのあとどうするんだ? 第六感があるかもしれないことに掛けて動いてみるのか? それともここで地縛霊になるのか?」


 その問いに、丸山の答えは決まっていた。

 後悔しない選択肢を血だらけのサラリーマンはくれた。

 そのことに感謝しながら、丸山は目を閉じた。

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