セオと僕の第六感

加藤ゆたか

第六感

 西暦二千五百五十年。人類が不老不死を実現して五百年が経った。永遠の時間。永遠の世界。僕らは変わらないことでやっと安定を手に入れた。世界の人口は大きく増えもせず減りもせず、おおよそ五千万の人間がこの地球で暮らしている。



 その日、僕が仕事から帰ると、パートナーロボットのセオが静かな部屋で一人で何もない壁の方を向いて立っていた。

 僕は違和感を持ちながらも、セオに声をかけた。


「ただいま、セオ。」

「あ! お父さん、おかえりなさい! 今日は早かったね。ご飯これから作るから待っててね!」


 振り向いたセオはいつもどおりの満面の笑顔だったので僕は少し安心した。セオと僕は親子ということになっていて、セオは僕が帰ってくれば嬉しいという表情をするし、僕のことを最優先に考えて行動する。そうすれば僕が喜ぶと知っているからそうする。僕が望んだとおりに動く。それがパートナーロボットなのだ。

 もちろん、僕がいない間セオは何もしないで部屋で僕を待っているだけなのかというと、そうではない。僕はセオにはお小遣いをあげていて、セオはお小遣いでゲームを買っていたり、商店街に買い物に出かけたりしている。たいていのロボットは、セオのように自律的に行動することができる。そうでなければ、ロボットに支えられたこの社会は回らない。ロボットたちはロボットネットワークの本部に繋がっていて、絶えず情報交換も行っているらしかった。


 セオが料理を作ってくれている間、ふと僕はセオが先ほど見ていた壁に目をやった。何かあるのか? しかし、普通の壁だった。床にも何も落ちていない。手には何も触れないので、光学迷彩で透明になった物が置いてあるわけでもない。この壁の向こうには部屋もない。家の外だ。気にしすぎか……。僕はいつものようにリビングのソファに腰掛けた。


「お父さん、ご飯できたよ!」

「ああ。」


 セオがいつものように僕を呼ぶ。

 僕は返事をしてテーブルについた。今日の夕飯はハンバーグだった。


「美味しそうじゃないか。」

「えへへ。そうでしょ、そうでしょ。」


 セオはいつものように僕の前に座り、僕の食事を嬉しそうに眺めていた。ロボットのセオは食事をしないので食べるのはいつも僕だけだ。


「セオ。今日の——」


 僕が今日の出来事についてセオに話をしようとした時、セオが僕ではなくあの壁の方を見ていることに僕は気付いた。


「なんだ? 何かあるのか?」


 さすがに気になり、僕は聞いた。


「え? ううん、何かって?」


 セオは僕の方に視線を戻して笑顔で答える。僕はセオの顔を観察した。といってもロボットの表情はプログラムで作られたものだ。人間のように隠そうとした感情が隠しきれず表れてしまうということはない。もしも、人間がロボットの表情からそれを感じ取れたならば、それはロボットが人間に伝えるためにその表情を作ったということだ。

 セオの表情からは僕は何も読み取ることはできなかった。もしもセオが何か隠し事をしているなら、僕にはそれがわかるような顔になるはずだった。それが僕がセオに望んでいることだからだ。


「いや、僕の気のせいだろう。」


 僕は食事を終えるといつものようにセオに感謝を伝えてリビングに戻って、いつもとは違いソファに腰掛けてセオを観察した。セオは後片付けをして食器を片付けると、たいてい僕の横に来て僕の邪魔をするか、部屋からゲームを持ってきて僕を誘う。今日のセオはゲームをするようだ。自分の部屋にゲームを取りに向かう。

 セオが自分の部屋に向かう途中で、例の壁の前を通った。セオは普段通りという顔で、壁の前を不自然に避けて歩いた。まるでそこに人一人が立っているかのように距離を空けて。


 なんだ、今のセオの行動は?

 猫が何もない天井を第六感で見ているとか、決まった場所を避けて歩くとか、そういう話は聞いたことがあるが、ロボットがまさか幽霊を感じているとでも? いや、この部屋に幽霊なんているわけがない。もう百年は住んでいる部屋だ。

 たしかに二十六世紀の現代でも幽霊や死後の世界について科学的に解明されているわけではない。しかし、かつていた何十億の人間たちが死んだ後も幽霊としてこの世界をさまよっているのだとしたら、そこかしこに幽霊がいることになる。もちろんこの部屋にもいたっておかしくない。

 いやいや、幽霊なんているわけがないのだ。


 自分の部屋からゲームを手に戻ってきたセオが再び同じ場所を避けたのを見届けて、僕はまたセオに聞いた。


「セオ、そこに何かあるのか?」

「え? 何もないよ。」


 セオは本当に何も心当たりがないという顔で僕と壁を交互に見返した。


「言い方を変えるよ。そこに、誰かいるのか?」

「……。」


 セオの表情が険しくなっていく。何もない壁を見つめるセオの眉間に皺がよって、眉がハの字になり、不安が口元に表れる。


「……わからないよ。なんでお父さん、そんなこと言うの?」

「セオがさっきからその壁を気にしているから幽霊でもいるのかと……。」

「えー!? 幽霊!? ヤダヤダヤダヤダ!」


 そういえばセオはホラーが苦手なのだった。こうなるともう原因の究明どころではない。部屋に幽霊がいるかもしれないと聞いたセオは怖がって、必要以上に壁から距離を取り、今日は僕と一緒に寝ると言った。



 夜、布団の中でセオは僕に聞いた。


「お父さん……。幽霊の記憶、消してもいい?」


 パートナーロボットには自ら記憶を消す機能が備わっている。

 僕は横に寝ているセオの髪を撫でた。セオがゆっくり目を閉じる。僕にはセオが嘘をついていたようには見えなかった。


「ああ。ごめんなセオ、怖がらせるようなこと言ってしまって。」

「ううん。いいよ。」

「おやすみ。セオ。」

「おやすみなさい。お父さん。」


 翌日、記憶を消したセオはいつも通りだった。例の壁の前も普通に通るし、見つめることもなくなった。気にする素振りも見せない。いったい何だったのだろう? 今でも僕には普通の壁にしか見えない。

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セオと僕の第六感 加藤ゆたか @yutaka_kato

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