隣りに住む幼馴染は第六感に目覚めたらしい

かきつばた

そして彼女は騒ぎ立てる

 カウンターで、コーヒーメーカーがその任務を完了した。そして、ソファテーブルには作り立てのクッキーが鎮座する。

 豊潤で香ばしい匂いが、気持ちをとても穏やかなものにしてくれる。そんな午後の一幕、いわゆるティータイム。普通の休日ではこうはいかない。春休みゆえの贅沢な時間の使い方だ。


 ピンポーン。


 優雅な気分に浸っているところ、厄介な音がリビング中に響き渡った。

 ちらりと見るち、モニターホンには反応がない。ということは、来客はすでに部屋の前にいる。

 それだけで、誰がやってきたかわかってしまった。


 だからこそ素早く玄関へと移動するのだが――


「おじゃましまーす」


 廊下に出るか出ないかのところで、俺が開けるべき扉が開いてしまったようだ。

 元気いっぱいの声は、もう飽きるほど聞き覚えがある。


「そろそろ不法侵入で訴えるからな」


 リビングを出て角を折れると、早速案の定の人物が視界に入る。

 北條由梨音ほうじょうゆりね、幼稚園から欠かさず同じクラスな隣人。その笑顔はいつも通り眩しいが、この程度ではもはや心は動かない。


「チャイム、鳴らしたじゃん」


「それは釈明になってない」


「シャクメイ……」


 知らない英単語のように繰り返すと、由梨音はそのまま黙り込んでしまった。これを境に、かなりまばたきの回数が増えた。


 呆れていると、ひょこっと後ろからもう一人の客人が顔を出した。

 厳密にいえば、由梨音の身体からはみ出ていたので、初めからわかっていたが。


「相変わらず、アンタら仲いいね~」


「これで仲良しに見えるなら、お前の眼は節穴だ」


 招かざる客人B――朝倉理沙あさくらりさもまた幼馴染の一人である。由梨音とは対照的に背が高く、モデルのような美人と評判だ。

 ただ、中身は例にもれずアレというか……。


「で、いったい何の用だ。こそ泥紛いのことして」


「むっ、せっかく遊びに来たのに。ほら、こんなところでも何ですから、居間でお茶でも」


「それは絶対客側が言うセリフじゃないからな」


「でも、用意できてるんでしょ? コーヒーのにおい、すっごいする」


「犬か、お前は……」


 クンクンとわざとらしく鼻を鳴らすお隣りさんに対して、顔を思いっきりしかめてやった。


「でも、あたしコーヒーダメだから紅茶がいい」


「じゃ、アタシは緑茶で。玉露入り」


「お前ら、ここを喫茶店か何かだと思ってるな」


 口々に注文を付ける幼馴染連中に、深くため息をついた。

 こうなると、いつまでも埒が明かない。

 1人でも厄介なのに、2人揃えばもう無敵だ。長い付き合いで、それはもう嫌と言うほどわかっている。


 ただちょうど暇していたのは事実なので、大人しくリビングへと通すことにした。

 しかし、こいつらのを叶えるつもりは毛頭ないが。


「あ、クッキー作ったんだ! おいしそー」


「ホント、顔に似合わず乙女趣味だよね、純ちゃんは」


「うるせー。お前にはやらねーぞ」


「うそうそ、ごめんってば。アタシ、純ちゃんのお菓子大好きよ!」


 大げさに取り繕う幼馴染を睨んで、俺はキッチンへと引っ込んだ。


「ねー、純。ケーキとかないの?」


「この間作ってやったばっかりだろ」


「だから言ってるの。あれ、本当に美味しかった!」


「そりゃまあな」


 諸事情で、あれはかなり気合を入れて作った。いわゆる渾身の力作。我ながら、本当にうまくいったと思う。

 ただそれを意識すると、少し恥ずかしくて。作業に集中するフリして、ぶっきらぼうに答えた。


「ああ。あれか、バースデーケーキか。3月は由梨音ちゃんの季節だものねぇ」


 と思っていたら、軽薄な幼馴染がすかさず余計なことを言ってくれた。全くこいつは……。ちらりと見ると、たいそう憎たらしい表情をしている。


 ミルクティーを入れたグラスを持って、客人たちの元へと戻った。


「とにかく、これ飲んで食ったら帰れよ」


「あたし、第六感に目覚めたっぽい!」


 謎に、ドヤ顔で返ってきた。


 ……会話がかみ合っていない。

 そして、これが今日の用件なわけか。


 堪らず理沙の方を見ると、あいつもまたなんともいえない表情をしていた。


「さっきね、喫茶店で注文当てゲームをしてたわけよ」


「何してんだ、お前ら……究極の暇人か」


「いやー、ひとしきりお喋りにも飽きちゃってさ。なんてたって、由梨音ちゃんとお茶するの今週2度目だし」


 これいれて3度目か、と理沙はくすぐったそうに笑った。


「まー、気分転換のつもりでね、やってたわけだけど。この子ったら、百発百中。次から次へとお客さんの注文を当てるわけよ」


「ふっふっふ、あたし、第六感があっからね!」


「と、こんな具合でさ。純に見せつける、ってことでここまで来たのよ」


 苦笑しながら、理沙が話を結んだ。そのままクッキーを齧ると、その顔がパーッと明るくなった。


 通訳がいると、話がスムーズに済んで助かる。

 これで乗り込んできたのが由梨音だけだったら、恐ろしいほどに時間を浪費したことだろう。

 少なくとも、もう一度コーヒーを作ってた。


「それで、どうやって発揮するんだ? 俺の悩みでも言い当ててくれるのか」


「えっ、純、何か悩んでるの!? あたしでよければいくらでも相談乗るからね!」


 ダメじゃねーか、第六感。幼馴染の微妙な変化に気づかずして、何が第六感なのか。我ながら、自分でも困った感じが顔に出てると思ったが。


「目下のところは、アタシたちでしょ」


「そうなの?」


「……今のところ、理沙の方が鋭いな」


 だいたい、第六感だなんて由梨音には似つかわしくない。

 どちらかと言えば、鈍い――おっとりしたタイプだ。


「もうっ、また純はりさっちのことばっか褒めて! ほら、トランプ出して、トランプ! しんけーすいじゃく、やろ」


「もしかしてアレか。いきなり全部揃えて見せるとか」


 言いながら、そんなことができたらエスパーだと思う。それができれば、第六感を通り越して超能力の持ち主だ。


 とにかく、由梨音お嬢様がそういうのであればさっさと用意することにしよう。これ以上、謎の駄々をこねられても困る。


 自室から何の変哲もないプラスチックのトランプを持ってきて、それをなんとなく理沙に渡した。

 この女の方が、色々と用意が上手そうだ。シャッフルしたり、テーブルにカードを広げたり。


「なんか、ワクワクするね」


「武者震いってやつだろ」


「……これがむしゃぶるいっ!」


 テキトーに返したら、予想以上に由梨音ちゃんは喜んでしまった。

 堪らず目を逸らすと、見事に理沙と視線がぶつかる。

 肩を竦めて、その目はやっぱり仲良しだと語っているように見えた。


「はい、準備できたよ。じゃ、由梨音ちゃん。張り切ってどうぞ!」


「まっかせなさい!」


 意気揚々と由梨音が1枚のカードを捲った。

 それは――


「あ、間違ってジョーカー1枚混ぜちゃった」


 理沙の声色にとても作為的なものを感じる。

 にしてもいきなり唯一の外れを引くとは、いよいよ由梨音の第六感も底が知れてきた。


 ――結局、由梨音がカードのペアを初期状態から当て続けるなんて芸当もできるわけなく。

 時間だけが過ぎて、ついには普通にトランプで遊ぶことになった。

 優雅なティータイムは、すっかり賑やかな遊び時間へと変わったわけだ。


「ただいまー。あれ、誰か来てるの?」


 そのうちに、母親が帰ってきた。沓脱を見て、我が家の現状を悟ったらしい。


「おばさん、お邪魔してまーす」


「ご無沙汰です、おばさん」


「ああ、ユリちゃんとリサちゃんか。確かに、リサちゃんは本当にお久しぶりねー」


 当然のように、2人とうちの母親も小さいころからの付き合いだ。小学校のときくらいまでは、数えきれないほど3人の中の誰かの家で遊んだ。

 なので、母さんはそれほど気にも留めず、買い物袋から冷蔵庫に食料を詰め込んでいく。


「おばさん、今日の晩御飯はズバリ、グラタンでしょ!」


「あら、アタリよ、ユリちゃん。ホント、昔から勘が鋭いわねー。2人もご飯、食べてく?」


 母さんの作業が始まってすぐに由梨音が予言を的中させた。

 ……ああそう、これが第六感か。思えば、喫茶店の話も食事絡みではある。


「……ったく、この食い意地だけは、第六感の域にまで達してるのかもな」


「まったく使いどころのない能力だけどねー」


 目を輝かせる幼馴染をよそに、俺と理沙は静かにため息をつくのだった。

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