第六感の導きは

千石綾子

第六感の導きは

「俺には所謂第六感ってものがあってな」


 男は大きな息と共にそう吐き出した。


「物心ついたころから勘が良くて、寺子屋で試験があっても大概ヤマが当たるし、何なら選択問題だったら勘だけで正解できたもんだ」


 少年は目を丸くして男の顔をしげしげと見た。男は驚くほどに平凡な顔立ちで、到底そんな能力に恵まれているようには見えない。


「信じられないって顔だな。いいさ。どんな人生を送ってきたのか教えてやろう」


 男は小さな商家の四男坊に生まれた。小さい頃から勘が働き、明日は嵐が来るだとか今年は流行り病が広まるだとかとにかく何でも言い当てた。


 しかし、そんな能力も良い事ばかりではない。隣の家の子どもが馬に蹴られるだとか向かいの家が火事になるだとか。悪い事を言い当てると、大概逆恨みされるものだ。

 火事の時などは放火を疑われて捕まり、身の潔白が証明されるまで拷問された。この力のせいで散々な目にあったものだ。


 そんな訳だから普段はその能力のことは秘密にしていた。知っているのは親兄弟くらいだった。


「しかし、富くじや博打で随分儲けたんじゃないのかい」


 少年が羨ましそうに口を曲げる。男は鼻白んだ様子で首を横に振った。


「それも同じさ。勝ちすぎればイカサマを怪しまれて簀巻きにされる。ほどほどだ。俺の人生は目立たない様に、ほどほどに、ってな。面白味もない人生だよ」

「勿体ないな。じゃあ占い師にでもなれば良かったのに」


 少年はしゃがんだまま考えを巡らせる。自分にそんな能力があったら、きっとこの男よりも上手く立ち回れただろうに。


「占い師か。それもいいな。今よりは遥かにいい」

 

 男は再び大きなため息をついた。


「それで、どうしてこんな事になっているんだい?」


 少年は興味深げにしげしげと男の顔を覗き込んだ。


「──試してみたかったんだ。この第六感てやつに逆らってみたら、俺はもっと気楽に自由に生きていけるんじゃないかって思ってね」


 男は少年の視線から逃げるように顔をそらす。


「この細い山道に来るのが危険だっていう勘を無視したらどうなるか、ってつい魔が差したんだな」


 男は底のない沼に半身を埋めた状態で、少年が持つ縄を自分の身体に結わえ付けはじめた。

 このまま助からないという予感が、今度こそ外れて欲しいと切に願いながら。


 

                 了


(お題:第六感)

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