4000文字以内で意中の男の子の気持ちが判明し、両想いになれた女の子のお話

ささたけ はじめ

見えないものを見るチカラ

 私は、隣の席の鈴木くんに恋をしている。


 鈴木くんは私が一番仲良くしている男の子で、彼も私のことを憎からず思ってくれているようだった。そのため、この恋の成就は時間の問題と思っていたが――しかし、その時間にこそ問題が潜んでいた。


 私と彼はもうすぐ進級し、クラスが別々になってしまうのだ。


 クラスメイトという以外に接点の無い私達は、このままでは疎遠になってしまう。そのことを恐れた私は、これからも彼と一緒にいるため――今日の放課後、ついに告白することにした。

 そう心を決め、朝の支度の時から気合を入れて、高鳴る胸で鈴木くんの待つ学校へと私は向かった。


 ――ところが。


 今朝になって、彼の態度がなにやらおかしい。

 先に登校していた鈴木くんに向かって、いつものように明るく挨拶をすると、彼は真っ赤な顔をして目を逸らしてしまったのだ。

 それ以降も彼の挙動不審は続いた。

 話しかけても曖昧な返事をするだけで、目を合わせようとはしてくれないし、いつもは仲良くおしゃべりをする休み時間になると、席を立ってどこかへ行ってしまった。

 唐突な彼の変貌ぶりに、もしかしたら、嫌われてしまったのかもしれないと心がざわついた。けれど――私にはその心当たりがまったくなかった。


 途方に暮れた私は、わらにもすがる思いで、近所で評判の縁結びの神社へお参りすることにした。実際にはこんなことで何かが変わることはないだろうけれど、少しは気持ちが落ち着くかもしれないし――。

 普段は神棚に手も合わせない私だけど、「困った時の神頼み」とはよく言ったものだ。


 *


 そんなわけで、私は今――こうして神社の鳥居の前にいる。ちなみに鈴木くんは授業が終わるや否や、矢のような速度で帰ってしまった。切ない。

 悲しみに暮れながら本殿に向かい、賽銭箱へ五百円玉を投じると、二礼ニ拍手一礼を行い、いざ――願いごとを心の中で唱えた。


(神様お願いします――好きな人のことが知りたいんです! どうかお力をお貸しください――)


「ふむ、よかろう」

「えっ!?」


 こうべを垂れる私に向かい、仰々ぎょうぎょうしい言葉づかいの声が降る。

 びっくりして頭を上げてみるとそこには、白髪頭で、赤い布地に金色の刺繡ししゅうの入った着物を着た、小学生くらいの少年が目の前に浮かんでいた。


「あ、あなた――誰!?」

「我は貴様ら人間が、縁結びの神と呼ぶ者だ」

「え、縁結びの――神様?」


 その顔立ちの幼さと、現実感リアリティのない出で立ちに思わず、近所の悪ガキの悪戯いたずらではないだろうかと勘ぐってしまった。


「えぇと、だいぶ奇抜エキセントリックな恰好をされてますけど――本当に?」

「嘘だとして、何故なにゆえ貴様の心中が見抜けるというのだ。もっとも、信じぬなら帰ってもよいのだが」


 不愉快そうにその子供は答えた。

 しかし――言われてみればその通りである。


「ごめんなさい許して下さい信じます助けてください」

「ならばよい。それで貴様は、意中の相手のことが知りたいと申したな?」


 高速で態度をひるがえした私に、神様とやらはたずねてきた。


「は、はい」

「では、貴様に特別な能力を与えてやろう」

「能力?」

「左様。女人にょにんに人気の――意中の相手のことが、直観的に理解できるようになる力――貴様らが『第六感』と呼ぶものでどうだ」

「えっ嘘――本当に!?」

「ああ、本当だとも――そら」


 もろ手を挙げて喜ぶ私に対し、神様は短く何かを唱えて手を振ると――淡い光が私の身体を包んだ。


「わぁ――」

「早速使ってみるがいい。相手を想い、念じるだけでよい」

「あ、はい――」


 促されるままに、祈るように手を組み、心の中で鈴木くんを思い浮かべながら念じてみる。


(鈴木くん――あなたのことが知りたい!)


 するといきなり、脳内に直接、彼の声で返答が返ってきた。


『ハムエッグとトースト』


「――は?」


 思わずきょとんとする私に、神様は訊ねてくる。


「どうだ、わかったか?」

「ど、どうもこうも――今、『ハムエッグとトースト』って」

「ふむ、問題ないようだな」


 満足そうに神様はうなずく。


「問題ないって――私の知りたいことは何も判らないままなんですけど」


 何がなんだか判らない私はつい、苦情を口にすると――神様は、煩わしそうに言った。


「そんなはずはない。しっかりと相手のことが伝わっただろう」

「確かに、彼の声は聞こえましたけど。いったい――なんなんですか、この力?」


 私の問いかけに対し、さも当然のように返ってきた言葉は――。




「うむ。『意中の相手の朝食の内容が判る第六感』である」




 ゴミ同然の内容だった。


「やだ、彼はパン派なのね。私と一緒だ――って違うわよ! 彼の朝食のメニューを知ってどうするのよ!」

「女人には人気の能力なんだが――主に、成人間近の息子を持つ主婦層に」

「独り暮らしを始めた息子を心配するお母さんよ、それは!」


 いつの間にか敬語を使うことも忘れ、ツッコミにいそしむ私に対し、新たな提案がなされた。


「ならばこの力はどうだ? そら」


 先ほどのように淡い光に包まれたので、同じように念じてみる。

 ――しかし今度は、何も返ってこなかった。


「――あれ? 返事がない?」

「ああ、それは意中の相手が目の前にいないと発動しない力だからな」

「今回はどんな力なの?」


 先ほどよりも自信ありげに、胸を張って神様は言う。




「『意中の相手の下着が透けて見える第六感』だ」




「馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの? バッカじゃないの!? このドスケベヘンタイ無能神!」


 あまりの失望と衝撃に、敬語どころかクラスメイトにすら使わないような罵声が口から飛び出た。


「そこまで罵倒するほどか? この神社を参拝するものの九割は、この力を欲して参るぞ」

「参拝客の男女比率が極端! どんな神社よここは――って、ちょっと待った!」


 おぞましい考えが、ふと頭をよぎる。


「そんな能力が存在するなら、もしかして私の下着も覗かれてるの――!?」


 とっさに身体を手で覆うと、あきれたように神様は言った。


「自意識過剰な奴め。『意中の相手の』と言っておろうが。誰彼かまわず魅了できる美貌の持ち主でもあるまい、貴様は」


 言われて自分の思いあがりに気付く。


「う、うるさいわね――ともかく、そんな能力をホイホイ男子に与えないでよ」

「今までにその力を授けたのはひとりだけだ。それとて、悪用しない人間を選んで与えている。安心しろ」

「どうあっても悪用しかできなさそうな能力だけど――見られた子は、可哀想ね」


 肩を落として、見知らぬ誰かの不幸を嘆く。

 とはいえ、どこかの誰かよりも今は自分の問題のほうが大事だ。


「――で、他には何かないの?」

「あと残っている力としては『意中の相手の本日限定幸運物品が判る第六感』というものもあるが」

「なによその朝の占いみたいな力! 『本日限定幸運物品』って、ラッキーアイテムでしょそれ!」

「貴様ら人間は、卜占ぼくせんが好きではないか。伝えてやれば喜ばれるのではないか?」

「そんなの、毎朝TVでやってるわよ。私だって見てるし、彼も見てるのよ。いつも登校したら、まずはそこから会話が始まってたのに――」


 そう口にして、昨日までの楽しかった朝の風景が思い出された。

 しかし今日は、それがなんだか遠い過去のことのように思えて、つい涙ぐみそうになってしまった。


「――それが怪しくなったからここに来たのよ」

「む、そうであったか。ならば最初からそういえばよかろうが」

「言ったじゃない。『好きな人のことが知りたい』って」

「貴様ら人間は願い事が抽象的すぎるのだ。本気で願いを叶えたいなら、相手は誰で、どんなことが知りたいのかくらいきちんと告げろ」

「ご、ごめん――なさい。えぇっと、彼の名前は鈴木くんって言って――」


 悲しみを抑えて彼のことを説明すると、神様は意外な返答を口にした。


「む? その男なら昨日ここへ来たが」

「え!? そ、そうなの!?」

「ああ。近年珍しく参拝儀礼を知りわれわれへの敬意を失せぬ、なかなか見どころのある若者であったな。そこで褒美ではないが――こっそりと、奴の望むような能力を与えてやった」

「――え?」


 嫌な予感がした。


「そ、その能力って――?」

「先ほども言ったあれ――『意中の相手の下着が透けて見える第六感』だ」

「――は?」

「同じ年頃で、しかも男子おのこが望む能力だ。さぞかし喜んでいることだろう。あのような若者ならば、それを利用して社会を乱すこともあるまいし――」


 その瞬間、すべての疑問は氷解した。

 今朝の彼の、挙動不審な態度。

 私を見るなり赤く染まった顔。

 話しかけてもこちらを向かない理由。

 休み時間のたびに席を立った、不自然な行動。


 それらはすべて――。


「――お」

「お?」




「お前のせいかぁぁぁあああああ!!」




 叫びながら自分でも赤面しているのが判った。

 だって、よりにもよって今日は――。


「なんてことをしてくれたのよ! 鈴木くんに、見られちゃったじゃないの!」

「ということは、あの若者の想い人も貴様だったのか。両想いだな。良かったではないか」

「良くないわよ! だって今日は、今日は――」




「万が一を思って、をつけてきたのに!」




「――どちらにせよ見せるつもりだったのなら、なんの問題がある?」

「問題大ありよ! のとのじゃ、天と地ほどの差があるんだから! 責任取りなさい! 乙女の秘密を晒した罪を、死んで償ってよ!」

「は、離せ不敬者――!」


 境内で騒ぐ私たちを見て、付き合いきれないと言わんばかりに、そのままお日様は沈んでいった――。


 *


 怪我の功名ではあるけれど、私はこうして鈴木くんの気持ちを知ることができた。ちなみに勝手に授けたはた迷惑なあの第六感は、即座に解消させた。当然だ。

 そして翌日、彼に一部始終を話すと――自分の異常の原因を知った鈴木くんは、昨日の無礼を詫びるとともに、改めて私へ告白してくれて――晴れて私たちは付き合うことになった。


 めでたしめでたし――と言いたいところだが、私には、まだひとつだけ問題が残っている。




 ――昨日の下着のことは、なんて言い訳すればいいのだろう?

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