第5話 審問官と孤狼の騎士は帰還する
「この分だと、騎士団に戻っても襲撃される恐れがありますね。余程あんたを消したい奴がいるらしい」
襲撃後、テオドアは念入りに索敵魔術を展開して再襲撃がないかを確認すると、さきほどの戦闘で得た
呑気なものだな、と思いながらも、テオドアは頭のどこかで、これが戦場を経験済みの騎士の余裕か、とも思う。
恩師であるデラクレスを殺害した罪を着せられた上に、ロウを亡き者にしようとする仲間たちの存在。ロウの精神状態はいかほどか。けれどロウは、テオドアが思うほど精神状態が不安定なようには見えなかった。
だからテオドアは鼻歌でも歌い出しそうなロウを見て、思わず息を吐いた。
「心当たりはないんですか?」
「心当たりしかない。俺の噂を知っているだろう、俺は隊長以外の誰からも疎まれていた。隊長亡き今、俺の居場所はもうどこにもない」
その答えを聞いて、やはりそうなのか、と思う。他人事のはずなのにテオドアの胃が重く沈んでゆくような感覚がする。
ロウが精神状態を保っているのは、孤立して命を狙われる状況が日常茶飯事だから。なんてことだ、そんなことがあってたまるか。ふつふつと湧く憤りを抱えたまま、テオドアは感情のまま言葉を発していた。
「なんでです? あんた、剣の天才でしょ。さっきの戦闘、黒狼の渾名は伊達じゃなかった」
表向きにはデラクレスこそが剣の天才だ、と言われているけれど、実際はそうではないのかもしれない。そんな考えがふと過ぎるくらいには、ロウの剣技は天才的だった。
無駄のない身のこなし、5対1の状況で優位に立てるほどの威圧。なによりもテオドアがロウに才能を感じたのは、魔力の使い方だ。体内を効率よく循環させる術を、一体、どこで覚えたのか。
普通、騎士は、体内の魔力を物理力に変換するので精一杯だ。物理力を底上げしながらも威圧として発露させるなんて、聞いたことがない。
だからこそ、テオドアは首を横へ振った。
「でも惜しい。狼の狩りは集団で行う。狼の群れは家族の群れだ。今の騎士団にあんたを活かしきれる部隊はない」
「……お前は一体なんなんだ。どうして隊長と同じことを……」
戸惑うロウにテオドアは、ふ、と身体の力を抜いて微笑んだ。
「おれはただの魔塔から出向してきた魔術士ですよ。……それで、さっきのあいつら、知り合いですよね。今時、騎士を襲う盗賊はいない」
「あれは第三部隊の騎士だった。警察局の騎士もいた」
警察局、と聞いてテオドアの胸がズキリと痛む。思い浮かぶ顔を頭の中で必死に打ち消して、ロウに返す言葉は努めて明るい口調に調整をする。ここで暗く落ち込んだところで、なにも前進しないから。
テオドアは薄笑いを浮かべて言った。
「ああー、なるほど。まあ、そうなるようにあんたを牢から出したんですけど」
「俺は囮か」
「まさか。おれの護衛であり、囮であり、真実の究明のための手段ですよ。ほんと、あんたを牢から出せてよかった。こうしてあんたを嵌めたい犯人を炙り出せたから。隊長の記憶と、その後の動きを見る限り、犯人はあんたに疑いの目が行って欲しいようにみえた。そんなの、暴いてやりたくなるじゃないですか」
「なぜそこまで、こだわる。たかが騎士の罪など、異端の生命など、魔術士にはどうでもいいものだろう?」
ロウが弄んでいた剣を草茂る大地に突き刺して、テオドアを見た。まっすぐ射抜くような視線に貫かれ、テオドアの心臓がギクリとすくむ。
テオドアは、別にロウ個人に思い入れがあるわけじゃない。ロウが置かれていた状況が、過去の自分と重なっただけ。
テオドアが審問官の任務を受ける動機にもなった苦い過去。大人になっても奥歯に挟まっているかのような苦さを少しでも和らげるために、テオドアは審問官になったから。
ふう、とひとつ息を吐く。そうして肺を空気で満たし、テオドアはにこやかに笑った。
「おれね、幼い頃にやったことで大人に責められたことがあるんですよ。まあ、加害事件ってやつです」
「……加害? 誰かに傷を負わせたのか」
「そ。一緒に遊んでいた友達を傷つけたんです。まあ、おれはこう見えて、子供の頃から優秀で大人びてて手のかからない子供だったんでね、周囲の大人は驚いたみたいですよ。驚きすぎて、おれの話なんて、少しも聞いてくれなかった」
「もしかして、不運な事故だったのか」
ロウの眉がピクリと跳ね上がる。勘がよくて助かる、と思いながらテオドアはにこやかな微笑みを保ちながら頷いた。
「そうです。友達を傷つける直前に、ちょっとヘマをしまして。悪戯用のビリビリ痺れる魔術が暴走しておれにかかっちゃって、おれ、なにも喋れなくて。そばにいた友達に助けを求めようと手を伸ばして——加害ですよ」
「なるほど。確かに故意ではない不運な事故だな」
「でしょ。でもね、おれ、あのとき、幼すぎてなにも言えなかった。痺れてたのもありますけど、そもそも周囲の大人はおれの話を聞こうともしなかった。一方的に加害者にされたんです。弁明の機会を奪われた」
そこまで吐き出して、テオドアは深く深く息を吐いた。肺から空気を絞り出したところで、鉛のように固まって重く沈んだ過去を、どうこうできるわけじゃない。それでもこうして誰かに話すときだけは、固まった過去の表面がいくらか剥がれ落ちてわずかばかり軽くなったような気がするのだ。
そうは言っても、この話をしたのは魔塔の同期である
自ら晒した恥部と怨念に、テオドアはようやく微笑みの仮面を砕いて外した。砕かれた仮面の奥からあらわれたのは、表情が抜け落ちた顔。暗く光る目と引き攣る頬だ。
「そりゃね、友達を傷つけたことは間違いないんで。それは反省してますし、おれも謝りましたよ。でもね、その事件があってから、ずっと消化できなかったんだ」
あの時。悪気はなかったのだ、と。事故だったのだ、と。叫ぶことができていたら、どんなにかよかっただろう。叫ぶことも主張することもできなかった葛藤は消化しきれずに、こうして心の傷となった。
傷ついた心は捻じ曲がり、年上の言動は今でも疑いを持って接しているし、事件や事故があれば、なにか裏があるのではないかと考える。審問官向きの性格になってしまった、というわけ。
本当にところ、なにが起こったのか。なにを言いたかったのか。そういうことを証明することに、テオドアは固執した。その欲求は、過去を打ち明けた同期の
「だからこれは、おれの自己満足ですよ。過去のおれを癒すための手段でしかない」
複雑に揺れる琥珀色をしたロウの目をしっかりと見つめ返して、テオドアは言った。暗くもなく、明るくもない、しっかりと前だけを見る真剣な顔でテオドアは告げる。
「必ず真犯人を捕まえる。真実を話させる。公平かつ、平等にね」
「——ならば俺の命を、剣を、テオドア・オラニエに預けよう」
返ってきたロウの言葉はどこまでもまっすぐで、重みのあるものだった。
なぜなら、ロウは大地に突き立てていた
森まで騎乗していた馬を騎士団に帰してしまったことで、騎士団本拠地まで徒歩移動を余儀なくされたテオドアとロウを待ち構えていたのは、エレミヤ聖典騎士団警察局の面々だった。局員総出かという人数で騎士団正門を封鎖している。
その先頭に立って指揮をしているのは、皺のない隊服を着こなして眼鏡をかけたこの男だ。
「テオドア・オラニエ上級審問官、投降せよ! 貴殿は重大な犯罪を犯している!」
こめかみに青筋を立てたルドガーが、拡声魔術を使ってテオドアに呼びかけた。
ここでノコノコろ姿をあらわし、警察局員が使う魔術と剣技の的になるような真似はしない。テオドアもロウも森の切れ目にある木々に身を隠し、ルドガーの様子を窺っている。
「どうする、オラニエ。指示をくれ。その通りに動いてみせる」
テオドアが過去の恥部と事件解決への執着を語ってから、ロウは協力的な騎士に変化した。というと少しばかり語弊がある。ロウは完全にテオドアに忠誠を誓った、らしい。それはテオドアにとって嬉しい誤算だ。騎士だらけの騎士団で、味方についてくれる騎士は貴重な存在だから。
それになにより、ロウは殺害された天才剣士であるデラクレスが大事に大事に育てていた懐刀なのだから。これほど心強い味方はいない。
「まずはルドガーと話してみないと、なんとも。今は激昂しているが、ルドガーは話せばわかる男だ」
「俺にはまったく、そうは見えないが」
「……そりゃそうか。どうにもルドガーはこの事件を早々に終わらせたいと思っているらしい」
「じゃあ、あの捜査官が真犯人か?」
「ルドガーはデラクレス隊長を殺害する動機は十分にあるし、殺害実行手段もある」
デラクレスを殺害したのは、彼に恨みを持つものだ。そうでなければ、あんなに身体を斬りつけやしない。毒だって使わない。念入りに、執念深く、確実に殺害したかったのだ、犯人は。
そして犯人はデラクレスを殺害する際に、なんらかの魔術を使ってデラクレスの意識と記憶を書き換えた。だからデラクレスの記憶には魔術式が干渉して、ところどころノイズが走っていたのだ。
ルドガーの動機は、デラクレスによって警察局へ飛ばされた恨み。そして、ルドガーは魔術を使う騎士だ。事件の捜査指揮を担当すれば、適当な第一発見者を犯人に仕立て上げて牢獄送りにすることも可能だ。
そこまで考えて、テオドアは不敵に笑った。笑いながら魔術式を編んで、ルドガーと同じように拡声魔術を使って叫ぶ。
「ルドガー、約束の2日はどうした。まだ捜査権はおれが握っているはずだ!」
「容疑者とともに騎士団の外に出るなど問答無用。いくらオラニエ上級審問官に全権が委ねられていようとも、許される行動ではない!」
「少しは融通をきかせられないのかよ。捜査のために外へ出ただけだ。こうして戻ってきているじゃないか、ルドガー!」
「敬称もしくは官職名をつけたまえ、オラニエ上級審問官。捜査のためであっても容疑者を騎士団本拠地から移動させるなど、もっての外だ。例外などあってはならない、許されない。我々は警察局の騎士だからな」
「はは、は。ルドガー、そんなに急いでどうする? まるでやましいことでもあるみたいじゃないか!」
「ぐっ……!」
テオドアの指摘に、ルドガーの言葉が詰まる。返ってこない言葉を待つあいだ、テオドアはロウと今後の動きを打ち合わせる。
「オラニエ、どうする。退くのか進むのか、どちらを選ぶ」
「おれとしては進みたいところだ。ここで退いても意味はない。真犯人は騎士団内部にいるんだからな」
「見当がついたのか」
「そゆこと。きっと真犯人は、この騒動に紛れてあんたの命を狙ってくる。……そいつにあんたが殺せるかは別として、無力化して然るべき機関に突き出すことくらいはできるでしょ」
そう言ってテオドアは、ニヤリと笑った。笑いながら片手間に魔術式を展開して、解放する。すると、蛍火色に輝く魔力がロウの身体を包み込んだ。それは、魔術を施された人間の能力上限値を向上させる魔術だ。
「ロウ、今なら空も飛べるから。目的地は審問局。魔術士は魔術士のやり方で敵を迎え撃つ」
テオドアは手短にそう言うと、再び拡声魔術を使ってルドガーに呼びかけた。
「ルドガー、並びに警察局の騎士諸君。君たちではおれに勝ち目はない。純粋な魔術士と騎士に魔術騎士が勝てるとでも?」
「それがどうした。私は、私たちは、自らの職務に誇りを持ち、不正を行い罪を逃れようとするものを取り締まる……ただ、それだけだ!」
「そうか、それなら……おれ達は安心して先に行けるなぁ!」
その言葉をきっかけとして、ロウはテオドアの指示通り大地を蹴った。テオドアを荷物みたいに脇に抱えて、脚力だけで空を跳び、城壁に取り付いたのだ。そのまま易々と砦城内部へ侵入あるいは強引な帰還を果たしたのである。
正門前で隊列を組んでいた警察局の人員は、城内にはいない。それでもテオドアとロウは人目を避けるように駆け抜けて、ジルドがいる審問局を目指す。魔術士の城として再構築されている審問局は、テオドアにとって安全地帯であるから。
そうしてテオドアらが砦城の本館と東棟を繋ぐ回廊に差し掛かったとき、突如として覆面の騎士が5人、道を塞ぐようにしてあらわれた。5人。森の中でテオドアとロウを襲撃した人数と同じ数。
テオドアは戸惑うことなく目を閉じた。一度目を瞑って、ゆっくり開けると、再び開いた視界に映るのは、ゆらりと立ち昇る薄黄緑色の光。生きとし生けるものすべてに宿る魔力の光。その中に、一際目立つ橙色の光があった。
それは、前回の襲撃時に襲撃者たちにテオドアが打ち込んでいた
だからテオドアは誰よりも不敵に笑った。
「こんにちは、いや、こんばんはかな。また会いましたね、そんなにおれらがお好きなので?」
「相変わらず無言ですか。その徹底ぶり、プロフェッショナルで嫌いじゃありませんけど……でも、意味はないですよ」
テオドアとロウの前に立ち塞がった襲撃者——5人の騎士は、相変わらず無言のまま。覆面をしているから正体がバレていないと思っているのか、いないのか。
騎士たちは無言のままロウとの距離を詰めてくる。テオドアは眼中にはないらしい。今回も狙われているロウは前回と違って剣を持っているからか、
最初に踏み込んだのはロウだった。勢いのある剣筋。横薙ぎの一閃。夜を切り裂くような一撃で1人撃破。血飛沫が飛んでいないところを見ると、刃を立てずに殴りつけているようだった。
「いいのか、まとめてかかってこなくて」
「……っ!」
挑発に乗って飛びかかってきた2人をロウがまとめて打ち倒す。腕力に物を言わせた上段からの一撃は、2人まとめて地面に叩きつけられた。
あっという間に、もう3人。意識を失い、あるいは呻き声を上げて動けぬ騎士を、ロウが冷めた目で見下ろしていた。
「連携を取れと忠告したはずだ。なんのために複数人で襲撃しているんだ」
残りは2人。指揮役の騎士は、相変わらず動かない。慎重なのか、それともロウの実力を恐れているのか。いや、違う。テオドアやロウに剣筋を知られたくないのだ。
なぜ、と思う暇はなかった。
方角的には東のほうから、地響きのような低く重い爆発音が、地面と空気を伝って響いてきたから。
「……ッ、……爆発!?」
東方向、といえば、審問局がある棟がある。テオドアは、まさか、と頭を振って否定して、けれどすぐに、そうなのか? と喉を鳴らす。
ジルドには『個人要塞』という二つ名がある。つまり、それだけ防護魔術に長けている、ということ。けれど、もし、襲われたなら相手は騎士だ。無事ではいられないかもしれない。
そうはいっても、今はジルドの心配をしている場合ではない。テオドアにはテオドアのやることがある。
だからテオドアは、予備動作も予備魔力もなしに、それまで丁寧に編んでいた魔術式を解放した。
——すると。
音もなく
透明度の高い
それは、捕らえて封じたものの魔力解析を自動で行う魔術だった。解析
捕らえられた騎士の
「あらら。第三部隊所属の方々だったとは。警察局のひとも……ああ、いるんですね」
「俺には人望がないからな」
「ええ〜、まあ、知ってますけ、……どッ!?」
完全に、油断していた。テオドアは、襲撃者たちを捕らえきったと思って気を抜いていた。一度破られた樹木を使った拘束魔術よりも、遥かに上位の魔術だったから。
テオドアとロウから一番遠い、およそ6、7メートル先。
光の色に個人差はあれど、あれは、魔力や魔術を使うときの特徴そのもの。魔術痕色は指紋と同じ。微妙な色加減で個人を特定することができてしまう。
テオドアはその光の色に既視感を感じて、反応が一瞬遅れた。
「……ッ、……!」
逃げだしたのは指揮役だ。
どうやって? ——魔術を使って。
そう、指揮役の人間は騎士だというのに、拘束魔術に捕らえられているにもかかわらず、魔術を使って拘束を打ち破り、脚をもつれさせてよろめきながら逃げだした。
「嘘だろ!? これも破るのか!?」
「クソッ、おい待て逃すか!」
テオドアとロウが焦り声で叫んだのは同時だった。そして咄嗟の判断でロウが騎士目がけて跳ねるように駆ける。
「あっ、ロウ! 距離が——っ!」
駆けてゆくロウと、驚愕で固まったままのテオドアの距離は、……8メートル、9メートル。このままでは首輪の効果が発動してしまう。
そう思って、テオドアはどうにか一歩踏みだした。けれどそれは、焼け石に水。呼吸をしている間に、ついに10メートル。ロウに嵌められた首輪に可視化された電気がパリパリと走る。意識を焼き切ろうとする音がバチンと鳴る。
駄目だ、と思ったのは、テオドアだけだった。
首輪の範囲外にでてしまったというのに、ロウは動きをとめなかった。執念のような気迫と胆力で、ロウは麻痺に一瞬だけ耐えた。
ロウにとっては、その一瞬だけで充分だった。大きく踏み込んだ剣背での一撃が、騎士の背中に打ち込まれたから。
「……っ、ぐぅ……」
倒れて
この回廊で意識と自由のあるものは、テオドア・オラニエただひとり、ということ。それだけだ。
そういうわけで、テオドアはロウが打ち倒した騎士を物理的に拘束してから、改めて
そうして、首輪の効果で麻痺して気絶したロウが目覚めるのを待っていると見知った人物があらわれた。
東棟方向からきた人物——ジルドはひとりの騎士を連れている。枯れ草色の髪、傷が残る顎。それに気づいたテオドアは、自分の頬が無意識に緩むのを感じて口元を片手で覆い隠した。
疲労で呆けたテオドアの頭に血が巡る。ぼやけた視界と脳みそが一瞬でクリアになったような感覚。
鍵はすべて、この場に揃った。
今にも叫びだしそうになったテオドアの、理性の手綱を引いたのは、テオドアに駆け寄ったジルドだった。
今朝までは長い髪をふわふわとさせていたのに、今はどうしてか、短くなっているジルドの、テオドアの無事を喜ぶ声。
「テオ、無事だったか!」
「……ボス? どうしたんですか、その髪」
「ああ、この髪か? これはな、審問局に攻撃をしかけた命知らずの最後の抵抗だ」
ジルドはそう言って、短くざんばらに刻まれた髪の毛先を捻って見せた。ジルドの長い髪が犠牲になるほど苛烈だったのか、ということよりも、テオドアは審問局が襲われたことに驚いた。
襲撃されたのと同じ時刻に聞こえてきた爆発音は、やはり審問局で起こったのか。と、淡白に思い返しながら、サッと視線を走らせる。ジルドの全身へ、だ。
視線に魔力を乗せて、簡易
そうしてテオドアは、冷えた眼差しをジルドへ向ける。
「もしかして、わざと受けましたね? 騎士の剣を」
そうでもなければ、あのジルドが髪を切り刻まれることなど、起こるはずがないのだから。
思ったとおりジルドはから笑いをしながら肩をすくめると、連れていた騎士の背中をバンバン叩く。
「ははは、仕方なかろう。なかなかの手練れだったが、このデヂモ君の腕には及ばない。おかげで助かったよ、礼を言う」
「いえ、当然のことをしたまでです。というか、多分、襲われたのはオレがいたからなんで」
「デヂモ君が審問局内に入る、その一瞬の隙をついて襲撃された。……テオ、相手は魔術に造詣が深い変態だ」
「変態って……それじゃあ魔術士はみんな変態になるじゃないすか。ジルド局長も変態ってことに?」
「もちろん、騎士だというのに、という前置きがあるがな」
死地を共にしたものは、妙な連帯感やあらゆる情を抱きやすい、というが、まさかジルドとデヂモもそうなのか。テオドアは、騎士であるデヂモを庇うジルドに衝撃を受けた。
会って話して数時間も経っていないだろうに、ジルドとここまで軽口を叩き合える仲になるなんて。もしかしたら、デヂモは優秀な男なのかもしれない。人タラシとして。
と、そんなことをテオドアが思っていると、得意気な顔でジルドが胸を張る。
「それよりもテオ。お前宛に手紙が届いていたぞ」
「手紙? ……ああ、
テオドアはジルドが差し出す封書を受け取ると、その場ですぐ開けて読み出した。相変わらず
小言が書かれた一枚目、本題に踏み込んだ二枚目。テオドアが
「えっ。それってさっき街で送ってた相手じゃないすか? もう返信が届いたんすか!?」
「そうですよ、これが魔術の力です。こんな便利な力を拒絶するなんて……エレミヤ聖典騎士団は本当に独特な主義主張をお持ちなようで」
思わず普段から思っている言葉でチクリと刺してしまった。テオドアはしまった、とバツの悪そうな顔をして咳払いをひとつ。それから肩をすくめてジルドと向かい合った。
「まあ、その考えを否定したかったのか、あえて禁忌に手を出して特別な存在になりたかったのかは知りませんけど。騎士のひとりが魔術を使っておれの拘束魔術を破ったんですよ、ボス」
「……なんだって?」
「破られたんです、おれの魔術が。でも、ロウの根性の一撃のおかげで、取り逃す失態は回避できましたよ」
「ああ、だからロウ副隊長がそこで寝てるのか」
ジルドがそう言って、倒れたままのロウを見る。なお、ロウが握っていた剣は、テオドアが責任を持ってロウの手から剥がし、傍に寝かせて置いておいた。
ロウが麻痺による気絶から回復するのは、あと少しかかるだろう。目覚める前に、手配できることをしておくか。テオドアはそう考えて、ニヤリと笑う。ジルドに部下の、可愛いお願い、とやらをすることにした。
「ボス、ちょっと頼まれてください。ちょうど関係者が揃っているんで、ルドガー捜査官とイーヴォ第一部隊隊長を呼んできてください。ルドガー捜査官は気を鎮めてあげてください。あ、ゲレオン副隊長は不要です」
「おい、テオ。上司使いが粗くないか?」
「まさか。それでこそボスでしょ。ボスはボスの仕事をしてください。おれはおれの仕事をするんで」
告げてみたら、まったく可愛くないお願いだった。だから仕方なしに肩をすくめて可愛げを演出してみせたテオドアは、唖然とするジルドを放置した。
そんなことよりも、倒れたままのロウの額を労うようにそっと撫でるのであった。
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