第6話 審問官は証明をする
「オラニエ上級審問官、今すぐ簡潔に説明したまえ!」
と、居丈高に口火を切ったのは、青筋が浮かび上がっていそうなまでに苛立ったルドガー捜査官だ。黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、レンズの奥から鋭い眼光を放っている。
中央塔から東棟へ伸びる回廊に集まったのは、ルドガー捜査官のほかにイーヴォ第一部隊隊長、彼らを呼びだしたジルド審問局長。テオドアとデヂモ、痺れたままのロウ。
それから、テオドアたちを襲った5人の襲撃者たち。彼らは
「我々を呼びつけてなんの話だ」
「なんの話って、この
苛立つルドガーを
そんなことでルドガーを茶化しても、なんの意味もないからだ。
だからテオドアは、結論から言った。
「端的に言うけど。ルドガー捜査官が念のため、と捕らえていたロウ第三部隊副隊長は、デラクレス第三部隊隊長を殺害した犯人じゃあ、ない」
はっきりと言い切ったテオドアに向けられた視線は、両極端だった。疑わしげで面倒臭そうな視線、それから、よく言ってくれたと歓喜する視線。
どちらの気持ちもわかる、と心の中で同意しながら、テオドアは言葉を続けた。主に、険しい顔をしたルドガーに向かって。
「ルドガー捜査官、捜査官のやり方が間違いじゃないのはわかってますよ。ロウ副隊長にはわかりやすい動機らしきものがあって、疑わしき第一発見者。なおかつ、剣の天才と謳われた隊長に唯一手が届く実力者。そしておれの魔術で視た犯人と同じ顔をした男」
「それならば、なぜ? なぜ、否定するのだ、オラニエ上級審問官」
「正直、おれがただの魔術士で、ただの審問官なら、捜査官の方法を肯定してる。でもね、でも、そうはならないんですよ」
テオドアはそう言うと、ゆっくりと眼を
ハッと息を呑む音があちこちから聞こえる。今、テオドアの
「おれには、視えるものがあるから」
眼の奥で光るその灯は、魔術の光だ。魔術や魔力を使ったときに灯る光。魔術の痕跡、魔術痕色。
そうやって魔術痕色を見せることで、暗に魔術を使って得た結果だ、と滲ませた。
けれど、ジルド以外はみな騎士という中で、どれだけの騎士がテオドアの言葉を理解できただろうか。
少なくとも、ルドガーは理解したらしい。感心したように頷いて、何度も目を閉じたり開いたり、片目を瞑ってみたりしている。
こういう、変に柔軟で素直なところがこの男の評価すべき点だ。そして、捜査所感が食い違ったとしてもテオドアがルドガーと反目するところまでいかない理由でもある。
だからテオドアは、ルドガーのためにこう言った。
「ルドガー捜査官。いなくなった容疑者の代わりに、真の犯人を差しだしましょうかね。もちろん、証拠を添えて」
そうして指差したのは、すでに背景と同化しつつあった
封じられた者の解析がすべて終わった
彼らの所属は、すべて第三部隊。
そう、ルカスだ。Lからはじまる音の名前。ロウが、友人ということになるのだろう、とはにかんだ男の名前だ。
そして、ルカスは魔術を使う。この男が魔術を展開するとき、瞳の奥に赤紫色が仄暗く灯る。テオドアがデラクレスの記憶を参照したときに視た、ロウの眼の奥で光った色と、同じ色。
「デラクレス隊長を殺害したのは、この
「オラニエ上級審問官、その男が真の犯人だとして、証拠はどうした?」
「ありますよ。でも、物的証拠……ではないんで納得してもらえるかなぁ。でも決定的なヤツだから、安心して待っててくださいよ、あとで見せるから」
そう言ってテオドアは、ルドガーに向けてニコリと笑った。魔術を少なからず展開しているために、
そんなルドガーに肩をすくめながら、テオドアは話を続けた。
「いやね、デヂモさんが、実にいい仕事をしてくれたんですよ。彼が審問局に証言をする、とどこかで聞いたんだと思うけど。焦って正体をあらわした。今回はラッキーだったなぁ、策略とか謀略だとか、そういうややこしい案件じゃなくて」
「……オラニエ上級審問官、話が見えてこないのだが。第三部隊のルカスが犯人だとして、その名前は我々の『疑わしき者のリスト』に入ってはいない」
「それは警察局のリストに、っすよね。あーヤダヤダ。これだから騎士団直轄の組織は……。オレ、警察局に証言しに行きましたよね。話も聞かれずに追い返されましたけど」
ルドガーに
それが面白くて、つい、うっかり。
「あらら、そんなことしたのルドガー? ロウ副隊長が黙秘を決めこんだところに、うちのボスから圧力かけられてムシャクシャしてたからって、貴重な協力者にあたるのはよくないんじゃない?」
「く……っ!」
ルドガーに気やすい口調で突っ込みを入れると、ルドガーは、もう、なにも言えなくなって、短く
テオドアはそんなルドガーを気にせず続けた。観客あるいは証人、もしくは関係者は、ルドガーだけではないからだ。
「まず、重要なのは、どうして? ではないです。そんなのは、後でルカスに聞けばいい。あるいは、視るか。とにかく、それで解決です」
テオドアはそう言って、
なにも反論できずに、己が犯人である、とその証明をされている、というのはどのような気持ちだろう。
そんなことを、ふと思う。思って、じわりと心中に黒いモヤが広がってゆくような感覚に襲われた。腹の底がシクシクと痛むような、心臓の裏側がぎゅうっと縮こまるような。
けれどテオドアは、頭をフルフルと振ることでソレを振り払い、証明し続けてゆく。
「では、どうやって? が重要かというと、半分はそうで、もう半分はそうでもないんだ。だって最終的にデラクレス隊長の命を奪ったのは、剣に塗られていた毒なんだから。
「つまり……ルカスがどうやってデラクレス第三部隊隊長を演習場に呼びだしたのか、呼びだせたのか、ということか」
そう端的にまとめたのは、いつの間にか精神的な復活を果たしていたルドガーだった。
なんて、タフな男だろうか。と感心しながら、テオドアは小さく頷く。
「それから、どうして我々はロウ副隊長が犯人だと疑ってしまったのか、ということも、ね」
「それは、ロウ副隊長が第一発見者だったから、だろうが」
「でも、それだけだと弱いだろ。ルドガー捜査官がロウ副隊長を犯人だと誤認してしまったのは、おれの証言があったから。だからルドガー捜査官は証言をしにきたデヂモさんの話を、聞く価値なし、とした」
テオドアはひとつ、深呼吸を挟んだ。深く吐いて、それから吸う。そして自嘲気味に笑って、気絶したまま目を覚まさないロウの姿を見た。
「はは。おおむね大体、おれのせいですかね」
だからこの証明は、すべて、ロウのために。自分の証言で犯人扱いされてしまった無罪のひとのためにある。
「まあ、この事件における犯人の前提条件は、犯人が真っ当な騎士である、ということだけだったから。殺されたのは剣の天才で、そんなデラクレス隊長に手が届くのは、真っ当な方法で鍛錬された、真っ当な騎士でしかありえない、と思いこんだのが間違いだった」
テオドアはルカスをジッと見つめながら、話し続ける。もう少し正確にいうと、ルカスを封じている
「だから、魔術が使える騎士がいて、その騎士が団に申告していない。なおかつ、不審な行動をとっていたなら……それはもう、一番疑わしいってことでしょ」
エレミヤ聖典騎士団に所属する騎士は、程度の差に関わらず、魔術を使用する者は申告と申請が必要だ。
魔術を使えることがわかった時点で、部隊配属を解除される。そうしてルドガーのように警察局だとか、あるいはエジェオのような救護員だとか、とにもかくにも非戦闘員として配置転換されてしまう。
ここは、騎士団だ。好き好んで魔術を放棄し、物理力を高めることを望んで入団する者が多数派な異端の集まり。
そんな騎士団で魔術を使えるということは、ただそれだけで異端だ。世間的には騎士団が異端でも、騎士団の中では魔術士や魔術を使える者が異端。
そして、申告申請制なのは、騎士から魔術士を保護するため。騎士という生き物は、魔術士を殺せるだけの物理力と耐性を身につけた者だから。
だから、魔術が使えるというのに申告していない、ということは、それだけで、もう、かなり疑わしい。
「その疑わしきルカスが、どうやってデラクレス隊長に近づいて、どうやって演習場に誘ったのか、は。簡単だ。ルカスは魔術を使った。ルカスは魔術を使えるのだから」
テオドアは当たり前のことを当たり前のように、さらりと言った。
戸惑っているのは騎士だけだ。魔術に馴染みのない騎士たちだけ。
ここから先は、ただの状況整理と
それをスムーズに行う必要がある。だから、騎士たちの戸惑いによる
「イーヴォ第一部隊隊長。デラクレス隊長が殺される前、隊長と話していますね?」
「ああ……演習場が空いているか聞かれた。だから私は、屋内演習場なら空いている、と答えたが」
「目的は聞いていませんか?」
「聞いている。第三部隊副隊長ロウと手合わせをする、と。珍しく誘われた、いつもは不意打ちで来るのに、と嬉しそうに言っていた」
「そのとき、デラクレス隊長に異変は感じませんでしたか?」
「……特には。ただ、しきりに目を擦っていたのは記憶している」
「ありがとうございます。……デラクレス隊長は、視覚に関係する魔術をかけられたんでしょう」
テオドアがデラクレスの記憶を視たときの感じを、ルカスが魔術を使ったという前提条件でもう一度思い返す。
デラクレスは、目から入った情報に対してなんらかの改竄を受けていたように思えた。
もしかしたら、視覚情報だけじゃないかもしれない。ルカスの声をロウの声だと認識するようにされていたはずだ。そうでなければ、あのロウの特徴的な低音を、他の誰かの声と間違えるはずがない。
つまり、こうだ。
「そうして、ルカスの姿をロウ副隊長であるように錯覚させられたデラクレス隊長は、ルカスの誘いに応じて演習場へ」
これだけでは、まだ弱い。だからこそのデヂモだ。彼の証言がテオドアの推論を事実として後押しする。
イーヴォに話しかけたときとは違い、幾分か柔らかい声音でテオドアはデヂモに確認を取った。
「でも演習場へ行く前に、デラクレス隊長は第三部隊の隊員と立ち話をしています。そうですね、デヂモさん」
「そうっす。オレ、見ました。隊長とルカスが演習場に入っていくとこ。それに、その前は隊長とルカスが個人演習の約束してたし。珍しいこともあるなって思って」
デヂモはそこで一度区切ると、それに、とつけ足した。
「隊長は自分を盲信する人間を、意図的に遠ざけていますから。だから、隊長を盲信しているルカスと話してたのが珍しくて。それを隊長にも言ったんすけど、なんかスルーされたんすよね。オレ、ロウ副隊長派なのに……」
「と、まあ、魔術をかけられていないデヂモさんの眼には、彼らのやり取りが正しく映っていた、ということですね。だからデヂモさんが襲われた。審問局を訪ねていなければ、殺されていたでしょう」
「うえぇ……マジかー」
「でも審問局にボスがいたから助かりましたね、よかった」
「ああー、確かに! ほんと、髪を犠牲にしてまで助けていただいて感謝してます、ジルド局長!」
「ははは、デヂモ君が気にすることはない」
「さて。デヂモさんがデラクレス隊長にスルーされてしまったのは、視覚だけじゃなくて聴覚にも作用する魔術だったから。とすれば説明がつきます」
と説明をしている途中で、テオドアは嘆息しそうになった。
だって、なんて発想とその実現力だろうか。声色だけでなく、ある特定の言葉や名称を誤魔化せる、だなんて。
ルカスが罪を犯していなかったのなら、是非ともその魔術式について教示してもらいたかった、なんてテオドアが思っていると、イーヴォがボソリと呟くように疑問を口にした。
「……魔術というのは、そんなにも都合のよいものなのか?」
「ええ、そうです。そうですよ。使用者の都合がよくなるように開発するんですから、都合がよくなるのは当たり前です」
それが、魔術だから。世界の
そして、そんな都合のよい魔術を使うための
「だから、そんな都合がよくて使い勝手のいい魔術を、魔力を、あえて捨てようとする騎士のみなさんの気持ちは、正直よくわかんないです」
と。うっかり、テオドアの本音がボロリとこぼれた。苦い顔をしているのは上司であるジルドだけ。それ以外の騎士たちは、みな、ポカンとしている。
これが解決したあとで審問局に戻ったら、ジルドの小言をくらうことになるかもしれない。と、背筋をゾッとさせながら、テオドアは仕切り直しをするために、わざとらしく咳払いをした。
「——話がそれました。イーヴォ第一部隊隊長、もうひとつ確認が。デラクレス隊長と別れたあと、ロウ副隊長と話しましたね」
「ああ。屋内演習場でデラクレスがロウを待っているぞ、と」
「イーヴォ隊長は結構、律儀なんですかね」
「いや。演習棟のほうから歩いてきたルカスに……デラクレスが、ロウを待って、いる、と……」
証言していて気がついたのか。尻すぼみに言葉を失い、更には顔から血の気の色も失ってゆくイーヴォの様子に、ルドガーやデヂモも気づいたようだった。
ルカスがロウを明確に嵌めようと画策していた、ということに。
「これでもう、わかったと思いますけど。真犯人はルカスで、ロウ副隊長は嵌められただけだった」
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