第8話

「じゃあ、まずは適当に泳ぎましょ。ちょうどいい時間になったら、合流する感じでそれまでは自由時間ね」


 その一言を残したら颯爽と去っていった。俺と一緒にいてもつまらないだろうし、別にいいが。

 改めて多くの人で賑わっているプールに目をやる。子供同士で楽しそうに遊んでいる人や無料で貸し出しされている浮き輪でぷかぷか浮かんでいる人、各々の楽しみ方でこの空間を楽しんでいる。フィットネス水着を着ている人がいるが、こんな所でダイエットしようとするな。レーンのあるプールで泳げ。

 

「俺もとりあえず泳ぐか…」


 入念に準備体操をして、ゆっくりと足から水へと浸かる。冷たさに心臓が一瞬びくっと跳ねる。しかし、嫌な感じはしない。夏の日照りで熱を持った素肌を冷やされると次第に気持ちよさを感じてきた。

 夏場の暑さを和らげるために、プールや海を訪れる人の多い所以が理解できた気がする。温暖化で年々厳しくなる猛暑に抗うすべは、クーラーをガンガンに効かせた部屋で過ごすだけでは無いらしい。


「しかし、本当に何をしたらいいんだ?」


 プールに浸かってるだけで十分な満足感を得られているので、とりあえず運動がてら、ぐるっと端を周回でもして時間を潰すとするか。



    ***



 別行動を始めてから一時間と少しが経過した。丁度いい時間がどれくらいなのか、友達の少ない俺にはピンとこないが、大体今ぐらいだろうと思いプールから上がって雪姫を探しに行く。こんな田舎の市民プールには場違いな格好をした美人なんだし、少し歩けばすぐ見つかるだろう。


 実際少し歩くと簡単に雪姫を見つけることが出来た。ただし、そこには全く見覚えのない男が二三人ほど一緒にいたのだが。俗にいうナンパなのだろうが、こんな田舎でもあるもんなんだなと思った。それも家族連れも多いこんな真昼間から。それは都会の代名詞では無いのか。どうやら、男という生き物は単細胞でイイ女を見たら、大人しくはしていられないらしい。


「さっきから何度も言ってますけど、連れがいるんです」

「そういって15分以上、来ねーじゃねーかよ!」


 そんな長い時間居座り続けているのか…。呆れるほど図太い奴らだ。


「俺らも暇だし、アンタも一人じゃ退屈だろ?相手してくれや」

「勝手な決めつけをしないで。どっちにしたって、こんな所でナンパできると思ってしまえるような人達とはつるみたく無いの」

「あ?さっきから好き勝手言わせておけば…!女のくせに偉そうに、手荒に扱ってやっても良いんだからな?」


 そう言って男のうち一人が雪姫の腕を強引につかむ。生意気な奴だしこういう状況でどんな反応をするのか、興味があったし、もう少しだけ放っておこうかという好奇心も湧いてきた。


 だが、次の瞬間には俺は雪姫の目の前まで歩み寄り、男の手を払っていた。そんな青ざめた顔で肩を震わせる彼女を、ただ見ているだけだなんて、そんな事を出来るほど男としても人としても廃ったつもりはない。

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