第5話

 まだ午前中だというのにうっすらと汗がにじむ様な、蒸し暑い体育館に全校生徒が集められる。こういった集会では、必ず校長の長話がある。今回は夏休みにはめを外すな、と釘をさす生徒指導担当の体育教師の注意喚起も相まって、余計に苛立ちが募っていく。

 しかし、これが終われば夏休みは目前となる。俺の夏休みは、今朝の雪姫からの一言で例年の様に楽しみにする様なものではなくなってしまった。明日から始まる特訓が少しでも俺にとって有益であり、家に引きこもっているよりましだと思わせてくれるようなものならばありがたいのだが……。


    ***


 教室の中は、喧噪に包まれている。でも、よく耳を澄ましてみるとどこの会話も同じような内容だ。やれ海水浴はお盆明けにしようかだとか、夏祭りに浴衣を着ちゃおうかだとか、明らかに浮かれている。お盆しか休みのない野球部は練習日程の書かれたプリントに皺を寄せている。いくら俺でも流石に同情せざるを得ない。来年は甲子園にいけるといいね。

 特に何をするでもなく一人自分の席でぼーっとしていると、二人の生徒が俺のところに近づいてくる。


「真は夏休み何するの?」

「じ、人生を豊かにするために色んな勉強を……」

「西条君、まだ高校生だよね?もうそんな、おじさんみたいな事言ってるの?」

「前向きなんだから良い事じゃん。ま、僕たち以外に友達いないのに誰とその勉強するのかは気になるけどね」

「一言余計だろ……」


 この二人は俺の数少ない友人と呼ぶに値する同級生。和木輝太たかぎけんた扐田緋音ろくたあかね。こいつらは俺と同じ中学校の出身で、これまで大して接点はなかったが、あちらから俺に話しかけてくれた事からこの交流は始まった。

 俺たちの中学からこの高校に進学する生徒はそう多くない。私立高校なのでそれなりに高い学費を払える家庭でなければ厳しい上に、電車での通学がメインとなるので交通の便の悪さからもあまり人気がない。しかし、それが功を奏して同じ中学出身のよしみで彼らから話しかけてくれたのだ。その時ほど人の優しさに触れたと感じたことは無かった。


「そういう二人は部活三昧か?」

「夏休み明けには春高の地区予選だからね。全国は厳しいだろうけど、気合を入れてかなきゃね」

「私も秋季大会が近いからね。まあ仕方ないかな」


 先ほども言ったが、俺たちの中学からこの学校に進学する物好きはそこまで多くない。そんな彼らが何故この高校を選んだのかと言われれば、それはこの学校が部活動に力を入れているからだ。輝太は187㎝の長身をバレー部の監督に買われ、バスケ部からバレー部へとヘッドハンティングされた。未経験者にも関わらずレギュラーとして活躍しているらしい。扐田さんは三年生の渡先輩が高一の時の100mで優勝する瞬間を見て、一目ぼれ→陸上部に入部→推薦で同じ学校に入学という、俺からしてみれば理解しがたいムーブを見せた。しかし、入部して二週間で陸上部のマネージャーである三年の吉田先輩と交際しているという噂を聞きつけ、思いを告げることなく玉砕。それでも走ること自体が好きなのか、毎日熱心に練習に取り組んでいる。


「それはそれで、大変そうだな」

「部活に入ってる醍醐味でもあると思うけどね」

「私は走るのが好きだから、いくらでも部活してたいね」

「この変態とはちょっと違うからね。高校生らしいってことが言いたいんだよ僕は」


 大変ではあるようだが、二人とも満足気なようだ。


 俺の特訓も終わった時にはこんな表情になれるだろうか





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