第4話

 

メイドどの同棲生活 3日目



 にわかには信じがたいが目の前にいる白髪の女性は俺の専属メイドであり、友達であり、同居人である。控えめに言っても雑誌の表紙をかざっていてもおかしくないほど整った顔立ち。さらに最初は気づかなかったが彼女はプロポーションバランスにも恵まれている。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいて女性らしい丸みを帯びている。そんな彼女と同居しているこの状況は傍から見れば羨ましいのかもしれない。だがもう一度言わせてもらおう。『傍から見れば』だ。


「ご主人様!余裕をもって登校できるように47分発のに乗っていきなさいって言ってるでしょ!分かったら顔洗って寝ぐせも直してきなさい!」」


 母親のような事をがみがみと言われながら始まる一日。たった数日の間に彼女への印象は180度変わった。最初に会ったときの期待感はもう一かけらも残っていない。


「朝からそんなにまくしたてて来るな。別に今から準備しても間に合うんだからいいだろ」

「何言ってんの?友達作りのために一日一日気合を入れていきなさいよ!」

「気合だけで友達が増えるならこんなことになってない!」


 どんどんあってほしい理想像が瓦解していく。それも口を開けば開くほど。もう当初のような甘ったるいイチャイチャ同棲なんて期待していないから、とりあえず黙っていてほしい。

 この三日で立場も完全に逆転した。多分本当は最初から雪姫のほうが上だったのだろうが、そんなこと気づかなくてもいいよね?

 意地を張って下の名前を呼び捨てにしているが、こんなささやかな抵抗じゃ何も関わらない。もっと雑にお前呼びでも良かったが、女性をお前呼びする様な男性は女性にあまり好感を持たれないらしい。友達も少ないうえにモテない俺でも、Twitterで得たこの教訓を大事に胸にしまっているのだ。


「終業式しかない上に、昼には放課だ。こんな時に何を頑張れと?」

「アンタって本当に友達が少ないのね。普通の高校生なら午後からファミレスとかカフェに行って夏休みの予定を立てたりするもんなの。まっ、友達の少ないご主人様には少し難しい話だったかもしれませんね」


 テレビを見ながら背中越しに罵倒された。いくらなんでも横柄すぎる。何回でもいうが君はメイドなんだよね?そうなんだよね?


「ああ、それと今日の夜は作戦会議だからね」

「作戦?なんの?」

「明日からの計画についてよ。今年の夏休みはどうせ誰とも会わないんでしょう?だから今年は来年に向けての特訓期間と思いなさい。いろんなことに挑戦して友達が出来た時のために備えましょう」

 

 今年の夏休みもおとなしく引きこもってるつもりだったのに、そうもいかないみたいだ。しかし、この現状を変えたいと思っているのは俺と雪姫の、唯一といっていい共通の願いだ。そのためには俺も多少の犠牲はやむをえない。


「あっ!そろそろ出なさいよ!電車乗り遅れるわよ!」


 ところどころに気遣いが見えなくもない。何かしらの事情があるのだろうがメイドであるという、意識ぐらいはまだ微かに持ってるらしい。


「あと最後にこれは本当に可能ならだけど、夏休みに遊ぶ予定を組んできてもいいかんだからね。でも、無理はしなくていいからね、出来るならでいいからね?」

「出来ないし、するつもりもない。クラスの奴らの予定が俺に割かれることなんて無いだろーよ」

「もう、頑張ってみることぐらいは出来るでしょう。私もそこまで期待しているわけじゃないけど」


 どこまでも嫌味な奴だ。どうして家を出る直前まで気分を害されなければならないんだ。


「アンタもアンタで頑張んなさい。じゃあ、いってらっしゃい」

「おう……い、いってきます」


 不毛な言い争いもそこそこに徒歩五分の最寄りの駅へと向かって歩く。

 


 そういえば、いってらっしゃいと言ってくれる人がいることも、いってきますと言って家を出るこの状況も果たして何年ぶりだろう。懐かしいこのやり取りにむず痒い小っ恥ずかしさと、言いようのない淋しさを感じながら足早に駅へと向かった。

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