第3話
人は理解しがたい状況に陥ると、世界がスローモーションで進んでいるように感じるらしい。さっきまで一切気にならなかったセミの鳴き声が鮮明に耳に届いてくる。
「もう一回言ってもらっていいですか?」
「最終目標は友達100人です」
それは、日本人なら誰もが一度は耳にするであろうお馴染みのフレーズであり、そして、誰もが実現不可能だと諦める道でもある。
「そんなこと言われても困りますよ……。何百年かける気ですか」
「そんな卑屈にならないでください。いくら何でも真様にそんな目標、達成できる訳ないじゃないですか」
「ご主人様を貶すような発言をちりばめるのはどうなんでしょうか!」
「そんなつもりはありませんよ。真様のことを思って事実を基に判断しているだけです」
悪意がない分余計に腹立たしい。それから凪原さんはぽつぽつとメイドとしてではない、私情にまみれた本音をこぼし始めた。
「私からも言わせてもらえば、祖父バカで絶対に叶えられっこない目標を立てた功様も、高校生にもなって祖父から友達作りをお金の力で命令される真様との間で板挟みになっているんですよ。私の気持ちも考えて喋ってくれますか?」
口角だけを上げながら目は全く分かっていないし、さっきより明らかに語気が強くなっている。俺ばっかりが急展開を迎えて振り回されてると思っていたけど、この人はこの人で苦労してるんだなぁ。
「お給料は良くてもこんな労働環境だったなんて……」
俺のせいでめんどくさいことになってるのか。なんだか申し訳ない。てゆーか悪意を持って俺の事ディスってたなやっぱり。
「まぁそんなことグチグチ言っても始まりません。あと三日も登校したら夏休みに入ってしまいますから、夏休み明けから本格的に頑張っていきましょう。それに、今時友達100人作るのが厳しいのは私も分かりますよ。二人で何とかしていい落としどころを探していきましょう」
すっと前に差し出された右手に視線を落とす。
「私が友達1号ですね。残り99人です」
ふっと笑ったその笑顔に心臓が跳ねる。今までの俺は自分の城を築き上げその中に籠城していたが、きっとこんな展開は人生でそう何度も訪れるものではないことぐらい分かる。今日のこの日が自分の人生のターニングポイントだ。
「こちらこそよろしくお願いします」
凪原さんの俺よりも華奢な手を両手でぎゅっと握りしめる。今日から俺は……
するっと俺の手の中から逃げていく凪原さんの右手が逃げていく。
「友達になったってことはこの面倒な敬語もやめていい?友達だし」
???
「あと、いくら友達でも女の子の手を急に握るのはなしだからね。次やったらセクハラとして功さんに報告するから」
??????
目の前に姿は同じ別人がいる。何か見逃したのか?何か起こったよな?そうじゃなかったら説明がつかないんじゃないか?
「私もこの生活は癪だからとっとと99人友達作るわよ。分かったらYesは?」
目の前にいたはずの天使はものの一時間で堕天してしまった。被っていた猫の下には虎が潜んでいた。一度に色々なことが起こりすぎていい加減、脳の処理も追いつかなくなってしまいそうだ。しかし、心のどこかで『そんなに悪くない』と思ってしまっている自分がいることにも気づいてしまった。
そんなことより尻に敷かれないようにしなくては。このままでは名ばかりの主従関係だけが残ってしまう。
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