あたしのカンは外れない

磯風

あたしのカンは外れない

 小さい頃から『おまえは聡い子だねぇ』とよくおばあちゃんに言われた。

 とってもカンがいいって。

 なんでも、カンがいいと魔法が上手なんですって。

 だけど、魔法師になんてなる気はない。


 あたしには十歳になっても三百くらいしか魔力がなかった。

 この町の人は魔力が多くて、十歳だと七百くらいはあるらしい。

 職人になるにも、いろいろな種類の魔法が使えた方が達人になれるらしいんだけど……あたしには、ちょっと無理だと思う。


 毎日、小さな手芸用品店を開いているおばあちゃんの隣で、お姉ちゃん達と一緒に店番をしながらお客さん達をずっと見ていた。

 あの人はきっと青い刺繍糸を手に取る……そう思って見ていると、その女性は青い刺繍糸を三つ買った。

 あっちの人は、針が欲しいみたい……でも多分買ってくれない、とか、こっちの人が買うのは赤い端布だけね、とかがなんとなく解る。

 思い切って、お客さんに声をかけて『オススメ』してみた。

 初めは驚いたような顔をされたけど、すぐに笑顔で買ってくれた。


『お店』って面白い。

 この町では、細工師や鍛冶師になりたがる子が多い。

 でも、あたしは絶対に自分の店を持つ『商人』になりたい。

 そして読み書きや計算を教えてもらい、なるべく多くの品を取り扱っているお店を巡って修業先を探した。


 十八歳の時に、近くの『珍し物屋』で働かせてもらえることになった。

『珍し物屋』っていうのは、子供達の間でそう呼ばれていただけ。

 でも、初めて見るような外国の製品を沢山売っていて、珍しいけど生活に要らないものばかりで……正直、あんまり売れていない店だった。

 だから、あたしみたいな子供でも店番をさせてもらえた。


 常連がよく来るおばあちゃんの店と、冷やかしで入ってくることが多い『珍し物屋』のお客達の違いはもの凄く面白かった。

 見ているうちに店に入ってきた瞬間に、買う人と買わない人がだいたい解るようになってきた。


 そんな毎日が楽しくて、十年もその店で『店番』をしていたある日、店長が王都の大手商会と取引することになったと喜んでいた。

 その準備に追われて店長はなかなか昼食に出掛けられずにいたので、午前中だけの手伝いで帰る日だったけど残っているからと、食事に行かせてあげた。


 ……なんだか、そうした方がいい……と、その時ふと思った。

 そんなこと思わなかったら、昼ご飯を何か買ってきてあげよう、くらいのことしかしなかったはずなのに。


 なるべく早く食べて来るよ、なんて言ったくせになかなか帰ってこない店長がやっと戻った時、出掛ける前の疲れ切った顔とは雲泥の差というくらい上機嫌だった。

 新規のお客を呼び込むことができるぞ、なんて言って。


 そして後日、店長からその商品を見せられた時、愕然とした。

 なんて素敵なの!

 誰もが持っている身分証入れでありながらこんなに美しくて、しかも魔法まで付与されて仕上げられている。

 初めて見る金属、初めて見る細工。

 当然、それは爆発的に売れた。


 あたしは商品を売ることに夢中になった。

 そして、それを作っている石工工房から製品に仕上げる魔法付与をしている人に届けに行くことも多くなった。


 何度も工房に通ううち、工房長と話す機会が増えて、いろいろな意匠のことを一緒に話し合うようになった。

 そのうち仕事以外のことも……話すようになって、あたしは……初めての感情に戸惑っていた。


 変だわ。

 何、考えているのよ。

 年もかなり上だし、お兄さんというよりお父さんに近い。

 だけど会って話すと心が軽くなる。

 別れ際、明日も会えるのに淋しいって思う。

 こんな気持ち、初めてじゃないかしら?


 楽しくて浮き足だって、あたしはとんでもない失敗をしでかした。

 石工工房から預かった細工を、仕上げてもらう魔法師に渡し忘れてしまった。

 春祭りのための特別な意匠のものだったのに、気付いたのは……その春祭り当日だった。

 偶然訪ねて来たその魔法師に、店長がこの場で作ってもらえないかと依頼してくれて、魔法師の彼も請け負ってくれた。


 ……誰も……あたしを責めなかった。

 あたしが悪いのだと謝った時も、その後も。

 そして祭りの後、もう一度店長に謝った時に笑顔で言われたのだ。

「気にしなくっていいよ。売り子に責任はないんだから」


『売り子』


 あたしは、ただの『店番』で『売り子』でしかない。

 今のあたしは『商人』なんかじゃない。

 この店でも、おばあちゃんの店でも、あたしは一度だって『商人』だったことなんてないのだ。


 だめ。

 このままじゃ、駄目。

 でも、あたしなんかに何ができるの?


 とぼとぼと歩いていた帰り道、石工工房の前を通った時に工房長と会ってしまった。

 なんだか、ばつが悪い。

 折角早めに仕上げてくれた細工を、あたしのせいで無駄にしてしまうところだったのだ。

 軽く会釈だけして帰ろうとしたけど、引き留められた。

 少し話をしよう、と言ってくれたのは、あたしの顔色が死人みたいだったからかもしれない。


 暫く黙って側にいてくれて、気持ちが落ち着いてきた。

 話そうって言われたのに何も喋ってなくて、でも、嬉しかった。

 あら?

 なんで工房長の顔がこんなに赤いのかしら?


 すると工房長はあたしに小さな箱を渡して、春祭りの日にどうしても伝えたかったんだ、と顔だけじゃなく耳まで真っ赤になる。

「俺んとこに、来てくれねぇか?」

 箱の中には腕輪が入っていた。

 キラキラと輝く、硝子細工の腕輪。


 つまり、これは求婚……ということ?

 こんな滅茶苦茶、落ち込んでいる日に?

 嬉しいのに、もの凄く嬉しいはずなのに、あたしはすぐに返事ができなかった。



 家に帰って、部屋で腕輪を眺めながらあたしは決意した。

 諦めない。

 今のあたしが『商人』でないのなら、これからなればいい。

 大好きな工房長のことも、自分の店のことも、全部諦めない。

 きっと好きな人から自分と同じ想いだと告げられて、勇気が出たのかもしれないわ。

 なんて、現金なのかしらね、あたし。


 あたしはおばあちゃんの店の手伝いを辞め、全部お姉ちゃん達に任せた。

『珍し物屋』の店長は大商会の人達と、また何やら始めるつもりのようだ。

 でも、この店ではあたしはその輪の中には入れない。


 だから、すぐにでも自分の店を手に入れようと決めた。

 小さくてもいい。

 自分で目利きして仕入れた物を売る、自分の店。

 この時のために、ちゃんとお金は貯めてあるんだから!



 求婚の返事をしていないまま夏になって、本格的に自分の店探しを始めた頃に新しい店員を雇うという話が出た。

 来年から絶対に忙しくなるから、ひとり増やすのだそうだけど……これは困った。

 忙しくなんてなったら辞めにくくなってしまう。

 是が非でも秋までに、店を決めてしまわなくてはと焦った。

 まだ売り物も決まっていないのに。


「売り物が決まってねぇなら、うちの硝子細工を売ってくれよ」

 工房長が悩んでいるあたしにそう言ってきて、正直、吃驚した。

 だってこの工房の物は凄く人気があるから、直接工房に依頼が入って作り始める品が殆ど。

 その依頼だけでもかなりの数だから、店で売る物まで作ってもらえると思わなかった。


 でもこの工房を支援して、職人の育成にお金を出してくれている人がいるから多くの職人が育ってきている。

 その人達がこの町で売る商品を一緒に考えてくれるというのだ!

 この工房の品ほど好きになれるものなんて、今のあたしにはない。

 好きな品を自分の店で売れるなんて、素晴らしいわ!


 夏の終わり、頼んでいた仲介屋から三カ所の店を紹介された。

 硝子製品を取り扱うなら落ち着いた場所で広い方がいいと言われたけど、あたしは若い人が行き交う東大市場の近くである藍通り八番の場所に決めた。

 一番小さい店舗だったけど、絶対ここが、これから扱う品を売るには最高の立地だ……と、確信していた。


 そして、もうひとつの決意をした。

 大好きな人に、ちゃんと自分の気持ちを伝えなくっちゃ!


 もうすぐ秋祭りの準備が始まる頃。

 あたしは工房で、職人達みんなの前で、工房長に想いを告げた。


「あたしは商人であることを諦められないけど、それでもいいなら結婚してください!」

 彼は……驚いていたけど、次の瞬間には満面の笑顔になってあたしを抱きしめてくれた。

「あったりまえだ! 全部ひっくるめて、おまえが好きなんだから!」

 もう、この人以外あたしの夫なんて考えられなくない?


 職人さん達もみんな祝福してくれた。

 そして家族に引き合わせたら、父さんは大騒ぎするし、母さんは驚きで声も上げないし、お姉ちゃん達は『選りに選ってなんでこんなおじさんなのよ』と叫ぶ。

 でも、おばあちゃんだけは大丈夫だよ、と、にっこり微笑んでくれた。

「この子の選んだもんは、間違いないよ」

 その一言で、あたし達の結婚が決まったのだ。



 あたしは『珍し物屋』を辞め、新しい生活を始めた。

 そして新しい店であの未だに人気の衰えない石細工の身分証入れを扱えることになった上に、さらにその魔術師の青年が考案した『音楽の箱』までうちの工房で作って売らせてもらえることになった。

 魔法師なのに造形までできるこの人は、今後もきっと素晴らしい物を作り出すに違いないわ。

 絶対に懇意にしておかなくちゃ!



 それからも、店は順調に売上げを伸ばしている。

 工房でもいろいろと新しい物を作り始め、活気があってみんな楽しそう。

 でもどうしても不思議なのよね。

 なんで、カンがいいはずのあたしが、工房長の気持ちに好きだと言われるまで全く気付かなかったのかしら?


「そりゃあ、おまえ、恋したことがなかったからだよ。カンって言うのはね、経験と知識がないと働かないものなのさ」


 いつもの笑顔でおばあちゃんがそう言う。

 そうね。

 確かにそうだわ。

 あたし、恋なんてしたことがなかったもの。


 でも……つまりあたしは初恋を実らせた……ってことかしら?

 あら、それって『カン』が働くより素敵なことじゃない?


 それとも……あの人を好きになったら幸せになれる、って『カン』が働いたのかしら。

 ふふふっ。

 あたしのカンは外れないわ、きっと。

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あたしのカンは外れない 磯風 @nekonana51

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