最低限から脱出

シヨゥ

第1話

 ミニマリストの彼。なぜそんな生活をしているのか。そんな疑問をようやくぶつけることにした。

「特に理由はないけど」

「理由ないんかい」

 きれいなツッコミが決まる。

「ものを持たないことの理由か。考えたことなかったな」

「考えもなしに最低限の生活を送っていたんだ」

 呆れてしまう。

「元から欲が少ないほうだったしね」

「欲がないにしても生活を良くしようとかそういう気持ちはないの?」

「ないかな。今の生活で十分満たされているし」

「私にはそう見えないけど」

「そうかい? 家に住めて、服が着れて、3食たべられる。これ以上何を求めるんだい?」

「それが最低限なんだって。それで満たされていると思っちゃだめだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。『向上心のないやつは馬鹿だ』って言うでしょ?」

「上を見たら切りがないって。それなら下を見て生きたほうがいいよ」

 向上心のなさにますます呆れてしまう。

「それに僕は今最低限よりもかなり上にいると思っているんだ」

「そうは思えないけど」

 今度は何を言うんだろうか。そう思って身構える。すると、

「だって君と付き合っているから。最低限の生活に彼女はいらないだろう」

 想定外の告白にツッコむタイミングを逃してしまう。

「だから好いてくれてありがとう」

 そう頭まで下げられては何も言えない。

「ずるいな」

「ずるい?」

「そんなこと言われたら、もう何も言えないじゃない」

 本当にずるい。惚れたからにはもっと良い生活をしてほしい。そんな思いもあっての問いかけだったというのに。

「分かった」

「そう?」

「地道に努力するよ」

 彼は首をひねる。それでいい。

 言葉にしたら彼はのらりくらりとかわすだろう。たがらもう何も言わない。行動で示す。そうしてゆっくりとでも生活水準を押し上げてやる。

「なんだか怖いな」

「怖いことなんてないよ」

 ふたりで良い生活を。それがしばらくの目標になりそうだ。

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最低限から脱出 シヨゥ @Shiyoxu

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