高僧の辻説法

沢田和早

高僧の辻説法

 それは寂れた村落には不釣り合いなほど派手でみやびな一行だった。

 馬上の高僧がまとうのは花唐草文様に彩られた浅黄の仏法衣と金襴の袈裟。

 それを取り巻くように長持や挟箱を運ぶ十名ほどの従者たち。さながら小ぶりな大名行列のようだ。


「ここにいたしましょう」


 高僧の言葉を受けて鬱蒼と葉を茂らせた大樹の下で一行は止まった。従者のひとりが大声を上げる。


「これより有難い説法を始める。村人たち、集いて耳を傾けるがよい」


 さして広くもない村である。さらに従者たちが一軒一軒声を掛けて回ったため、ほどなくほとんどの村人が大樹の下にやってきた。

 高僧は台に立つと集まった村人を見回した。


「わざわざここに出向いてくれたのですから、皆さまの中にはすでに信心が宿っていると言えましょう。そんな皆さまのために今日は少しでもお役に立つお話をいたしたいと思います」


 立派な身なりにもかかわらず高僧の言葉は穏やかで丁寧だった。集まった村人たちはようやく緊張を解くことができた。


「人に五つの感覚があることは容易に理解できるでしょう。眼耳鼻舌身の感覚ですね。けれども本当はもうひとつ感覚があるのです。第六感、それは意。意識の感覚です」

「ほほう」


 村人たちが少しどよめいた。説法は続く。


「眼の対象は色、耳の対象は声、鼻の対象は香、舌の対象は味、身の対象は触、そして第六感である意の対象は法です。ここで大切なのはこれらの感覚は全て無、つまり虚構だという点にあります。今現在見ている皆さまの顔も、聞こえている葉擦れの音も、漂ってくる花の香りも、何もかもが真実ではないのです」

「な、なんと!」


 今度はさらに大きなどよめきが起きた。村人たちは互いに互いの顔を見つめ合った。今見ている相手の顔が真実でないとしたら、わしらは何の顔を見せられているんだ、誰もが口々にそんなことを言い始めた。


「皆さん、お静かに、こほん」


 高僧の咳払いでようやく村人たちは平静を取り戻した。説法は続く。


「例えば満月を見て美しいと感じたとしましょう。それは本当に美しい月なのでしょうか。美しいと感じているのは自分だけで他の者には不吉な月に見えているかもしれません。眼の感覚を信じてはいけなのです。例えば美味しい料理を食べたとしましょう。それは本当に美味しい料理なのでしょうか。自分は美味しく感じても他の者は不味く感じるかもしれません。舌の感覚を信じてはいけないのです。例えば今日まで必ず夜が明けたのだから、明日も夜が明けると断言できるでしょうか。これまで雨は必ず止んだのだから、今降っている雨も必ず止むと断言できるでしょうか。今日までの法は明日からの法とは違うのです。第六感である意の感覚もまた信じてはいけないのです」

「なるほど! 納得いたしました」


 村人たちは拍手をして高僧を褒め称えた。これほど分かりやすく、これほどためになる話は今まで聞いたことがない、誰もがそう言って喜び、互いに肩を叩きあって今日の幸運に感謝した。


「それでは本日の説法はこれで終わりにします。喜捨箱を置きますので皆さんの感謝の気持ちを銭に託してこの箱に入れていただければ幸いです」

「それっ、縛り上げろ!」


 いきなり村人たちが高僧とその従者たちに襲い掛かった。予期せぬ出来事に叫び声を上げる高僧。


「な、何をするのです。このような蛮行、仏罰が下りますよ!」

「うるさい、この盗っ人め」


 村人たちは荒縄で高僧たちの自由を奪うと、傍らに置かれていた長持と挟箱の中をあらためた。


「思った通りだ。長持ちの中は空っぽ。ここに盗品を入れて運ぶつもりだったんだな」

「こっちの挟箱に入っているのは匕首あいくち、縄、鎖。物騒なものばかりだ。どうしてお坊さんがこんな物を持っているのかねえ」

「そ、それは……」


 言い淀む高僧。村のおさが吐き捨てるように言った。


「あんたら、最近、村々を荒らし回っている盗賊なんだろう。説法を告知する振りをして村の家を一軒一軒回ったのも、金目のある家を探り当てて今夜忍び込むための下準備。あやうく騙されるところだった」

「くそ、どうしてバレたんだ。他の村では誰も気付かなかったのに」

「あんたの説法だよ。見ること、聞くこと、考えること、全てを疑えって教えてくれたじゃないか。それで悟ったんだよ。見た目は立派な僧侶にしか見えないが、それ偽りの姿なのかもしれないってね。感謝するよ。あんたの説法がなければわしらも他の村同様、身ぐるみはがされるところだった」


 村の長から理由を聞かされた盗賊の頭目は、顔を伏せると自嘲気味に笑った。


「ははは、なんてこった。まさか自分の説法で自分の首を絞めることになるとはな。愚かだった。別の話をすればよかった」

「あんたの言うように人の感覚なんていい加減なもんだ。色も声も味も全てはまやかしなのかもしれない。だけど心の底から信じ込んでしまえば、まやかしも現実になるんじゃないのかね。あんたは盗賊かもしれないという第六感が現実になっちまったみたいにね。さあて村の衆、盗賊どもを奉行所に連れていくぞ」


 こうして僧侶を装って悪事を働いていた盗賊たちは捕らえられ厳しい裁きを受けることとなった。それからは村を荒らす悪人はいなくなり、村人たちはようやく平和な暮らしを取り戻せたということである。

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