1-1 英と洸
「
声とともに肩に手が置かれた。
顔を上げると、帰り支度を整えた友人が立っていた。
「わるい、今日は寄るところあるから」
「一緒に帰れない」と続けようとしたが、「本家だろ」と遮られる。
さらりと用事を言い当てられたことに驚き、呆然と友人を見上げるが、机を回り込んでくる彼の口の端が上がっているのに気付いて思わず溜息をつく。
「
気が抜けて背もたれに寄りかかると、悪戯っぽい笑みが覗き込んできた。
「そういうことだね」
「本家」とは父の生家のことだ。今は祖父と叔父夫婦、そしてその一人息子が住んでいる。
祖父から電話があったのは昨日の夜だった。
明日学校が終わったらうちに寄りなさい、と。
祖父の聞いたことのない硬い声に気圧されて理由を問うことは出来ず、「学校は昼までなので、終わったらすぐ行きます」と答えるのがやっとだった。
いつも一緒に帰っている洸にも言おうと思っていたが、普段なら違うクラスでも学校内で何度も顔を合わせるというのに、今日に限っては一度も会えないまま帰りの時間になってしまったのだった。
俺を驚かせるために、一日避けてたんだな。
「俺がいて嬉しいだろう?」
ほとんど断定的な問いかけに、苦笑を零しながらも頷く。
呼び出された理由は一晩考えてみてもわからず、ただでさえ足が遠のいている本家に行くのは憂鬱だった。
「そりゃあ、洸が一緒なら心強いけど」
「まあ素直には喜べないか」
「ああ。絶対、紫英関連じゃん」
洸が時枝本家に行かなければいけないということ、それは即ち、今回の呼び出しには時枝家と春日家の繋がりが関係しているということだ。
時枝家と春日家の関わりは、英と洸の友人関係よりも長く、そして深い。
「洸もお祖父さんに呼び出されたの?」
「いや、俺は父さんから。見届けてこいって」
「見届ける? なんだそれ」
不思議な言い回しが気になるが、洸は「さあ」と軽く流した。
「詳しくは教えてくれなかった。そっちは、先生から何か聞いてないのか?」
「全く。というか、聞ける感じじゃなかった」
「そうか」
話しながら洸は、手が止まっている英の代わりに机の上の教科書やノートを鞄に仕舞っていく。全て入れ終えると、自分の肩にかけてしまう。その素早い動きをただ見守っていると、腕を掴まれ、強い力で引っ張られる。
渋々、重い腰を上げる。
「ここで云々してたって仕方ないんだから、さっさと行こう」
英の腕を掴んだまま洸は颯爽と廊下を進み、昇降口へと向かう。積もった雪の中を歩いているような英の足取りとは大違いだ。
「楽しそうだね」
「そりゃあ、英と一緒に本家だよ?」
ワクワクしないほうがおかしいと言いたげだ。
時枝家と春日家の繋がりを語る時、「時枝紫英」という名を欠くことはできない。それは洸を浮足立たせ、英の足取りを鈍らせる。
そんな英の気持ちを分かっているからこそ、友人は強引に連れて行こうとしてくれている。
立ち止まりそうな英を動かしてくれるのは、いつも洸なのだ。
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